【第五話】魔法使い
意識が再び戻った時には波の音は消えていた。
ゆっくりと目を開ける。温かみのある木の色が視界を占めていた。
「ここは……。……ッ!」
どうやらベッドに寝ているようだった。
身体が少し楽になっているのに気づく。それと同時に肩に微かな痛みが走った。
——そうだ、私は……撃たれたんだな。
痛みと一緒に思い出したのは耳をつんざくような音、肩と足に走った激しい痛み、そして——。
「エルウィン!!」
大切な人の歪んだ表情と、血を大量に流して倒れていく男の顔が浮かび上がって私は思わず痛みを忘れて起き上がった。
——私は、人を殺してしまった?
あれだけ悩んでいたことを、私は無意識のうちにやってしまっていた。エルウィンのあの表情は、私に対してのもの?それとも——。
私の意識を現実に引き戻したのは、ガタッという何か重いものが倒れたような音だった。頭を少し動かすと、金色の髪を頭の横で縛った、まだ十歳にも満たないような幼い女の子がいた。片手に握られたパンだろうか、頬ははち切れんばかりに膨れていて、目を丸くしながら私を見つめていた。後ろにはさっきの音の原因である木造りの椅子が倒れていた。
「……食べる?」
しばらくの沈黙の後、その女の子はパンをちぎって私に差し出す。
「あ、ありがとう」
戸惑いながらもパンを受け取ると、それを待っていたかのように腹の虫が泣き出した。いくら能力者でも、銃で撃たれてしまえば体力は消耗してしまうらしい。
「やっぱりお腹空いてるんだね!ちょっと待ってて!」
「あ、ちょっと…」
女の子はその音を聞いてニヤリと笑うと、扉を開けて飛び出して行った。
「……美味しい」
突然のことに私は、渡されたパンを口に入れる。ほんのりと甘い香りがして美味しかった。
女の子の後を追って扉を出るとそこは部屋の中央に大きめの木のテーブル、三つの椅子のある普通の家のようだった。
「うん、美味しい! さっすがプリルちゃん天才ね!」
私の空腹をさらに刺激するような臭いを漂わせるキッチンからさっきの女の子の声が聞こえた。鍋に火をかけて、何かの味見をしているようだった。
「あ、もう起きても大丈夫なの?すごい怪我して浜辺に倒れてたから急いで家に運んだの」
女の子は私に気づいたようで、言いながら慣れた手つきで鍋の中のスープを皿に注いでいく。
「あなたが助けてくれたの?」
他に人のいる気配の無い部屋を見渡して尋ねる。
「ん―と、ここまで運んだりケガを治したりしてくれたのはこの魔法使いの村の人たちだよ」
女の子は皿をテーブルに置いて答えた。
どうやら気を失って流れ着いたのは魔法使いの村というところらしい。この子の様子だと、ここに流れ着いたのは私だけみたいだ。
——エルウィンたちは、大丈夫かな…。
「あたしはプリル!よろしくね。ほら、冷めないうちに食べて」
そんな不安を和らげるような明るい声で、女の子―プリルは皿を私の方に寄せる。
「私はグングニル。助けてくれて本当にありがとう」
「気にしない気にしない! 助け合いが大事ってお母さんも言ってたし。……そんなに暗い顔しないで! 食べれば元気出るって! ね、グンちゃん!」
「グ、グンちゃん?」
「ほら、短い方が呼びやすいし」
私の中の不安を感じ取ってくれたのか、プリルは明るい口調でそんなことを言った。縮められた名前は、研究所で呼ばれていた‘107号’や‘神ノ槍’なんかよりずっとしっくりくる。私は少し嬉しくなって、勧められるままにスープを一口飲む。
「おいしい……!」
そのスープの一口が、温かく身体中を包み込んだ。私はそのまま二口目、三口目とスープを食べ進める。食べる手が止まらなかった。
「でしょ! やっぱりプリルちゃんは天才ね~! おかわりもあるからどんどん食べてね!」
プリルはそんな私の様子を見て、顔いっぱいに笑顔を広げながら言った。
「そういえば、プリルはここで一人で暮らしているの?他に人がいる感じはしないんだけど…」
スープに満足して、私は向かいで一緒のスープを食べていたプリルに気になっていたことを聞く。
プリルはちょうど食べ終わった皿にスプーンを置いて、少し俯く。
「お母さんは、今病気で隣の部屋で寝てる」
沈んだ声でプリルは言って、私が出てきた部屋とは反対側の部屋の扉に目を向ける。ややあって、誰かが咳をしたような音が聞こえた気がした。
「そうだったんだ…。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
なんだか悪いことを聞いてしまった気がする。誰かが来ていても起き上がれないほどの重い病気なのだろうか。謝った私にプリルは首を横に振って、さらに言葉を続ける。
「それなのにお父さんは、わたしとお母さんを置いて出て行っちゃった。カミノチカラがどうとか、これからひどいことが起こるとか言って…」
神ノ力。プリルから発せられたその言葉に、心臓がひっくり返ったような衝撃を受けた。
「政府は俺が倒さなくちゃいけないって言って、いろんな人に武器を持たせて戦わせて。そのせいで、大勢の人が死んだって……」
何かを思い出したのか、プリルはそこで一度言葉を詰まらせる。
「だからわたしは…お母さんを置いて出て行っちゃったお父さんも、お父さんの作ったあの組織も許さない!!」
——反政府組織スヴェント。研究者にしては大柄の男の大きな声と、プリルの憎しみを帯びた叫びが重なった。
*****
「お母さん、お客さんが来たんだよ」
プリル=スヴェントはさっきとは別人のように優しい声で言いながら扉を開ける。反政府組織の名前は組織のボスの名字だとエルウィンから聞いたから、プリルの名前とスヴェントという言葉を頭の中でくっつけてみた。けれど、スヴェントの暴力的なイメージと、今自分の母親に優しく声をかけたプリルとでは、どうもイメージが合わなかった。
「プリルかい?げほっげほっ」
部屋に入って待っていたのは、鼻を刺すような薬草の香りと枯れた女性の声。研究所の薬品室を思い出してしまう。
中にはプリルと同じだが、色を失ってしまった金髪を持ったプリルの母親が、ベッドで横たわっていた。
部屋には匂いの元であろう草がたくさん吊るされていた。ベッドのすぐそばには丸窓があったが、外は曇っているようで日は差し込んでいなかった。
「砂浜で大怪我をして倒れていたの。急なことだったから家に入れちゃったんだけど……」
「そうかい」
言い淀むプリルに母親は上体を起こして、笑顔で娘の頭に手を乗せる。
「でもそのプリルの判断のおかげでこの子は今、私の前にこうやって立っていられるんだろう?偉かったわね。母さんのことは気にしなくていいのよ」
母親は諭すように言ってプリルの頭を優しく撫でる。プリルは嬉しそうに首をちぢ込める。
「あの、プリルのおかげで助かりました。私はグングニルといいます。ありがとうございました」
親子だけの空間がそこに出来ているようで気が引けたが、私は思い切ってお礼を言った。
「その様子だと相当怪我をしたみたいね。事情は聞かないけど、今日くらいはゆっくりしていってもいいのよ」
母親はそう言ってプリルに向けたのと同じくらいの優しい笑顔を私に向ける。母親が病気ということは聞いていたけれど、その笑顔では隠しきれないほどの衰弱が表情からわかってしまった。
「はい、ありがとうございます」
私はそれを無意識に無視して、母親の安心するような、胸が温かくなるような優しさを感じて、もう一度お礼を言った。
「そうだ、お母さん。今日はスープを作ったんだよ! 今持ってくるから待ってて!」
プリルは言って小走りに私の横をすり抜けて部屋を出て行った。
「ごめんなさいね、こんな格好で」
静かになった部屋で、母親が言った。こちらに向き直ろうと身体を無理に動かそうとするのを私はおぼつかない手つきで支える。そうでもしないと、壊れてしまうような脆さを感じてしまったから。心なしか、プリルが出て行って、一層衰弱が激しくなっているような気がした。
「貴女、能力者でしょ?」
「えっ?」
不意に言われて、言葉を詰まらせる。母親の顔を見ると、私を、物を見るような目で見ている―ような気がしただけかもしれない。彼女はそんな私の心配を構わず言葉を続ける。
「あの人と、雰囲気が一緒だったから。でも貴女は’本物の’能力者。違う?」
次々と正確に言い当てられていく中で、さっきのは私の被害妄想だと、その真剣な表情からなんとなく感じ取る。
「隠さなくても良いわ。貴女みたいな力を持った人を知っているから。……でも、この魔法使いの村は神ノ力を持った者を快く思っていない。今日は休んで、早く立ち去った方が良いわ」
それでも、流れ込んでくる言葉は、私の心を暗く沈める。能力者は、私は嫌われている。
「それはプリルのお父さんと何か関係が…」
「お母さーん! スープ食べてみて!」
私ががようやく言葉を見つけて口を開きかけたのを、部屋に戻ってきたプリルの笑顔が遮った。
「あらプリル。美味しそうな匂いだわ。きっと上手くできたんでしょう」
母親は素早く表情を切り替えてプリルに笑顔を向ける。しおれていた花が水を与えられて元気になるような、そんな表現がぴったりだった。
「にひひ! 絶対おいしいから食べて!」
「うん! これは美味しいわ! 今まで食べた中で一番美味しい! よくできたわねプリル」
「えへへ」
プリルは照れ笑いをして母親にすり寄る。
まるで、自分が見えていないかのような二人の笑顔が、グングニルには眩しかった。
——今日は休んで、早く立ち去った方が良いわ
母親の言葉が頭の中で繰り返される。
やっぱり私は、この世界にいちゃいけない存在なのかな?
*****
「お母さん! お母さん!!」
プリルの悲痛な叫びが暗闇に沈んだ私の意識を呼び戻した。
反射的に目を開き、声のした方向―プリルの母親が寝ていた部屋に走る。嫌な予感が私の足を速くさせる。
「グンちゃん……お母さんが」
扉を開けるとプリルが目に涙を浮かべて、苦しそうに咳を繰り返す母親の背中をさすっていた。
白いシーツには赤い血がじんわりと広がっていた。
「お母さんの咳が止まらないの!わたし、どうしたらいいの?!」
プリルがすがるように言う。母親は目を虚ろにして、咳を続けていた。
「薬は、無いの?」
私は目の前の光景が信じられなかった。結局あの後、三人で夕食を食べて、その時はやつれていた顔も回復したような、元気な表情を見せていたのに。つい二時間くらい前から状態が変わりすぎていて、そんな動揺から当たり前のことしか聞けなかった。
「あげたけど、ぜんぜん効かない!」
私は部屋を見渡す。昼間まで部屋の中に吊るされていた薬草らしきものが無くなっていた。
——怖い。
とにかく怖かった。こんな状況は初めてだった。私に、何かできることはないの?私は何をすればいいの?
母親の咳と、プリルの叫び声の中でどうにも動くことができなかった。
「あ、新しい薬と、お医者さん呼んでくる……! グンちゃん、お母さんをお願い!」
プリルは震えた声で懇願するように言って、扉を開けて出て行ってしまう。
「そんな…私…」
一人残されてしまった私は、荒く息をする母親を前に立ち尽くしてしまった。
「…っ! 熱い」
恐る恐る手を母親の頭に乗せてみる。熱した鉄に触れてしまったかのように熱かった。
「とりあえず冷やさないと」
布と水を用意しようと立ち上がる。
「良いの……。もう私は持たないわ」
母親のわずかに開いた唇から呻くような声が漏れる。
自ら死のうとしているような感情を、その弱々しく儚い声から感じ取って、私の足が止まる。
「そんなこと、言わないでください。プリルが悲しんじゃいます……」
胸の奥から切なさがせり上がる。自分の母親ではないのにこんなにも悲しくなるのはなぜだろう。私は自分の感情を制御しきれずにいた。
「そんな顔しないで。プリルには、確かに悪いと思ってる。……実はね、あの子の父親が出て行ってしまったのは、私のせいでもあるの」
母親は一度咳をして言葉を切る。シーツにかすかに血が飛んだ。
「あまり喋らない方が良いんじゃ…」
「いいのよ。もう喋れなくなるんだから。…私が、あの人の背中を押してしまったから、今こんな状況で、プリルはあの人を恨んでいる。あの子を、みんなを守るためだっていうのにね。げほっげほっ」
何かを必死に伝えてくれようとしているのだろうけど、そんな彼女の意思を邪魔するみたいに息がさらに荒くなっていくのを感じた。
苦しい。聞きたくない。
私には、もう言葉を発する力も残っていなかった。
「貴女が能力者なら、いずれあの人とぶつかることがあるかもしれない。その時は、何が正しいか、貴女が判断して欲しい」
母親の言葉に船での襲撃を思い出す。兵士たちを圧倒的に上回る人数の男たちが、それぞれの武器を手にとっていた。何か強い意志があるかのように。
「それと…プリルにごめんねって伝えて欲しいわ…もう、私は…」
母親の言葉が消え入った。その先を聞こうとした私は、ぜえぜえと荒かった息が、だんだんと小さくなっていくのに気付くのが遅れた。
そして、気づいたときには、それは止まってしまっていた。
慌てて顔を覗き込むと、その瞳は虚空を見つめていた。その目からは涙が一筋、流れていた。
「そんな、せめてプリルが来るまでは……! お母さん! お母さん!!」
声が届くように、懸命に身体を揺さぶる。その努力も虚しく、ただ、揺れるだけだった。
額に手を当ててみる。さっきまで熱を帯びていたのに、すでに私を拒絶するような冷たさだった。
「そん…な…」
——プリルの母親は死んだ。
その事実が深く私の心をえぐった。
「お母さん!! お医者さん呼んできたよ!」
心にぽっかりと空いた穴を、扉の開く激しい音とプリルの声が埋めた。
プリルに続いて誰かが入ってきた気配がした。私は、振り向くことができなかった。
「グンちゃん?お母さん……どうしちゃったの?」
異変を察したらしいプリルが恐る恐る聞いた。私は何も言えない。ただ、息をしていないプリルの母親を視界にとどめるくらいしかできなかった。
後ろにいた医師らしい白髪交じりの男の人が血相を変えて私の横まで歩き、母親の元に座った。
「マルカさん、聞こえますか?聞こえたら返事を……!」
医師が母親の名前らしき言葉を言いながら首の辺りを触る。
「ど、どうしたの?」
「……」
医師は、背中にかかったプリルの声を拒否するかのように目を瞑った。
「プリルちゃん、お母さんは…」
意を決したように振り返った医師の言葉がプリルの顔を見て止まった。
プリルの目には溢れんばかりの涙が溜まり、その顔は精一杯の拒絶を表していた。
「嘘だよね?お母さんは……すごい魔法使いだから、死なないんだよね!?」
プリルはそう言って、私と医師を押しのけて母親の、マルカさんの元へと飛び付いた。私は力なく二人と距離を取る。
「嫌だよ! 置いていかないでよ! お母さん!!」
プリルは叫んで、マルカさんの身体をきつく抱きしめた。もう、抱きしめ返すことも、頭を撫でることもできないマルカさんを。
嗚咽が延々と続く中、目の前の光景がチクチクと私の胸を刺す。
——エルウィンは私が死んだら、あんなに悲しんでしまうのかな……?
そんな疑問が、私の頭を過る。エルウィンは私が死んだら悲しいと、そういって言っていたけれど、こんなに悲しそうに、見ている方まで胸を割かれるような感覚になるくらい、悲しんでしまうのだろうか。
そうだとしたら私は……。
*****
「おい、聞いたかよ。あそこの家の魔導師が亡くなったんだってよ」
「え?! マルカさんが?身体は弱いって聞いてたが…。惜しい人を無くしたな」
穏やかに波うつ海を朝日がキラキラと照らしていた。
目の前には一つの墓石。『偉大なる魔導師マルカ=スヴェントここに眠る』と刻まれていた。
プリルは充血した目で、まっすぐに墓石を見つめていた。
「一人に、してほしくなかったな……」
悲しそうに呟いたプリルに、私はかける言葉が見つからない。かけない方が良いのかもしれない。しゃがみ込むプリルの後ろで、私はただ立ち尽くしていた。
「泣いてちゃ、ダメだよね。いつも笑顔でいなさいって、お母さん言ってたし」
まだ流れ出る涙を腕で拭って、プリルは立ち上がる。胸の奥から悲しい感情がせり上がってきた。
誰かの死が、こんなにも他の人を悲しませることになるなんて、想像もつかなかった。死にたいなんて軽々しくエルウィンの前で言っていた自分への嫌悪感が増していく。同時に、私が死ぬことで、エルウィンが悲しむ姿を想像したくなかった。
——生きたい。
自然に、そんな感情が、悲しみを出し切った心から湧き出した。
そして、人を殺す覚悟、能力を使う覚悟―船の中で格闘していた問いに、答えが出せそうだった。
能力を使わざるを得なくなったとき、私がエルウィンに嫌われるのを怖がって力を使わなければ、私は殺される。それならそれで、前は良かった。
でも、そのせいでエルウィンが悲しんで、苦しんでしまうのは耐えられない。私が力を使わないことで、逆にエルウィンが死んでしまうことだって、考えたくないけれどあり得る。それはもっと嫌だ。
それだったら、私は生きることを選びたい。
「そういえば、グンちゃんはどうしてあんなに傷だらけで倒れてたの?」
私の決意が終わると同時に、プリルが不思議そうに聞いた。顔に涙の痕が残っていたが、昨日とほとんど変わらない、可愛らしい笑顔を作っているように見えた。
「えぇと、それは…」
私は言葉に詰まった。
自分は反政府組織の支部を倒す途中に船を襲われここに流れ着いた、なんてことをプリルに、しかもこんな状況の中で言ってもいいものなのか。
だけど他に良い返答が見つからなかったので、結局ここまでの経緯を話すことにした。
「つ、つまりグンちゃんはそのカミノチカラ?っていうのを持った能力者で、ある人からパルテミアのお父さんの組織を倒すっていうお願いを受けてる途中で襲われてここに流れてきたってこと、かな?」
プリルは小さな頭を抱えながらゆっくりと話を整理していく。
「うん、そういうこと。だから私は早く仲間と合流しなくちゃいけないの」
「そう、なんだ」
プリルは少し考えた素振りを見せて、それから何かを決意したような表情になった。
「わたしもグンちゃんと行く!」
「えっ?!」
私は思わず叫んでしまう。これから行くのは間違いなく誰かが血を流す戦いの場所。小さいプリルを連れていける場所では絶対にない。
「だって、グンちゃんをこんなひどい目に合わせたやつらをけちょんけちょんにしてやりたいし、何よりスヴェントってお父さんの組織よ! ……お父さんのところまで行って、びっしり言ってやるんだから!」
なだれ込むようなプリルの言葉は、誰も止めることのできないような勢いがあった。
「でもプリル、戦うんだよ?大丈夫なの?」
私の問いにプリルはニヤリと笑う。
「こう見えてもプリルちゃん、お母さん譲りのすんごい魔法使えちゃうんだから! 大丈夫よ!」
プリルの自信たっぷりな表情に、もう止められる気がしなかった。
「分かった。プリルも連れて行くよ。まずはここからパルテミア支部までの道を確認しないと。船も必要だと思うし」
「やったー! 確かに道は確認しないといけないけど、船なんていらないよ!」
「どうして?」
どういうことだろう。まさか空を飛べるわけでもないし。私が聞くと、プリルは白い歯を見せながら笑って指を鳴らした。光とともに出てきたのはプリルの背丈よりも大きい箒だった。
「これで飛んで行けばだいじょ―ぶ! 船なんかよりも早く着いちゃうんだから!」
「す、すごい! 本当に魔法が使えるんだ!」
「あったりまえでしょー! プリルちゃん天才だもん」
プリルは小さな胸を張って自信満々に言った。たぶん今の私の目は驚きでお皿のように丸くなっている。
「ちょっと待ってて! 地図を取ってくるから!」
プリルはそう言って家の方向へ走って行った。
「もうすぐ、行くから。だから無事でいて。エルウィン」
走っていくプリルの背中を見つめながら、私は祈るようにつぶやいた。
目指すはスヴェント、パルテミア支部。