【エピローグ】
あの戦いから二年が経ったなんて、ちょっと信じられないよね。
今日はふと思い立って、日記を書いてみることにしたんだ。
今僕は、ルールポルカに戻ってラシュガンさんの元で研究員として働いている。
あれから僕にできることを考えてみたんだけど、やっぱりこういう場所に戻ってきていた。ウィザードリキッドがあるとはいえもう戦うのはこりごりだし、やっぱり向いていないと思ったから。
少し簡単にはなってしまうけど、あれからのことを書いてみる。
世界から神ノ力は完全になくなった。
何千、何万人という人が犠牲になって、多くの悲しみを生んだラグナロク。
国としての機能を立て直したガーフォードの手腕と、残っているかも分からない神ノ力を恐れた他国が侵攻してこなかったのが幸いして、オーディニアの命は首の皮一枚繋がった。
政府とスヴェントが総出で復興作業を行ったこともあって、都市部では暮らしが戻りつつある。
一部ではすべての元凶とも、救国の英雄とも持て囃されたガーフォードは、つい先日に謎の失踪を遂げたらしい。暗殺とも、国外逃亡とも噂されているけど真実は誰にもわかっていない。
次期首相候補にはラーサーの名前が挙がっているとか。
地方の小さな町や村はまだまだ復興の途中で、スヴェントや魔法使いの村のメンバーが各方面に足や箒を飛ばして全力で支援をしている。
その中にはウィザードリキッドを使って神ノ力を手放したフェンリルの姿もあったらしい。
プリルとビドーは忙しい復興作業の傍ら、魔法使いの村で他の魔法使いたちと身を寄せ合って慎ましくも幸せに暮らしているのだと、たまに彼らを手伝いに行くラルクから聞いた。
長い時間をかけて少しずつだけど確実に、あの時に旅をした仲間たちはそれぞれの道を歩もうとしている。
この膨大な復興作業が終わったら、みんなバラバラになっていく。少し寂しいね。
そして僕は……。
「僕は……」
エルウィンはペンを置いて、窓の外を見る。
うっすらと映った自分の顔は何かが抜けてしまったような、ぼんやりとした表情をしていた。
最近、よく笑うようになったねと遊びに来るプリルに言われるけれど、最近は意識的に笑顔を作るようにしているからだった。
失意の毎日を送っているわけではない。やるべきことを見つけて、嬉しい時には笑い、悲しい時には泣く。感情は正常に動いているように思えるが、いつもどこか、何かが曇っているような感覚は抜けないから。
きっとあの時、イオナの胸を刺した時に、自分の胸にも埋められない穴が開いてしまったのかもしれない。
席を立って部屋を出る。
長い廊下を、大広間を抜けて研究所の出口へ向かう。
途中に出会ったラシュガンの耳を破るような声を背中に受けて、エルウィンは日課となっているある場所へ足を進めていた。
「……」
少し街を歩いて離れると、小さな山へ続く自然の道が続く。
気が付くと木々に囲まれて、空のてっぺんに上がった太陽は木漏れ日になってキラキラと輝いていた。
散歩をするにはちょうど良い涼しさで、心も自然と穏やかになる。
数十分、坂道を登る。所々人の手が加えられていて、階段なども設置されているが基本的には自然のままの山道を登ることになる。
日課になっているとはいえ、それ以外はほとんど研究所に篭りっきりのエルウィンにとっては、これだけでもなかなかの運動量だった。
「ふう、着いた」
最後の階段を登り切って、エルウィンは一息つく。息が上がって、汗がじわじわとシャツに沁み込む。
頂上はほとんど平らな芝生になっていて、白や黄色、薄紫色など様々な種類の花がぽつりぽつりと慎まやかに咲いていた。
少しだけその綺麗さに和みながら、裸の砂道に沿って歩を進める。
視線の先には灰色の細長い石が静かに立っていた。
それを目の前にして、腰を下ろす。
何をするわけでもない。石の——イオナの墓石の向こうに見える治りかけの街と、どこまでも青い空を見て呼吸をする。
実際にこの墓でイオナが眠っているわけではない。
あの時——イオナを刺したあの瞬間、彼女の身体は光の粒子になって霧散してしまった。
能力者が死ぬと遺体も残らないのか、そんな事例は今まで聞いたことなかったはずだと、放心した頭でぼんやりと嘆いたことは覚えている。
ただ静かに、そこにはいないイオナを感じながら息を吸って、吐いて、自分は生きているのだと実感する。
ただそれだけ。
視線を墓石に戻して、表面に刻まれた文字を無意識に読む。
イオナの最後の願い事。
——イオナ・ラックハイムここに眠る。
「苗字なんて、頼まれなくてもあげてやるつもりだったのにさ」
つい愚痴を言ってしまう。
気持ちの整理がついたとは、言い難い。
自分の最後の選択は間違っていたのか。復興に向かって日々を一生懸命に生きる人たちを見ていると、首を縦には振れない。
きっとこの胸のしこりも、頭の靄も、他の罪と一緒に背負っていかなければならないもの。
生きてくれと言ってくれた彼女に、これで良いのかと毎日確認しに来ているのかもしれない。そう考えると情けないというか頼りないというか、自分で毎日欠かさず行っていることに笑いそうになる。
思考をひとしきり回した後、頭の中を空っぽにしてただ通り過ぎる緩やかな風と、それに揺られる木々の音に耳を澄ませる。
「そろそろ行くよ、イオナ」
自分の目を覚ますつもりで、エルウィンは少し声を張って墓石に言葉を投げかける。
立ち上がって、大きく伸びをした。
同時に、さっきまで緩やかだったものとは別の、一陣の風がエルウィンの目の前を通り過ぎたような気がした。
驚きつつ乱れた髪を直しながら、背後にしばらく感じたことの無かった感覚を——神ノ力を感じて動きを止める。
一瞬だけ嫌な予感と感情が頭をもたげる。
でも、不思議とそこにあの時のような悪意も、絶望も、悲しみも感じない。
あるのは変わらず穏やかさだけ。風も元の静けさを取り戻していた。
エルウィンは、ゆっくりと振り返る。
視界にとらえたその姿を認識して、目を見開く。
「一緒に帰ろう、エル」
金色の長い髪をそよ風になびかせて、少しばつの悪そうな、懐かしい笑顔を見せながら、一人の少女が手を振っていた。
fin.




