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56.帝都へ

 両親と俺は休むことなく帝都、ウィーンへと馬を走らせた。選帝侯の父や魔力を扱える俺は大した問題にはならなかったが、体力的に普通の人間と何ら変わらない母は次第に疲労が溜まっていた。ジギルとハイドの足も次第に止まっていく。


「今日はここで休もう」

 道中、小さな集落があった。父は銀を渡し今夜の寝床を確保した。

「さすがに堪えるわね」

 母がストレッチをしながら言った。


「ああ、ここまでの遠出は久しぶりだ」

 父には疲れなど一切見えない。


「馬も増やさないといけないな」

 父が母に言う。

「そうね、ブランデンブルクは農村が多いから馬の数は多いけど、今回みたいな長距離の移動が得意な子は少ないものね」


 ジギルとハイドは他で見かける馬よりも一回り大きい。前世の競馬場で見たサラブレットと同じようなサイズだ。神聖帝国で用いられている馬は自分の想像よりもかなり小さかった。

 前世における馬とポニーの差はサイズだ。体高が147cm以下の馬がポニーとして分類らしいが、この世界においてはちょっと大きいポニーくらいの馬が主流となっている。


「そういえば、外に奇妙な動物がいたわね」

 母が思い出したよう言う。

「ああ、ロバのようだが馬のようでもあった」


「あれは確か、ラバです」

 俺は2人の会話に割り込んだ。

「ラバ?」

 母が聞き返す。


「そうです。馬とロバの雑種です」

 前世の記憶の奥の方の引き出しから引っ張ってきて答える。

「雑種?へえ。なぜそんなことをするのかしら。少し聞いてみましょう」


 母は部屋から出て、近くにいた農民に尋ねる。俺も父も同行し話を聞く。言語は同じだが訛りがすごい。いや違う、訛っているのは俺達だ。帝都に向かっているのは俺達である。ブランデンブルクが辺境ということを踏まえると、言語のずれは俺たちに生じている可能性の方が高いに決まっている。


 農民の話によると、ラバは馬と同じように持久力を持ち、且つ忍耐強いらしい。馬は気高き生き物という認識はこの世界にも浸透している。その一方で長時間の移動に耐えられない問題が発生している。


 この集落の人間は、大帝国が地中海を支配している時に、帝国にラバを献上する役割を担っていたそうだ。元はその帝国に属してはいなかったが、長距離移動に即した動物の交配が可能ということで奴隷化されずに、その文化を残している。言語の差異はそれが原因らしい。よかった、俺達が帝都に行った際に、訛りがひどい田舎っぺとして見られることはないということだ。


「へえ、いいわね。ラバはどうやって交配するの?」

 母は尋ねた。しかし農民は断固として応えようとしない。聞けば、ラバの生産は神聖帝国以降も続けており、この村の財源の1つらしい。

「なるほど、知識は力だものね」


 母は思案した。

「ねえ、あなたたちブランデンブルクに来ない?」

 唐突に母が尋ねた。



「ブランデンブルクは他の選帝侯領みたいに、穀物を課税対象として固定していないわ。だからあなたたちは小麦を作らなくてもいい。代わりにラバを納めてくれない?ノウハウを奪ったりしないから」

 そう言うと、農民ははっとして急いで走り出た。母はそれを止めず、俺達はそこで止まった。数分後その農民は見るからに長という風貌の年長者を連れてきた。


「あなたがこの村の長?」

 老人は頷いた。

「先ほどの話、本当ですかな?」

 老人は尋ねた。

「ええ、私たちはブランデンブルクを統治するラムファード家と申します。森が多く残っている地域で、開墾のためには多くの労働力が必要となります。お話を聞く限り、ラバは我々の経済活動に多大な貢献をしてくれるでしょう。待遇は保証しますのでぜひ」


 母は簡潔にこの村のノウハウを欲しいと思ったのか述べた。

「そうは言いますがね、一応この地区はベーメン王の領地になります。領主が許可を出すとは思えません」

 老人は頭を振った。


「ベーメン王って、オルタージュ・ブランデー国王のことですよね?」

 俺は老人に尋ねた。老人は慌てふためいた。

「ええ、そうですとも。あの恐ろしいお方が我らが領主様です。あの方の意に反して他の領地へ赴くなど、恐ろしくてできません」

 老人は怯えた声で話す。


「国王って、そんな恐怖政治をしてたっけ」

 俺は疑問になって呟く。あの国王が一般の民衆に力を振りかざすとは思えない。

「あのお方を昔一度拝見したとき、恐怖で立つことすらできませんでした」

 老人は体を震わせる。国王の何がこの老人をここまで怯えさせるのか___。俺は考え込んだ。

「あ」

 気づくのに時間は掛からなかった。


 俺は試しに魔力を放出する。

「う、うわああ」

 老人は悲鳴を上げ尻もちをついた。


「見えるのですね?」

 俺は老人を見下ろしながら尋ねる。

「見える、見えますとも__」

 老人はか細く言った。


「どういうこと?」

 母がおれに尋ねる。

「禁忌の力です。彼らはこれが見える。国王を恐れているのもこれが理由です」


「長」

 俺は老人に向き直る。

「僕も国王も、危害を加えるつもりはありません。それに彼は僕の友人です。ここを出たら打診してみますよ。多分許可を出してくれると思いますよ」

「は、はあ」



 老人に水を飲ませ、落ち着いてから話をしてもらう。

「ラバの生産業者を続けていると、ラバには不思議な力が宿っていることに気づくのです。馬にもロバにもない力。先ほどあなたが使ったものと同じです」

 老人は落ち着いて話す。

「アクア教が広まった際に、教会の大司教にラバは禁忌の力を有していると糾弾されました。教義に反する禁忌であると。それ以降ラバは売れなくなり他の村と同じように、穀物を納めるようになりました」


「なぜ、ラバには禁忌の力が宿るのですか?」

 俺は疑問になって尋ねた。自分自身の力を理解するためにも、知っておく必要がある。

「理屈は分かりません。司教が言うには、本来交わることのない種族が交わるという下衆な行為を行ったために祝福が停滞していると」


 なるほど、異種交配も禁忌に該当するという訳か。確かに自然界においてラバが生まれることはない。それを無理やり交配させるということを考えれば、循環すべき祝福が停滞しているという主張は正当だ。



「まあ、すぐに決めることではないでしょう。時間はありますのでゆっくりとお考え下さい」

 母はそう言ってこの話を終わらせた。俺たちは宿に戻る。

「明日も早い、しっかり寝ておけ」

 父が指示を出す。その通りだ、帝都はまだ遠い。休むべきだ。しかし俺は自分の力が一体なんなのか、思考が交錯し寝付けないでいた。




 俺は両親と離れた部屋を借り、床についた。





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