99.お父さん
-サラ-
選帝侯同士の戦闘は熾烈を極めた。血みどろの戦い、というよりも選帝侯同士の戦闘に一般兵士が巻き込まれているという状態だ。私から見てもその戦いは異次元そのものだ。目の前で飛びまわる蠅の如き動きを、人間が行っている。
怪我を負っているはずの皇帝は、ファルツ選帝侯と三日三晩戦い続けている。対するテンプル騎士団は魔力を有するマインツ選帝侯の軍に手を焼いていた。シロック様が小規模隊をいくつも組織し、得意のヒット&アウェイ方式で対抗しているが、兵士の数が半数であるため、徐々に劣勢へと回る。
「戦局は、良くないみたいっすね」
トロイエは淡々と言った。
「あなたにとっては、喜ばしいんじゃない?」
当てつけるように私は言った。
トロイエは何も答えない。
「奴らを殺せ!俺たちの力を見せつけろ!」
遠く、ファルツ選帝侯の叫びが乾いた風に乗って届く。彼の軍は少数ながら一人一人が野心的で、独善的。仲間というよりは利害が一致した荒くれ者といった感じだ。
その中で、最も強く、野心に満ちているのが他でもない、ファルツ選帝侯だ。ヨハネ騎士団の防衛戦術はその野心の前に屈する寸前だ。野心が、皇帝という帝国の象徴を破壊しようとしている。
「皇帝が負けたら、帝国は終わりっすね。あの人は何を背負ってるんすかね__」
何を思ったのかは分からない。トロイエの囁き声は、そよぐ風に乗って聞こえてきた。
「それは、あなたが聞きなさい」
私の言葉に、トロイエは驚いて振り向いた。
「え?サラさんが会わせたい人って__」
私は頷く。
「でも、ファルツ選帝侯とあんだけ戦っていたら、話す機会なんて__」
私は首を振る。
「必ずある」
言い切った。
「全軍、隊列を組み前進」
マインツ選帝侯の指示を受け、マインツ選帝侯軍はテンプル騎士団を押し込んでいく。
その時だった__
風が凪ぐ。腹を蹴られる。
来たよ。お父さんが。