体育祭(1)
5月。
この月には、高校生が待ち望んでやまない一大イベントが存在する。
そう、体育祭だ。
「リレーがいい人ー?」
「はいっ!」
「へーい」
「はい」
「うしっ!」
あらあら、みなさんお元気だこと。
「おっ、4人だけ?
じゃあ、鈴木くん、佐藤くん、松永くん、それから……里崎の4人で決定ね」
「うおっ、なんか俺だけ呼び捨てなんだけど!?」
「あーごめんごめん。間違えちゃった」
ほんの一瞬で、教室に笑顔が咲く。
ちなみに、この呼び捨てを食らった里崎くんはヒロだ。本名が里崎大翔だから、俺はヒロと呼んでいる。
「よっしゃあ!
この最強メンバーで、絶対勝つぞー!」
「「「おおおおお!」」」
流石は運動部、凄い熱気だ。
そんな中俺はというと、ただひたすら冷静に、その時を待っていた。
「まだか……」
俺が待っている競技、それは……他クラスと合同で行うパン食い競走である。
パン食い競走は、6クラスの中で、俺のいる1組と2組、3組と4組、5組と6組がペアとなり、スコア変動なく行われる唯一の競技。
つまり、戦犯という概念が存在しないのだ。
俺は一目見た瞬間、「これだ!」と思った。
「じゃあ次、パン食い競──」
来た。
「はい」
言い終わる前に立ち上がる俺。
これなら誰も言い出せな──。
「俺もやりたいっす」
なに……!?
き、君は確か、柔道部の森田くん!?
「これは1人だけだから、2人でジャンケンね。じゃあ行くわよ。最初はグー……」
た、頼むよ神様。
俺を勝たせてくれ……!
「ジャンケンポン!」
俺の繰り出した渾身のハサミは、森田くんの石に粉砕された。
「や、やったっす!」
ふっ、体育祭当日、欠席します。
あー! 二度と神になど頼むものかぁぁぁ!
あっでも、やっぱりいざとなったらお願いします!
「あっ、柚くん。
残ってるのが二人三脚だけだから、二人三脚でいいかな?」
二人三脚……?
つまりなんだ? 俺は当日、誰かと肩を並べて走るのか……?
「──もう、なんでもいいです」
ふとヒロに目を向けると、横を向いてニヤニヤと笑っている。
あの野郎……。
「はい、決まりね!」
うちのクラスをまとめる室長は、彦根若菜さん。
見るからに真面目そうだし、しっかり者そうだし、反対票など入る訳が無かった。
実際、頼りになるリーダーだと思う。
「じゃあ、走順とか作戦とかは各自で決めて記入するってことで……解散!」
「「「はーい」」」
でも、俺みたいなやつに対する気遣いはしてくれないんだな……はぁ。
なんて思っていたら、
「柚くん、二人三脚で本当に大丈夫だった?
あっ、別にダメとかじゃないんだけど、もしかしたら空気に流されて決めちゃったかなって思ってさ」
放課に入ってすぐ、神対応を受けた。
彼女の紫髪は、陽の光を受けて淡く輝く。綺麗に揃えられた前髪の下、大きな瞳がこちらを見つめる。
女神様……。
「で、どうなの?」
赤と白のリボンで結ばれたツインテール風のアレンジが、幼さの中に光る真面目さをより一層際立たす。
「正直、走るのは好きじゃないです」
「うん。ごめんけど、そんな気してた」
優しいのは凄く伝わる。
でも、ちょっぴり悲しい。
「ああ、俺のパン食い競走……」
「あれ? でもさ、パン食い競走も走るよね?」
ギクッ。
「えーっと確か、二人三脚はペア表彰があって、パン食い競走は特になしだったっけ」
「へ、へぇ、そうなんだー……」
落ち着け、大丈夫だ。
いつも通り吸って吐いてさえいれば、動揺が露見することはない。
「ばぁぁぁ、ずぅぅぅ、ばぁぁぁ、ずぅぅぅ」
「ふーん、なーんか怪しいわね。まぁ、頑張れー」
「し、室長ぉぉぉぉ」
こうして俺の、二人三脚出場が決定した。
「これから俺は、何のために学校生活を送ればいいんだ……」
気づいた頃には2、3、4限目が終わっており、昼休みに入っていた。
「うっ」
重たい足を必死にあげ、俺は屋上へ向かう。
「や、やっと着いた……」
ドアを開けると、見慣れた顔が1人……2人!?
「おっ、待ってたぜ」
大きなビーチパラソルを設置しているヒロと、その隣に女子生徒が1人。
「遅いぞ少年!」
何かに影響を受けたであろう話し方。
間違いない、あゆだ。
「何でまたあゆが屋上に?」
「今日は種目を聞きに来たんだぞ少年!」
両手を腰に当てるその感じ、昨日やっていたピンクヘキサゴンの主人公だな。
「まぁまぁおふたりさん、とりあえず座りましょうや」
「うむ。有難く座らせてもらうぞ少年!」
「はいはい、ちょっと黙っててねー。
それよりヒロ、これどうしたの?」
そう、ヒロが準備してくれたのはビーチパラソルだけではない。
「あー、このピクニックテーブル?
倉庫にあったやつもらってきた。
もちろん、校長に許可は得てる」
「最高すぎ」
無意識にハイタッチを交わしていた。
6人がけの大きなピクニックテーブルは、快適以外の何物でもない。
「はぁ、いつでも寝れそう……」
「喜んでもらえて何より」
反対側にあゆが座ったため、ヒロは俺の隣に座った。
「それで、体育祭の種目だっけ?
ちなみに天乃川さんは何にしたの?」
どうせあゆのことだ。
おそらく、女子の選抜リレーとかその辺りだろう。
「うむ。私は、『何でもやるよ!』と宣言してしまったばかりに、二人三脚になってしまったんだぞ少年!」
ふーん……ん? 今、二人三脚って言った?
「へぇ、二人三脚ねぇ……おめでとさん」
「えっ? それってどういう……」
キャラを忘れ、素で尋ねるあゆ。
「あら偶然、柚も二人三脚だよな?」
「うん」
「ええっ!?」
あれ、待てよ?
今の言い方、こいつやったか?
「ねぇヒロ?」
「ん? どしたどした?」
「君、やったね」
「はて、なんの事やら」
この反応、確定か。
「でもまさか、柚くんが最初にチョキを出すなんて、僕全然知らなかったよー」
ほーら、しっかり根回ししてんじゃん。
しちゃってんじゃん!
森田てめぇ、勝つの知っててグー出しやがったな!
チッ、許さねぇ。
「ゆ、柚と同じ……!? あーもう、さっきはバカって言ってごめんね私……! ないす!」
にしてもあゆ、嬉しそうだな。
まぁ、知らない人とやる可能性があったから、相手が俺と聞いて安心したんだろう。
かくいう俺もその1人な訳で。
「あっ、そうそう。
あゆちゃんも災難だったねー」
「えっ? 何がです?」
あれ? こいつまさか……。
「だってさ、最後に残ったのが二人三脚だったってことでしょ? 俺だったら絶対やりたくないもーん」
あーらら、隣のクラスまで根回ししてらー。
「い、いや? まぁ私は別に、二人三脚でもよかったなーなんて」
どうやら、俺とあゆはまんまとヒロに嵌められたらしい。
「あっ、そうなんだ! まぁとにかく、2人とも、練習ファイトー!」
「おー! じゃ、じゃあ柚、一緒に練習頑張ろうね……!」
「う、うん。頑張ろうね」
さて、これからどうなることやら。
俺はあゆが嫌いだ。
ペアと言うだけで安心させてくる、そんなあゆが嫌いだ。