昼休みの屋上
「なぁ、柚」
「んー? なーにー」
屋上で寝転がる俺とヒロ。
こういう時、ふと思う。
春は素晴らしい季節だと。
・・・あれ、なんか最近同じことを言ったような気が……いや、気のせいか。
「いやなに、この前話してた子いるじゃん?」
「あー、多分聞いてたと思う」
「多分ってお前……まぁ、いつも通りか」
ヒロはよく恋愛に関する話をしてくる。
はっきり言って興味は無い。
だが、貴重な友達を失わないため、俺は渋々話を聞いている。
というかヒロも、ただ人に話したいだけなんだと思う。
「それでな、あの子についてなんだけど──」
そして今日もまた、ヒロの恋愛話が始まった。
「うんうん」
「それでな──」
初めは何となく相槌を打つが、ある程度経つと俺は決まって眠りにつく。
だって長い放課は、眠るためにあるんだから。
それに、ヒロは俺が途中で寝ても絶対に怒ったりしない。
この男はきっと、この世で1番の理解者だ。
「──って訳なんだよ」
「へぇ、それは辛いね」
ただ、今日は珍しく眠ることが出来なかった。
一応思い当たる節はある。
そう、例の写真だ。
「うえっ、起きてるじゃん!?
珍しいこともあるもんだなぁ」
おいおい、起きてるだけで驚かれる俺って何者なんだよ。
なーんてツッコむ気が起きるはずもなく、俺は力なく寝転がっている。
「仕方ないなー。珍しく起きてるそこの君に、俺様が1つアドバイスをしてやろう」
「えっ、別にいらない」
「えぇショック!」
直後、これは流石にマジトーン過ぎたと、これまた珍しく反省した。
「で、でも、これは覚えておいた方が絶対にいい! そして柚には、聞く義務がある!」
いや折れないんかい。
なーんてツッコミをする気が起きるはずもなく──以下略。
「俺からのアドバイス、それはずばり……!」
これはもう聞くしかないな。
「ずばり?」
フェンスに止まるカラスが飛び立ったその瞬間、ガバッと起き上がるヒロ。
ひしひしと感じる名言誕生の気配。
「女の子の前では笑顔でいるべし」
普通だ。
「へぇ」
でもなんか安心した。
「それはどうして?」
「そりゃあ、人の笑顔が1番の武器だからに決まってんじゃん」
わーお、突然の名言出たー。
「ぶ、武器っていうと……?」
こいつなんか深いこと言ってるかも。
俺はなぜか、少しヒロに期待を寄せた。
「そう、武器だ。だって想像してみろ。
好きな人が笑顔だったら、それだけで少し、幸せになれるだろ?」
「あー、そう言う意味ね」
意味が普通で安心した。
「あっ、そうそう。話は変わるけど、柚は好きな人っていないのか? あっ、ちょっと待って。やっぱ気になる人でいいや」
うわー出たよ。
中学の修学旅行でもあったなー。
まぁ、絶対回想しないけど。
「いないよ。いた事はあるけど」
「へぇ、やっぱいないんだ。おもんねぇやつ」
「別にいいよ。面白くなくても」
それは自分でも思う。
ただ、人生における面白みって、一体何だ?
俺の人生はきっと、この答えを見つけることで、ようやく動き始めるんだと思う。
「いや、待てよ。なんか今ふと思ったんだけどさ……」
「ん?」
何か嫌な予感がする。
「柚、隣のクラスの天乃川さんってどうなの? なんか仲良いみたいだし、いっそ付き合っちゃえば?」
ほらやっぱりー。
「いやいや、俺なんか釣り合わないって。
そこんとこ、ヒロなら分かるでしょ?」
「いーや、俺にはお似合いに見えるけど? あっ、でもそっか。もうすでに相手いたりしてな」
うーわ。長くなりそうだし面倒臭いし、早く話終わらせよ。
「まぁ、ヒロが言うなら相手いるんじゃない?」
そう口にした次の瞬間。
「相手いないよ、私」
やけに耳馴染みのある声が、ドア付近から聞こえた。
「おやおや、屋上に人が来るなんて珍しいな……って、まさかのご本人登場!?」
寝返りをうったヒロは、驚きを隠せないといった様子で目をぱちぱちさせる。
噂をすればってやつの体現だな、これ。
「まさかとは思うけど、あゆも眠りに来たの?」
「ま、まぁ、そんなところかな……えへへ」
(いや絶対嘘じゃん! これ柚に会いに来ちゃってんじゃん!)
ヒロは何か言いたそうにしていたが、必死に口を押さえ、自分と戦っているようだった。
「ふーん、あゆって独り身なんだー」
「それを言うなら《《柚も》》、だけどね」
「はっ? 俺独り身じゃないし」
「えっ……?」
(柚って、彼女、いるの……?)
「まぁ、嘘だけど」
「なっ……!?」
(いや嘘かーい)
「もう、びっくりしたじゃん」
(えっ、えっ、これで付き合ってないってマジ!? おかしくない!? ねぇ、おかしくない!? 言いたい! 今すぐ言いたい! あーもう言っちゃうか! 言ってやろうか! ああ?)
とその時、放課の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あっ、もう時間?」
「あっ、結局寝れなかった」
「あっ、助かった」
でもこれは次の授業、睡眠学習確定だな。
「じゃ、じゃあ、俺先行くから!」
「おう」
そう言うと、ヒロは颯爽と階段を駆け下りていった。急ぎの用でもあったんだろうか。
「で結局、あゆは何しに来たの?」
「えっ、わ、私は……」
(やばっ、なんて誤魔化そう)
あれ、なんか困ってる?
「そ、そう、確認しに来ただけだよ」
「確認? なんの?」
曖昧な記憶だが、室長の仕事の中に、屋上にいる生徒を見に来るという内容のものは無かったはず。
「そ、それは……浮気調査だよ! じゃあね!」
「・・・はっ? えっ?」
意味の分からない言葉を残し、あゆもまた階段を駆け下りていった。
「浮気調査……? 意味わかんねぇ」
ヒロといい、あゆといい、なぜこうも急いで階段を駆け下りていくのか。
「……あっ、授業だからか。やっべ」
俺はあゆが嫌いだ。
いつも顔を見せにきてくれる、そんなあゆが嫌いだ。