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俺はこの幼なじみが嫌いだ  作者: 湯上湯冷
1年生編
7/97

お花見

「さぁ、飲むわよー!」


「おおー!」


 お互いの母親が、朝っぱらから紙コップ片手に立ち上がる。


「ちょっと、お酒飲んでるわけでもないんだし落ち着いてよ」


「ママ! 恥ずかしいってば!」


「「うふふふふふ」」


 今日は、毎年恒例のお花見の日。


「久徳さん、最近どうです?」


「おかげさまで毎日楽しいですよ」


 父親同士は、缶ビールを片手に趣味のゴルフトーク。まさに休日ってな。


「柚、ついにこの日が来ちゃったか……って感じだね」


「うん」


 近所の公園に咲く美しい桜。

 ここには毎年、近隣住民がお花見をしに集まってくる。それになぜかこの日だけ、あゆはスカートを履いてくる。

ほんと、白似合うなぁ。


自然と目が釘付けになる。


「あっそういえば、あゆの好きなやつ持ってきたよ」


「えっ、どれどれ!?」


 あゆの好物、それは……。


「hokky」


ポケットから取り出したのは、包装されたお菓子。


「あっ、hokkyじゃん!」


 hokkyとは、棒状に加工されたホッキ貝にチョコをコーティングした人気菓子である。

ちなみに『塩味は、いい酒のツマミになるんだ』だっけ……by父。


「いっただきまーす!

 あーむ。うーん、うんまぁぁぁ!」


「喜んでくれてよかったよ」


 個人的には、あまり美味しくないと思う。

 ただ、あゆが食べている姿を見ると、自然とお腹がすいてくるから不思議だ。


「お腹すいた」


「おっ、そ・れ・な・ら……」


 何やらランチバッグを漁るあゆ。

この自信に満ちた表情を見るに、期待してよさそうだ。


「じゃじゃーん!

 今年は私が作りましたー!」


「おお」


広げられた大きな弁当箱。

確かに大きな物を持ってるなとは思っていたが、お弁当だったのか。

ってか、美味そ。


「わーお、美味しそうね!」


 ようやく座ったかと思えば、あゆの手料理に手を伸ばすお母さん。もはや見慣れた光景とはいえ、息子ながら恥ずかしい。


「うーん、美味しい!」


 俺は間違いなく父親似。

 こればかりは自信がある。

というか、そうあって欲しい。


「お母さん、少しは見え方ってものをさぁ……」


「なーにつまんないこと言ってんの!

 今日はとことん楽しむ日よ!」


 まぁ、これが俺のお母さんと言えばそれまでなんだけど。

というわけで、俺は俺で楽しませてもらおう。


「あゆ、俺も食べていい?」


「もっちろん!」


 持参した手拭きで手を拭き、俺は可愛らしいパンダに手を伸ばす。


「これ、何が入ってるの?」


「お・た・の・し・み、だよ」


へぇ。

 流石におにぎりの時点でハズレはないと思うが、この嫌な予感はなんだろう……。


「いただきます」


「どうぞ!」


 とりあえず、小さく1口食べてみる。

 しかし、小さすぎたせいで中の具が見えない。


チッ、足りなかったか。


「ちょっと柚、なんか疑ってる?」


「いや、そんなことないけど」


「いーや嘘だね」


 あーバレたか。

流石に警戒し過ぎたな。

 まぁでも、バレてしまった以上は普通に食べるしかない。


「あーむ」


 俺は口を大きく開け、おにぎりを頬張った。


「ん? んぐっ……!?」


 すると、何やら甘い味が口いっぱいに広がる。


「ぷっ、ぷぷぷ」


 変な顔をする俺を見て、あゆは笑う。

それはもう幸せそうに。


「あえああ(はめたな)?」


「あー笑った笑った。それ、hokkyだよ!」


 ほんと、笑えないくらい美味しくない。

 でも、笑うあゆが見れたし、損ではないな。


「えーと、美味しくはなかった」


(って、真面目か!)


「ちょっとふざけちゃった、てへっ」


「てへっ、じゃねぇし」


 優しく頭を叩くと、あゆは笑いながら痛がるフリをした。

すると、


「あーれー、私たちお邪魔でしたー?」


「移動した方がいいかしらー?」


厄介コンビ再び登場。

 俺とあゆは咄嗟に距離を取り、それぞれ母を睨んだ。


「「お気になさらず!」」


 ほんと、この母親共は……。


「はいはい、ごめんね。それよりあゆちゃん、お弁当まだあったでしょ? 全部広げてくれる?」


「あっ、はーい」


切り替え早いなこんちくしょう。


 それから俺とあゆは、普通に花見を楽しんだ。

 時折吹く涼しい風、ヒラヒラと舞い落ちる花びら。ああ、なんて幸せな1日なんだろう。

そんな幸せに浸っていたら、時間は刻一刻と過ぎていった。


「ね、ねぇ、柚……?」


「ん?」


 突然名前を呼ばれ振り返ると、そこには虚ろな目で俺を見るあゆの姿があった。


「分かる。俺もめっちゃ眠いもん……ふわぁ」


 俺はあぐらをかくのを止め、バッグから畳まれたタオルを取り出す。


「寝るならどうぞ」


 これは俺お手製の簡易枕。

まぁ、枕替わりにはなるかなって感じ?


「うん……あり、が……とう……」


 きっと、朝早く起きてお弁当を作ってくれたんだろう。


「お疲れ様」


ありがとう。


 移動を始めたあゆの脚は、今にも倒れそうな身体をしっかり支え、ゆっくりゆっくりと枕へ向かう……勝手にそう思っていた。


「なっ……!?」


「ここがいい」


 しかし、あゆが来たのは真横で、なぜか俺の肩に頭を乗せてきた。


「おい、動けないじゃん」


「……むにゃむにゃ……」


「って、寝てるし」


これは予想外。

 ただ俺も、日陰で木という背もたれがある特等席にいるわけで。

譲りたくないし、動くわけにはいかない。


 普通に、寝るならここだ。


「ちょっとだけだからな……ふわぁ。

 じゃあ、ちょっとの間……おや……す……み……」


 そして俺も、あまりの気持ちよさに、深い眠りへと落ちてしまった。


それから10分が経った頃、


「あらあら、ほんっと仲良しねぇ」


「えぇ、本当に」


 買い出しに行っていた母親たちが戻ってきた。


「ねぇ、いつからこうなの!?」


「いつからいつから!?」


 厄介コンビは父さんに聞く。


「買い出しに出ていったすぐ後くらいからかな。ずっとこうだよ」


「へぇ、とりあえず写真撮っとこ」


「あっ、私も私も」


 2人は、眠る俺とあゆの写真を撮った。


「うふふ。この写真、起きた柚に見せたらなんて言うでしょうね」


「あっ、それいいかも! 私もあゆちゃんに見せちゃおっと」


 なぜこの時気づけなかったのだろう。

 無防備に眠ったら、好き勝手されることは明白だったのに。


 あれからどれくらい経っただろうか。

 激しく肩を揺すられ、俺は目を覚ました。


「んっ、あれ……? 寝ちゃってたのか」


 ふと横に目を向けると、そこには顔を赤らめるあゆがいた。


「ん? どうかした?」


ふわぁ……。


眠たい目を擦る俺の目の前を、桜の花びらが通過する。


「あ、あれ……」


ん?


「あれ?」


 顔を覆うあゆが指差す先を見ると、1台のスマホが視界に入った。


「おはよう、柚くん」


 ニコッと笑うお母さんのそれには、互いに寄りかかり眠る、俺とあゆの姿が映っている。


うーわ、やっべ。


「ね、ねぇ母さん」


「ん? なぁに?」


「それ、今すぐ消してくれるよね?」


「うふふ、絶対消さないわよ」


「「ははははは」」


 直後、スマホ片手に逃げるお母さんを俺は全力で追いかけた。

これも全ては春のせい。

そう、こんないい季節だからだめなんだ。



俺は春が嫌いだ。

人を容易に油断させる、そんな春が嫌いだ。

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