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俺はこの幼なじみが嫌いだ  作者: 湯上湯冷
1年生編
6/97

お弁当

「──んっ」


「あっ、起きた。柚、大丈夫?」


 保健室のベットで目を覚ました俺の視界には今、天使が映っている。


「あれ? 俺って死んだ……?」


「もう、冗談とかいいから」


「でも……」


「じゃあ聞くけど、どうして喋れてるの?」


「あっ、確かに。矛盾してたわ」


一瞬独特な世界観に浸ろうかとも思ったが、今はやめておこう。実際、身体が少し重い。


「ふぅ」


「えっ、もう起きて大丈夫なの?」


 ゆっくり身体を起こすと、ふわっといい香りが目の前を通過する。

この匂い、知ってる。


「……シトラス……」


「えっ、そう! なんで分かったの!?」


ほーら知ってた。

すぐ横に椅子を持ってきたあゆは、興味津々といった様子で俺の顔を覗き込む。

すると再び、シトラスの香りが鼻を抜けた。


「まぁ、お腹すいてるからかな」


……あれ、何言ってんだ俺。


「へ、へぇ」


(うん、全然わかんない)


ほら引かれた。


 あゆの冷たい視線が俺を襲う。

 でも、本当の理由は言えない。


 だって、俺と同じ柑橘類だから分かったとか、ちょっと恥ずいし。


それになぜ、この時の俺は気づかなかったんだろう。ただ単純に『偶然知ってる香りだったってだけ』と言えばよかったことに。


「ところで、授業はいいの?」


「ん?」


 これは感覚でしかないが、俺は30分以上寝ていた気がする。つまり、この場にあゆがいるのはまずいんじゃなかろうか。


 あゆは俺と違って、優秀な生徒なのに。


「ふっふっふ。二限は確か、数学だったよね?」


おっと。この言い方、何やら自信があるようだ。


「うん」


「まさか忘れてないよね? 私は室長だよ?」


「えっ、それがなに?」


いや、まさか……な。


 この時、俺は何となく察していた。

 あゆならきっと、


「だから大丈夫ぶい! しかももうすでに、今日の範囲は予習済みです!」


 こう言うだろうって。


 ただ、いくらバカっぽい答えでも、こればかりは文句が言えない。


「ほぅ、完璧超人ってか」


「その通りなのだよ」


 俺はその域に達したことがない凡人。

でもまぁ、『出席率には響くよね』って、ツッコみくらいは出来たかも。


 なんて言ってたら、俺のお腹がなった。


「あっ」


「あっ、予想通り! わっはっはー!

 私は腹ぺこくんのために、お弁当を持ってきたのだよ!」


椅子の下から取り出したそれは、見覚えのあるお弁当箱だった。


「どうも」


「・・・えっ、反応薄っ!?」


 それもそのはず、この時の俺は、喜びより恐怖の方が勝っていた。

 だって、普通に怖くない?

流石に人のこと理解しすぎでしょ。


「ほらっ、ちゃんと持ってきたのだよ!」


 あゆの膝上に広げられたお弁当。

 中でも、光り輝く黄金の玉子焼きが俺の目を釘付けにした。


ふーむ、美味そう。


「では早速、いただきます」


 俺は玉子焼き目掛け手を伸ばす。

 しかし、なぜか辿り着けない。


「チッチッチ。ただであげるとは言ってないのだよ」


 そう。俺とお弁当の間には、あゆの手のひらという壁がある。


「えっ?」


 何かに影響されたであろう気になる話し方はさておき、今のはどういう意味だ?

だってそれ、俺のために持ってきたんじゃ──


「は、はい、あーん……」


 ・・・へっ?

一瞬、思考が停止した。


「あれ、食べないの……?」


 いえ、食べれないんです。

 主にあなたのせいで。


「な、なら、私が食べちゃおっかなー」


(なーんて)


 あっ、食べられる。

そう思った時、箸に挟まれた玉子焼きが俺に話しかけてきた。


「はぁ、俺は幸せ者だぜ。こんなべっぴんさんに食べてもらえるなんてよぉ」


えっ、喋った……?

 突然のあーんに動揺しすぎたせいか、俺は幻覚を見ている。


「お前さんも早くこっち側に来いよ。

 あーんくらい、別に誰でもやるぜ」


「へぇ、そうなんだ」


でもこいつ、ちょっと話しやすいかも。


「ああ、もちろんさ。あーんなんて、友達同士なら常識だぜ」


「なるほどな」


 そんなわけで、俺は覚悟を決めた。


「いただきます」


パクッと1口。


(……えっ、近っ!?)


 勢いよくかぶりついた俺は、じっくり玉子焼きを味わう。


「おー、美味しい」


 不思議とそれは、いつも以上に美味しく感じた。学生弁当らしい冷たさも、黄身と白身の割合がちょうどいいこいつの前では、全くもって気にならない。


 ただ強いて言うなら、あゆの様子がおかしい……。


「……ほ、ほんとにしちゃったよ……私のバカバカ」


 顔を背けているが、見えている耳は真っ赤っか。


なるほど。顔を隠して耳隠さず。

 どうやらあゆは、完全にバグってしまったらしい。


不・正・解!!!


「おーい、大丈夫かー」


「う、うん……!? 大丈夫、無問題」


 なぜに広東語?

直後、弁当を枕上に置くあゆ。


「えへへ」


 とりあえず、大丈夫じゃないことだけは理解した。


正・解!!!


「あっ、もう終わり?」


「えっ、いや、ちょっと待って!?」


「えぇ、まだお腹すいてるのに」


「わ、分かったよ! はい、あーん……」


 先程よりあゆ側に寄っている玉子焼きに、俺は迷わずかぶりつく。

距離は味に関係ないからね。


「うまうま」


 しかし、当然無理をすればその反動がやってくる。人間の体は、宙に浮いたりしない。


「あっ、重力忘れてた」


 結果、俺は勢いそのまま、あゆの腿に着地した。


「ええっ……!?」


 なぜだろう。

 この吸い込まれるような感覚、ベッドよりも安心して眠れそうな気がする。


「……おやすみ」


「──む、無理無理無理無理無理無理無理!!!」


 気づくと俺は、ベッドに弾き返されていた。


あれ? 無問題じゃなかった?


「よっと」


 その際、空高く飛び上がったお弁当は俺が華麗にキャッチしておいた。


 ほんと、こういう時は動けるんだけどね。

運動神経は悪くない。といっても、運動神経がいいの指標が分からないから、いいとまでは言いきれないけど。


 それにしても落ち着きがないな。


「わわわ私、教室戻るね……!

 ゆゆゆ柚、ななななんか、げげげげ元気そうだし……!」


あっ、授業に出たくなったのか。

そうならそうと、早く言ってくれればよかったのに。


「分かった。あっ、お弁当は?」


「あああ後で返してくれればいいから!

 ま、またね!!!!」


 そう言うと、あゆは凄まじい勢いで部屋を出ていった。その際、勢いがよすぎて僅かに空いた隙間を、俺はしばらく眺めていた。


「台風みたいだったな。あっ、もちろん、目が無いタイプの」


 そんなことを呟きながら、俺は玉子焼きを口に運ぶ。


「ほんと、最高に美味しい」


 俺はこの幼なじみが嫌いだ。

 どこを取っても完璧な、そんな幼なじみが嫌いだ。



その後、教室では……。


「じゃあこの問題を天乃川」


ぼーーーーーーーーっ。


「──は、無理そうなので、誰か代わりに頼む」


「「「やります!!!」」」


こんなことが起きていた。

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