両親
必死に喋っているあゆから、視線をテーブルに移す。あー、美味そう……。
空腹のせいか、そこから先の声は頭に入ってこなかった。
「……カレー……」
無意識に出たカレーの一言。
それからすぐ、きょとん顔のあゆと目が合い、俺はすかさず口を塞ぐ。
「ぷっ、ぷぷっ」
そんな俺を見て、あゆもまた口を塞ぐ。
もちろん、俺とは別の理由で。
「あーゆー?」
一応、ゴゴゴゴゴゴォくらいの圧はかけておいた。そうでもしないと、恥ずかしさを隠せそうになかったから。
「うんうん、分かるわよ柚くん。
このカレー……すっごく美味しそうだもんねっ!」
だが、悪いなあゆよ。
君のお母さんは少し、俺に似ているところがある。だからこういう時は決まって、無意識のカバーで俺を守ってくれるのだ。
ん? カバーで守る?
あれ、日本語むずっ。いや、むずいのは英語か。
「確かに、あゆが料理するなんて珍しいもんなー」
そして君のお父さんは、思ったことを何でも言っちゃうところがあるよね……あはは。
「パパ!? で、でもでも、今回のは自信ありだよ!」
確かに。
これは自信があるとか無いとか、そんなレベルの話では無い。
なぜなら、今俺の目の前にあるテーブルには、鮭の入ったシチューにポテトサラダ、肉じゃがにハンバーグといった、俺の大好物がそれはそれは美味しそうに並べられているのだから。
「初めて、だけどね……」
「本当に初めて?」
「うん! でもね……」
とここで、何やら恥ずかしそうにしながら、あゆが言葉を詰まらせた。
「えっ、どうしたの?」
俺が声をかけると、あゆは顔を真っ赤にして言う。
「柚のためにって思ったら、不思議と頑張れちゃったの……」
直後、ニヤリと笑うあゆの両親を見て、俺は悟った。今のは聞くべきじゃ無かったと。
ただ、当然と言えば当然だが、嬉しさもある……って、今はそれどころじゃないか。
「そうなの? ありがとう」
・・・くっ。
何とかギリギリのところでポーカーフェイスに留まった俺。
「えへへ」
これにより、話は逸れる。
もしくは終わる。
──そのはずだった。
「おふたりさん。ラブラブなのはいいけど、せっかくの料理が冷めちゃうわよ」
「「なっ……!?」」
やられた。
「ちょっとママ!? 全然そんなんじゃないから!」
「そうですよ……! 俺とあゆはそういう関係じゃないです……!」
くそっ。
焦った様子を見せた時点で俺の完敗だ。
「へぇ。でも、冷めちゃうのはほんとだろ?」
「むぅ、確かに」
あゆの両親恐ろしや……。
と、その時、俺のお腹がぐぅと唸った。
「あっ」
流石に我慢できなかったか。
「あら」
「おっと」
「……ぷっ、あはははは! 食べよっか」
あゆは笑顔を見せながら、俺の座る椅子をそっと引いた。
「うん」
それから、俺とあゆは両親に向かい合う形で座り、いただきますの挨拶を終えた。
早速、スプーンを手に取りシチューを1口。
「美味しい」
続けて、箸に持ち替えハンバーグを1口。
「美味しい……!」
続けて続けて、ポテトサラダと肉じゃがを1口。
「美味しい!」
ちなみに、本当に美味しすぎてほっぺたが落ちるかと思った。たった今知ったのだが、あの表現は嘘じゃなかったらしい。
「えへへ」
素直に感想を口にすると、あゆは嬉しそうに笑った。そしてそんなあゆは、いつも以上に可愛く見える。
これはもう、立派な兵器だ。
「あ、あのさぁ……」
ただ、どうしてもあゆに言わなければならないことがある。
「ん? なに?」
「あゆは食べないの?」
両手を膝の上に置き、じーっと俺を見つめるあゆ。
「・・・えっ、あっ、うん!? そ、そうだね……! いただきまーす! うーん、美味しい!」
これでは食べづらいどころか、緊張で手が震えてしまう。しかも、俺が1番恐れている事態になるかもしれない。
「ところで、学校の宿題についてなんだけどさ──」
だから俺は、急いで話を逸らした。
しかし、時すでに遅し。
一足先に茶碗を空にしたあゆのお母さんが、ニマニマを抑えず嬉しそうに言う。
「ねぇねぇ、2人は付き合ってどのくらいなの?」
しばしの沈黙の後、俺とあゆは同じ声量で答えを返す。
「「いやいやいやいやいやいやいやいや」」
しまった。また先手を取られた。
とにかく思いっきり首を横に振る。それくらいしか、今の俺たちにできることはない。
「あら、てっきり付き合ってるのかと思ってたわ。ねぇ、あなた」
「そうだねぇ。僕としても、柚くんなら大歓迎なんだけど」
ん、んんんんん……!?
「ちょっ、ちょっと……!?」
本格的にいたたまれなくなった俺は、自分用に準備された分を急いで平らげ、食器を水に漬け込んだ。
「ん、んん……」
あゆはあゆで、チラチラ視線を送ってきては、俺と同じかそれ以上に気まずそうにしている。
よし、帰ろう。
「す、すみませんっ。
明日出す課題が残っているので、俺はこここの辺りで失礼します。
きょ、今日は本当にご馳走様でした」
それだけ言い残し、俺は走って家に帰った。
でもあれだ。お母さんには悪いけど、最近食べたどの料理よりも美味しかった。
あー、またあのカレー食べたいな。
一方その頃、あゆの家には……。
「あら、帰っちゃったわね」
「そうだねぇ。少し言い過ぎちゃったかな」
「かもねぇ」
小さくため息を吐き反省する、あゆの両親の姿と、
「そ、そうだよ……。
あ、あんなこと柚に言っちゃ……だめだよ……」
((う、うちの娘が可愛すぎる!!!))
超がつくほど照れる、あゆの姿があった。
俺はこの幼なじみが嫌いだ。
食べるだけで幸せになる料理を作れる、そんな幼なじみが嫌いだ。