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俺はこの幼なじみが嫌いだ  作者: 湯上湯冷
1年生編
3/97

思い出

 勢いよくドアを開け、俺は外に出た。

──あっ、ちょっと勢いが過ぎたかも。


「おわっ! びっくりしたぁ……!」


少し距離を取っていたあゆが、目を丸くして後ずさる。


「ご、ごめん。別に驚かせるつもりじゃ……」


「あっ、うん。分かってるから大丈夫だよ」


あー、この優しい笑顔に感謝を。


 焦るのはよくないな。開幕からやらかす所だった。ふぅ、危ない危ない。


「よかった」


 何より、あゆに怪我がなくて。


「えーと、これ。北海道のお土産なんだけど」


「へぇ、ありがと」


紙袋を受けとり、それを玄関に置く。


「帰ったら食べるね」


「うん!」


「じゃあ行こっか」


「うん!」


 それにしてもなんなんだ?

この可愛らしい生き物は。


 カメラ越しに見た時は全く感じなかったが、いざ対面してみると、胸元に小さな英単語が書かれた白のTシャツに、程よくダメージの入った明るめのデニム。


まさにおしゃれな女の子って感じの服装だ。

まぁ、元の素材がいいってのはあるかもだけど。それを差し引いたとしても、適当に置いてあった黒のズボンを履いている俺とは、天と地ほどの差である。


「あっ、そうだ。今日はお世話になります」


「えっ、あっ、うん……! 私も頑張るねっ!」


 きっと、頼りになるとはこういう事を言うのだろう。

ほのかに赤らんだあゆの頬が、陽光を受け1層輝きを増す。


「……よし、頑張るぞ」


 それから俺はあゆに連れられ、ショッピングモールの中にあるウニクロに入った。

 あゆが言うには、ここは学生に優しい値段で、いい品質の服が買えるんだとか。


 なんて素晴らしいお店なんだろう。


 早速中に入った俺は、あゆが着てみてと言った服をひたすらに試着した。

天井が妙に高いせいか、少し落ち着かない。


「これとかどう? 超似合いそうじゃん!」


 俺の服のサイズについては、お母さんのLIMEに書いてあったらしい。

 お母さん、本当に色々とありがとう。


──数秒後──


「えっ、これ着るの……?」


「あーれー? 今日は私が先生じゃ無かったっけー?」


 あゆの持ってくる服は、いちいちおしゃれで着るのが躊躇われた。

が、楽しそうに服を選ぶあゆを見ていたら、体が勝手に服を着ていた。


俺が戸惑っている間も、あゆは目をキラキラさせながら次々と服を持ってきてくれる。

その姿があまりにも楽しそうで──気づけば、俺は試着室の中にいた。


「おお、いいじゃん!」


「そ、そうかな」


「うんうん!」


褒められすぎて普通に照れた。


「ふっふふーん」


 その後も色々と試着してみたが、結局俺は最もシンプルな白のTシャツと黒のストレートパンツという組み合わせを選んだ。


 選んだ理由は、これなら俺でも着れると思ったから。

ただそれだけ。


 というのは嘘だ。


「うんうん、柚似合ってるよ!」


本当は何度も何度も嬉しそうに親指を立てるあゆが、あまりにも可愛かったからである。

まぁでもそれはつまり、自分で決めることの出来ない優柔不断男ってことにもなるわけで。

情けない。


 しかも今日1日、俺はこんなことを考えていた。


今の自分に合わせたサイズを買ったら、すぐに着られなくなるのでは?

 そこで俺は何を思ったか、2つも大きなサイズを購入した。


「よし」


「?」


 あゆは不思議そうな顔をしていたが、特に何も言ってこなかった。

果たして何を考えていたんだろうか。


ただ何にせよ、これだけは間違いない。


「楽しかったね!」


「うん、楽しかった」


 その後、1度家に帰った俺は、買った服を着てあゆの家に向かった。

そして当然、


「ちょっ、ちょっと待って柚くん……!

流石にオーバーサイズだよ……!」


 あゆのお母さんに大笑いされた。


「……」


 そんな思い出が、この服には詰まっている。


「よし、これにしよ」


 俺は白のTシャツと黒のストレートズボンを着て、あゆの家へ向かった。


あっ、もちろん白Tもズボンも当時のものではない。あれはもう、着すぎてヨレヨレになってしまったから。

こいつらは2代目だ。


「つ、疲れた……」


 あゆの家は、俺の家から歩いて5分のところにある。たった5分の道のりだが、今の俺にとっては長い長い5分だった。


「ふぅ」


胃が痛い。

 あゆの家に着いてから数分、悩みに悩んだ末、ついにインターホンを押し込んだ。


「はーい」


 ピンポーンという音の後、聞こえてきたあゆの声。


 声を聞くと緊張感が増す。

 正直、今すぐ逃げ出したい。


「はぁ」


 そんなことを考えていると、ガチャッと玄関のドアが開いた。


「大変長らくお待たせいたしました! ……って、柚じゃん!」


 玄関から出てきたあゆは、熊の刺繍が入ったエプロンを着ていた。


おいおい、そんなに怒るなよ。

気持ちは分かるけどさ。


 俺の目には、ワンポイントの熊があゆの可愛さに嫉妬しているように見えた。

勝ち目のない勝負、これが現実だ。


「えーと、今日はよろしく」


 可愛さでこの世の頂点に立ったあゆに、俺は拙い返事で応戦した。

するとあゆは、


「ねぇっ、柚聞いてよ!」


とびきりの笑顔でスルーを決めた。

というより、聞いてないって感じか。


「な、なに?」


 この話し方から察するに、どうやら今日のあゆは特別テンションが高いらしい。

 ほんと、強烈なパンチとか飛んでこなければいいんだけど。


「今日の夜ご飯ね、私が作ったんだよ!」


「えっ、ほんと? めっちゃ楽しみ」


あっ。

 思わぬ右アッパーに思わず反応してしまった。


「ふっふっふ、流石の柚も楽しみになってしまったようだね」


「……別に?」


 俺はあゆが嫌い。

 だから、無駄に喜ばせるリアクションをしてはいけない。


これは誰かのためじゃない。

自分のためだ。


「あっ、それより先に上がってもらわなきゃだよね……! 早く報告したくて忘れちゃってたよ、えへへ」


 あーもう、可愛いなくそっ!


 すぅーはぁー。

 ここは1度、ゆっくり心を落ち着かせて……。


楽しんじゃいけないわけじゃない。

無駄に喜ばせる行為を極力控えればいいだけだ。簡単簡単。


「お邪魔します」


「はいどうぞ!」


 俺は久しぶりに、あゆの家にあがった。


「あっ、懐かしい」


 家の中は、中学の時から何も変わっていない。いや、それは当然か。

 でも、懐かしい匂いがする。


「柚、こっちだよ!」


「うん」


 あゆに手招かれ、俺はダイニングに入る。


「おー、カレーじゃん。めちゃ美味そう」


 中に入ると、美味しそうなカレーとあゆの両親が俺を待っていた。


「あら、柚くんいらっしゃい」


「柚くん久しぶり。随分大きくなったね」


 あゆの両親は何ら変わりなく、優しい笑顔でお出迎えしてくれた。

あと、相変わらずお若いです。


「お久しぶりです。今日はお世話になります」


「いいのよ。そんなにかしこまらなくて。

 それよりその服、懐かしいわねぇ」


やはり、あゆのお母さんは俺の服に触れてきた。


「うふふふふ」


よっぽど強烈な思い出だったのだろう。

まぁ、今の俺ならその気持ちも分かる。


「なんとなくこれにしようかなって」


しかし今日はいじってこない。

 流石はあゆのお母さんだ。


「ちょっ、ちょっと待って!

その服って私が選んだやつだよね!?

 もちろん私も気づいてたよ? で、でもさ、もし間違ってたらとか思ったら……怖くて言えなかったんだよ!」


 なんだ、やっぱりあゆも気づいてたのか。

そりゃそうか。

何せ、選んでくれた本人だもんな。


「分かってたから! 本当だよ!」


「はいはい」


「ママより先にね!」


「分かったよ」


 俺はこの幼なじみが嫌いだ。

 小さな思い出も忘れない、そんな幼なじみが嫌いだ。

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