第七話 温まる気持ち
ジュリアの一件が終わった後、父さんによる礼儀作法を教える時間ができた。
「いいか、アレク。こうやって頭を下げながら手を斜め下に流す。これが貴族の挨拶だ。覚えておくんだぞ。」
「こうですか?」
俺は見よう見まねでやってみる。
「違う違う!それだとだらーんとした感じになるだろうが。もっとキリッとだな、、」
あーこれはめんどい。
父さんは剣とか魔法については教えてくれないけど、本とか礼儀作法とかはしつこく教えてくるのだ。
まぁ将来的に使う機会があるのかな。
「じゃあ父さんは仕事に行ってくるからいい子にしてるんだぞ。」
「いつまで子供扱いするんですか。もう8歳ですよ。」
「ははっ、まだ、8歳なんだよ。」
俺の頭を乱暴に撫でる。
そうか。俺はこの8年ろくに周りとは喋らず母さんやレイヴン先生、メルとかとたまに話すぐらいだった。
だから時間が経つのが遅く感じられたのだ。
その後、父さんは家を出て行き俺はレイヴン先生のいる客室へと向かった。
「今日の授業もお願いします。」
肉体強化は続けており、言語も大体習得できた。
だけど本を読んでも理解できてないところはある。
そんな時にこうして授業で、教えてもらうのだ。
そして覚えることが少なくなってきて、レイヴン先生と俺との別れは近いらしい。
そう考えると少し悲しくなってきた。
「種族には、鬼神族、獣族、悪魔族、龍族、エルフ族、そして人族の中にも魔法が得意なカルタナ族、剣使いのミリナ族、ものづくりが得意なドワーフが存在する。我々の場合は普通の人族だな。」
「お、多いですね。覚えられるかな。」
まさかこんなにあるとは思わなかった。
それを今から教えられると思うと頭がパンクしそうだ。
「まぁ、そのうち旅にでも出ればすぐ覚えられるさ。」
「ちなみに、レイヴン先生の知り合いに獣族はいるんですか?」
やはりこれは聞きたい。獣族なんて男からしたら、お近づきになりたいに決まってるじゃないか。
「あぁ、、知ってるよ。集落にも行ったことがある。」
「いいなー。どこにあるんですか?」
「悪いがあまり進められないな。100年前から人族との関係は悪くなってるからね。」
くっ、これは早く旅に出て行ってみたいな、、
覚えることは死ぬほど苦手だが、自分の興味のあることは覚えられる。
俺はそのまま夕飯まで勉強をした。
父さんが帰ってくると久しぶりに家族全員で食事を取った。
「アレク、にしても大きくなったな。椅子に座ってから見るとびっくりしたぞ。」
「やっぱり男は強くないと。」
俺はドヤ顔で言うが華麗にスルーされた。
「それはそうと、どうして剣なんか習いたいんだ?」
ん?待て待て。なぜ父さんが知っているんだ。
あ、ジュリアめ、口を滑らせたな?
とりあえず、冒険嫌いの父さんに冒険の話を匂わせたらおしまいだ。
何か、言い訳を、、
「ええと、剣を扱えるぐらいにはならないとカッコ悪いですし、、」
めちゃくちゃな言い訳だ。
「なるほどな。じゃあしばらく時間があるから一緒に稽古をつけてやろう。」
「やっぱご、ごめ、、、え?稽古をつけてくれるんですか!?」
俺はキョトンとしてしまった。
「ん?俺はアレクに冒険に出てほしくないだけであって何かに打ち込むことは悪いことではないと思っているぞ。」
なんだ、焦って損した気分だ。
「では、明日からお願いします。」
「よし、任せろ!」
その日の夜、俺と母さんと父さんで話をしていた。
「昔、母さんと父さんって冒険してる時に出会ったんですか!?」
「まぁな。それより、アレクをこれまでほっておいて悪かったな。色々仕事が立て込んでしまって。」
父さんってこんなにヘコヘコする人なんだ。
俺はこれまで父さんは仕事ばかりで少し話したりするだけだった。
生まれてまもない頃から、こんな風にゆっくり話せなかったのだ。
「母さんはどこに引かれたんですか?」
「それは、、強くて優しくてすごく頼りになるとこかな。だから冒険を辞めるって言った時かなりショックだった。」
「どうしてやめたの?」
父さんはしばらく考えた。
「そうだな。いつまでもピリピリした感じを出すのも悪いし、全て話してあげよう。」
俺は父さんの膝の上に座る。
母さんは父さんのすぐ横に座った。
そして、過去のことを全て話してくれた。
「元々俺もアレクと同じように冒険者を目指してたんだ。そして道中たくさんの人に出会い、母さんとも出会えた。
だが俺の親父、お前のおじいちゃんに当たる人は俺をおいてよく冒険に出かけてたんだよ。
そして、冒険の先であっけなく死んだ。そこで初めて気づいたんだ。冒険は楽しんでやることはできないということ。母さんとも結婚したし、区切りをつけようとした。
そしてお前には俺の親父と同じ道はたどってほしくないんだよ。」
父さんはそう言いながら俺の頭を撫でる。
まるで物語を聞いているようだ。
ふと小さい頃に読み聞かせてもらっていた本を思い出す。
母さんは俺を抱きしめてくれる。
こんな時間がずっと続けばいいのに。俺は初めてそう思った。
前世は全てがつまらなく思えた。
親父は何を考えているのかわからない。
母さんは文句ばかりを口にする。
親といても何にも気持ちが落ち着くことなんてなかった。
でも、親の思い出話を聞いて、母さんに抱きしめられて、そんな当たり前のことでも、俺の心は温まったように思えた。