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その後




「――まだ落ち込んでいるのですか?」


 部屋の一角で背を丸めて座っている姿を見て、何度目か分からないセリフを口にした。

 背を丸めているのは、サディアス様だ。

 小柄というわけでもないのに背を丸めて縮こまり、ぶつぶつと呟く姿ははっきりと言って怪しい。

 耳を澄ませば、もう聞き飽きたことを呟いていた。


「君の一度目の人生で、一緒に住んでいながら見殺しにしていたなんて……」


 サディアス様がこうも落ち込んでいる原因は、私が一度目の人生で風邪をこじらせてひっそりと命を終えたあと、なぜか人生が巻き戻っていたことを説明したからだ。

 不可思議な現象に強い魔術師であるサディアス様は、私の話を否定することはなく、きちんと聞いてくれた。

 そして聞き終えるなり、妻を見殺しにしたと落ち込んだ。

 こちらとしてはそういうつもりで話したわけではないので、こうも落ち込まれても困る。

 かれこれ五日も落ち込み続けているのだから。

 この五日間、仕事部屋である地下室にも行こうとしないくらいだから、相当気持ちが不安定ということかもしれない。


「けど、二度目の人生はこうして元気なのですから、もう良いじゃないですか」

「君は当事者なのに、なぜそんなに平気でいられるんだっ?」


 当事者がもう良いと言っているのに気にするなど、なんて繊細な方だろう。

 私としてはもう風邪もすっかり治ったので、今が楽しければ別にそれで満足している。


「それにしても、本当にあの花が理由だったことには驚きました」


 話を変えようと、私は窓の外に目を向けた。

 今はもう全て散り終えて咲いていないけれど、少し前まで庭には薄青の花が咲いていた。

 私が一度目の人生を終えたあとに時間が巻き戻ったのは、あの薄青の花――魔草が理由だったらしい。

 サディアス様が調べたところ、気まぐれに人の人生を変えた痕跡があったよう。

 そんないたずら好きな妖精みたいなこと……と思ったけれど、サディアス様いわく魔草も似たようなものだという。

 そして魔術師でもない私が魔草の力を借りられたことは、毎日せっせと水やりをしていたおかげらしい。

 手入れをさぼっていたサディアス様には何の効果も発揮しなかったようで、私はこれからも水やりを頑張ろうと思った。

 そんなことを考えながら、窓から再び室内へ視線を戻すと、サディアス様はまだ背を丸めていた。


「俺にできることなら何でもする。何かあれば言ってくれ」


 話を変えようとしたのにうまく変えきれなかったようで、相変わらず生気のない青白い顔のサディアス様に言われて、私はしばし考えた。

 謝罪が欲しいわけではないけれど、これは絶好の機会かもしれない。

 青白い顔で見つめてくるサディアス様をまっすぐに見た。


「では――デートしましょう!」




***




「――菓子店……?」


 馬車が止まると、サディアス様が小窓から外を覗いて呟いた。


「ここは中でケーキを食べることもできるんですよ。いい香りがしますね」

「……混んでいるぞ」

「何でもしてくれるんですよね?」

「……はい」


 ちょっと脅迫のようにもなったけど、何でもすると言ったのは確かにサディアス様なので、使えるものはうまく使いたい。

 今日は、以前にサディアス様がお土産を買ってきてくれた、あの菓子店へ来ている。

 二度目の人生でも風邪を引いて危うくなったとき、ベンチに並んで座りながら焼き栗を食べこともデートみたいだと思ったけれど、やっぱりお洒落なお店でデートも捨てがたい。

 念願のデートに、私は朝から楽しみにしていた。

 サディアス様が先に馬車を降り、私も続こうとしたとき、手が差し出された。


「手を」


 生活能力はないサディアス様だけど、意外とこういうマナーは身についている。

 今日は外出ということで黒いローブではなく、深緑色のコートを羽織りクラバットも巻いている。

 髪も斜めに分けて軽く流してセットしたので、顔色はまだあまり良くないけれど、はたから見れば貴公子のよう。

 前の人生でもエスコートなんて受けたことのない私は、落ち着かない胸の内を隠しながら自分の手を重ねた。

 お店の中に入れば、甘い香りと、たくさんの女性の姿があり、誰もがサディアス様を見た。

 今日のサディアス様は見た目を整えているので予想していたけれど、本人はいつもの癖で下を向いている。

 そのまま奥の席へと案内され、とりあえず本日のケーキセットを二人分注文してしばらく待っていると、紅茶と一緒に運ばれてきたのはチョコレートケーキで、上には宝石のように光るベリーも乗っていてため息が出そうな美しさだった。

 さっそく食べてみると、チョコレートは濃厚な大人の味で、中にもベリーのソースが入っているらしく、甘みと酸味が混ざり合ってとても美味しかった。

 サディアス様も黙々と食べている。


「美味しいですね」

「ああ」

「たまにはこうして出かけましょうね」

「ああ」


 ケーキに夢中になっているので、ついでに次のデートの約束も提案したら流されるように頷いてくれた。

 と、思っていたとき。


「……君が作ったケーキも美味しい」


 ……息が止まりそうになった。

 話を聞いていないと思っていたのに、ちゃんと聞いていたらしく、さらには私を褒めた。

 両親からも褒めてもらえることなく過ごしてきたので、誉め言葉なんて何だかこそばゆい気分になってしまう。


「……サディアス様」


 声をかけると、チョコレートケーキを堪能していたサディアス様が顔を上げた。


「私は、前の人生のことはもう気にしておりません」

「だが……」

「確かに最期は悲しかったですが、過ぎたことにとらわれるより、今この時間を楽しみたいです」


 私は今の人生が楽しい。

 サディアス様と向き合って、一緒に食事をしたり、こうしてお茶を飲んだりできる、今の人生が。

 巻き戻ったあの日、自分らしく生きていこうと決意して良かった。


「だから、私の前の人生を気にするより、一緒に今を楽しんでください」


 せっかく生き延びている今の人生で、やりたいことはたくさんある。

 デートは序の口だ。

 結婚したのに新婚旅行だって行っていないし、薬を飲ませるための口づけだけで終わっては困る。

 その計画にはサディアス様が一緒でなければならないのだから、過去だけを見ていないで今を見て欲しい。


「分かった」


 サディアス様が頷いたので、私は嬉しくて笑った。

 するとサディアス様は急にそわそわとし始めた。

 せっかく貴公子みたいな外見に変わったのに、挙動不審すぎる。


「サディアス様、今みたいにきちんとした格好をしていたら、きっとすごくモテますよ」

「モテる?」

「周りからの視線がすごいですもの」


 お店に入った瞬間から、ケーキを食べている間もずっと女性の視線を集めている。

 そんな視線に気づかなかったという様子で目を丸くしたサディアス様は、訝し気な表情を浮かべた。


「周りの視線? 君を見ていたから気づかなか……なっ、何でもない!」


 サディアス様は途中で自分の発言に気づいたらしく、慌てて紅茶を飲み始めた。

 私はその様子を眺めながら、ますます頬が緩みそうになってしまう。


「サディアス様」

「……なんだ?」

「食べ終わったら、手をつないで辺りを散策しましょうか」

「……ゴホゴホッ!」


 サディアス様が盛大にむせた音が店内に響いた。

 夫婦仲を深めるにはもう少し時間がかかりそうだけど、この先の人生はきっと長いだろうから、ゆっくり歩んでいこうと、そう思えた――。




ものすごくゆっくりと仲を深めそうな二人です。

読んでいただきありがとうございました。

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