溜息シンデレラ 後編
霧がまだ立ち込めている早朝、呼び鈴が鳴らされた。
通いの召使が来ていない時間のため、トレメインは魔法使いが来たのだろうと思い、ガチャリとドアを開けた。
「おはようございます。・・・うん?貴方様は誰ですか?」
「・・・魔法使いだ」
「?!でも容姿が違いますよね・・・しかも、どこかでお見かけした事があるような・・・」
「あぁ、この国の王だから、どこかで見てるだろうよ」
「!!」
「いつもは魔法で変身してるんだよ」
「何故??」
「俺は王子に狙われてるからな、まぁ正確に伝えると、アイツの裏にいる奴にだが」
「?!」
「知ってのとおり、俺は側室の子供。だが、あのバカ王子より優秀だ。だから、アイツが成人になるまでの間、中継ぎとして王を演るよう父から命じられている。そして、王子のライバル役てして置かれてるってとこだ。あいつはそんな事知らないから、虎視眈々とこの座を狙っているけどな」
そこまで聞くと、トレメインは一気に青ざめた。
膝を折り土下座をし始める。
「・・・これまでの数々の無礼、何卒お許しください」
そんな展開になると思っていなかった魔法使いは、慌てて気にしてないと伝えるが、トレメインは頑なに
立ち上がらず、顔も上げない。
どうしたものかと魔法使いが思っていると、トレメインは意を決したように口を開いた。
「失礼を承知で申し上げます。あの子との結婚やっぱり取りやめてください」
「なぜだ」
「手塩に育てた大事な我が子を、そんな危険なところへ嫁がせられません。別の方と結婚させます」
「なんだと?!」
「全ては、私が責任を負います。打首でも構いません。でもエラのことは、どうかお許しください」
「いやいや、おかしいだろう!一応俺はまだ国王だぞ。そこは、娘は玉の輿ですね~ヒャッホーイではないのか?」
トレメインはとたんに白い目で国王を見た。
「こんな時に、何ふざけたこと仰っているのてすか?時間が無いのですよ。とにかく、危険がある場所には嫁がせられません!・・・エラに付き纏ってる、そこの君、貴方が婿になりなさい!!」
上手く隠れていたつもりの記者は、名前こそ呼ばれてないが、身に覚えがありすぎて、反射的にカモフラージュの木の枝を持ったまま立ち上がる。
「私がいること、わかっていたんですか?」
「・・・あなた、あれで隠れてたつもり?丸見えだったわよ」
「・・・」
「ほら、結婚しに行くわよ。さもなければ憲兵に不法侵入及び付き纏いストーカーとして突き出してあげるわ」
トレメインはニッコリと笑うも、目は完全に笑ってなかった。
そこへタッタッタと軽やかに階段を降りる音が聞こえてきた。
エラだ。
「あっ、魔法使いさんよね?案外イケメンね!ママ準備できたから出発しましょう」
エラがそう言うと、トレメインはすかさず
「相手変えるわよ。そこにいる記者との結婚にしましょう。魔法使いさん、国王だったみたい」
「えぇっ?!そうなんですか・・・それは、確かに面倒な事になりそうですね。じゃぁ、あの人と結婚します」
さながら、バケット買いに来たけど、ないなら同じ主食系の食パンでいいわ的な親娘の会話に、魔法使いは落ち込む。
(俺の想いは全然伝わっていなかったのか・・・)
心にささったトゲを庇いながら、好きな相手を射止めるため、自身と結婚した時のメリットを積み上げていく。
更に、畳み掛けるように、自身が嫌う身分の高さをアピールに使う。
「よく考えてみてくれ、この記者と結婚すれば、王子の事だから、すぐ無理やり離婚させられるぞ。そして、行き着く先は良くて愛人だ。その点俺は、この国の最高権力者。王子は俺に太刀打ちできない。必ず俺が守ってみせる・・・愛してる、結婚してくれ」
この一撃が相当効いた。
勿論響いたのは、魔法使いが意を決して伝えた愛の言葉ではない。
『最高権力者』この一言だった。
王妃になり背負う重責の方が、あの王子の妻にさせられるよりマシだと、甚だ失礼な基準で国王が結婚相手として選ばれたのだった。
正午、ガラスの靴の持ち主を探すお触れが出る頃には、エラと魔法使いは無事入籍を果たしていた。
国王が勝手に結婚するとは、前代未聞の事であったが、王子の悪行が知りわたっていた世間では、エラちゃんを守るため、国王が男気をみせたのだと専らの話題であった。
その独占記事を書いたのは、当然現場に居合わせたあの記者。
自身の失恋さえも糧に、その場で取材交渉まで行い世論を操作した彼は、その強かさと大胆ぶりが気に入られ、国王の友達となる。
そして、彼から定期的に配信される国王夫妻の記事もこれまた、平民と貴族の娯楽記事となっていった。
その娯楽源になっている二人は、寝る間を惜しんで国を発展させ、民の暮らしを豊かにした。
贅沢するでもなく、国民のためにあくせく働くその姿に、国民から絶対的支持を受ける。
こんな状況で、流石に前国王も王子に王位を継がせるわけにもいかなかった。
最終的に渋々王子を廃嫡し、前国王認める形で、国王という地位を確固たるものにしたのであった。
約束した通り、国王はその地位を不動のものとし、エラを一生涯守り抜いた。
王城の一角で、今日も平和な会話が聞こえてくる。
「私、自分でマシュマロ焼きたいっていってるでしょ?」
「だめだよ、君の手に万が一火の粉が飛んできたらと思うと怖くて見てられないよ」
「大丈夫なのに・・・」
そう言うエラは、少し嬉しそうな顔をする。
いつもの光景。
こうして、国王とシンデレラはささやかな愛を紡ぎながら、いつまでも幸せに暮らした。