う・たつ
12年毎に1度の大仕事。干支の引き継ぎ。年の瀬の忙しなさに紛らせ僕は一つ溜息を吐いた。
辰に会うのが嫌で嫌で堪らないのだ。
デカい。怖い。鼻息荒い。ちょっと生臭い。髭が中途半端で気に入らない。
そもそも兎の僕がどうやって龍と五分で話せというのか。昨年末の虎からの引き継ぎの時も思ったが『寅・卯・辰』って間に挟まれた僕だけ弱すぎやせんか? 鯨とかゴリラとかそのくらいじゃなきゃここの中継ぎって務まらんと思うのだが。
他の干支を見てもこんな大物に挟まれてるのは僕くらいのものなのだ。『午・未』ペアは仲睦まじそうにやっている。『子・丑』なんかも丑が些か横柄な態度を取っているような気もしないがまぁまぁ何とかやっている。
僕の前後だけ肉食やん。寅・餌・辰ですやん。いや辰が肉食か知らんけどあの牙の本数はきっともうそういう事やん。とまぁ下手な関西訛りが出てしまう程に理不尽を感じる訳だ。
干支の順番を入れ替える事も神様に提案してみたが「う・たつ・みーっていう響きが舌足らずで可愛いんよなぁ。もうここ干支のサビみたいなところあるから……ゴメンね!」なんて却下された。
いやそれはもう「みー」の力だから。「さる・みー」でも「とり・みー」でも良いわけであるからして。
そもそもここをサビと言うなら、サビ以降言っちゃ悪いがクオリティが駄々下がりな所も言わせてくれよ。たつみー以降急に正式名称羅列するだけになってやせんか。「うま・ひつじ・さる・とり」の必死感が正直聞いてられん。それならこの貴重な「うー」を別パートで活かせばええやん。
……いや、もう考えるのはよそう。このままだと『卯』から『阪』になってしまいかねん。虎が2年連続になってまう。
それにもうそろそろ時間だ。
決して出来の良い物ではなかったが、それでも何とかやり遂げた仕事だ。
卯年を締め括らなければならない。
辰は黙々と資料を読み込んでいた。
僕も僕で淡々とこの1年を報告していく。毎度の事だがいつもいつもこの引き継ぎまでが憂鬱なだけで始まってしまえばどうとでもなるものだ。
報告する事は基本的に人間の事。干支という概念を生み出した彼らを少しでも末永く幸せに過ごさせてあげるのが僕らの仕事だった。
随分と好き勝手する彼らにホトホト呆れる事もあるが、好きでなきゃ干支なんて続けてられない。口では色々言うがこんな素敵な仕事をゴリラに譲るつもりなんか更々無かった。
「こんな事が起こるなんてな……」
辰が重々しく口を開く。
あぁそうさ。今年の人類は本当に色々大変だった。ビッグモーターの時はどうなるかと思った。
僕からの引き継ぎを聞いた辰は資料を閉じ、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「よくやったな。お前は前の時も大変だったのにな」
ふと胸が締め付けられる。2011年。あの年もまた本当に苦労した。年を引き継げられるだろうかと心底心配したものだった。
それでも当時両親の胸に抱かれていた卯年の子どもが今、友達と共に無邪気に外を駆け回っているのを見ると何だか無性に胸が熱くなる。
もっと良い年にしてあげたかった。涙を流す人、絶望に沈む人をもっと少なくしてあげたかった。
「辰さん……来年こそよろしくお願いします」
僕の揺れる紅い瞳に辰は牙を覗かせニヤリと笑った。
一陣の風が吹いたかと思うと辰は天高く昇っていく。
土埃の晴れ間、辰は大空から人類に向けて叫んだ。
「来年こそ、中日頑張っていこーなぁー」
実家のコタツでスマホポチポチ執筆シリーズ。
皆様良いお年をお迎え下さい。