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あるべき世界

男を捕縛しに来た見知らぬ特殊部隊。その隊長の口から、恐るべき真実が語られる。

十年前、世界中に蔓延したのは悪性のウイルスではない。人類平和同盟を名乗る秘密結社が開発したある”機械”だったのだ。


世界を支配する上級国民たちに対抗するべく結成されたこの組織には、庶民出身の政治家や科学者、起業家などが属し、世の中を変革すべく暗躍していたが、ある画期的な発明品を量産する事に成功した。


それは脳を遺伝子レベルで進化させるナノマシン。


体内に入ったこのマシンによって改造され始めた脳は、一時的に激しい痛みを感じるものの、その後は妬みや嫉み、独裁欲、憎悪、差別など、いわゆる負の感情を生まなくなる。そして他人を常に尊重し、ひいては全ての人間が平等である社会を目指そうとする。そしてマシンによって活性化された脳は、天才的な能力を発揮する事が出来た。


上級階級の支配者はその情報をいち早く入手し、秘密の軍隊を人類平和同盟の研究所へ派遣したが、その場所を爆撃する寸前に既にナノマシンは放出されてしまっていたのだった。


その後ナノマシンは急激に自己増殖し、世界に蔓延する事となる。


上級国民たちは考えた。このままでは自分たちの支配する世界が崩壊してしまう。そこで愚か者たちのまき散らしたナノマシンを、某国の細菌研究施設から漏れ出たウイルスだと嘘をつき、感染したナノマシンを駆逐する”薬”の開発に邁進したのだった。


そして自分たちが感染する事を少しでも遅らせる為、地下シェルターに避難したのは言うまでもない。


開発は難航を極めたが、ナノマシンの体内での増殖を一時的に遅らせる薬を開発する事には辛うじて成功した。そして変異の過程で発する強烈な脳への負担を「死に繋がる痛み」と喧伝したのだった。


つまり薬を使い、人々が善人に”進化”する事を押し留めていたのである。ただ、ナノマシンの自己増殖の過程で薬に対する耐性が強化された。よって薬の効き目はどんどん弱くなり、短期間しか効果が続かなくなってしまったのが現在の状況である。



「どうです。理解できましたか?」


隊長が慇懃無礼な口調で男に尋ねる。


普通ならとても信じられない話だが、自分の身に起こった事などを考え合わせれば、それは事実であろうと男の進化した脳は判断した。


「あらましは理解できたが、明らかにおかしいじゃないか。


薬を飲まなければ一時的な痛みに耐える必要はあるが、人類は素晴らしい進化を遂げられる。それを何故止めようとするんだ」


男の質問に、隊長は態度を激変させる。


「なぜ? そんな事は決まっているじゃないか! 人類平和同盟の狂信者にとっては、争いも何もなく、皆が平等に手を取り合う世界が”正常”なのかも知れないが、それは奴らの独りよがりによる勝手な妄想だ。


地球では有史以来、我ら上級民がお前ら下級民を支配する事で平穏を保ち発展してきた事を忘れたか。我らエリートがいなければ、世界はそれこそ混とんとした殺し合いの場になりかねない。


それを今更、皆が平等な世界などという”異常”な環境にするわけにはいかないんだよ! 」


「そんな……、狂ってる」


男が絶望の声をあげる。


「まぁ、お前たち下級国民には理解出来ん事だろうさ。平等で平和な世界なんて、漫画の中だけの話だよ。一部の選ばれし者たちが、その他大勢を支配する。それがこの星の”正常”な姿なんだ」


自らの熱弁に疲れたのか、隊長は一息ついた。


「いやいや、ちょっと興奮してしまった。失敬、失敬。で、君の処遇なんだがね……。


さすがに、自ら苦しむ為に薬を飲まない輩はいないんだが、君のように止むを得ず服用できなくて、その結果”覚醒”する者を収容するのが我らの役目なんだ。


それに申し訳ないが、一度覚醒してしまったら、もう元に戻す手段はない。だけど安心してくれたまえ。我々も鬼ではない。罪のない君を殺したりはしないよ」


慇懃口調に戻った隊長が続ける。


「こちらとしては、人民に覚醒してほしくはないけれど、覚醒したらしたで、それは貴重な研究標本となるんだよ。


君も知っての通り、薬の効き目は明らかに落ちてきている。それを改善したり、そもそもナノマシン自体を全く駆逐する手段を研究するのに協力してもらうよ。


大変、名誉ある仕事さ!」


隊長は、これ以上ないと言うほどの慇懃無礼な目で、男をなめるように見回した。


”研究標本”。この言葉から男が今後どういう扱いを受けるかは想像がつくだろう。だが男には不思議と怒りや恐怖の心情は湧いてこなかった。それどころか……。


”なんて可愛そうな人なんだ。小さな考えに凝り固まって、意味のない人生を歩んでいる”


男の進化した心は、そう呟いた。


男は沙羅山にある双樹洞くつから、悪魔の城へと移送される。だが全てを悟った男の胸中は、春風が吹く心地よい草原のように穏やかだった。


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