第66話_平和な時間
堂島春斗に対して、山野井がなにをしたのか。
ずっと不安だった。
簡単に言えば山野井は、金を渡して堂島さんを厄介払いした。
その金額は100万円。
それってどうなんだろう。
普通ではないよな。
「今日の晩ゴハンなんすけど、なんか一緒に作りません?
そういうの楽しそうで憧れてるんです!」
山野井はいつも、次々と「やりたいこと」を提案してくる。
「えっ、作る?俺、何も作れないんだけど」
もともと食に興味がない俺は、料理なんて全く分からなかった。
「やっぱり。上原さんはそうだと思いました!
僕はわりと料理得意なんで任せてください」
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「山野井。料理得意って言わなかった?」
俺の目の前にはお世辞にもうまそうとは思えない
料理が並んでいた。
黒く焦げたハンバーグと、なぜか茶色いレタス。
そして、やけにでかい人参の味噌汁がテーブルに並んでいた。
「料理は見た目じゃないんすよ?」
どうしてレタスが茶色いんだろう?
やや箸を持つ手が震える。
「あっ、そのレタスなんですけどね。
茹でたのが、いけなかったのかも
茶色くなっちゃいました!」
山野井がレタスを指さしながら言う。
「わざわざ茹でた?」
「虫がいたら嫌じゃないですかぁ」
「なるほどなぁ」
茹でレタスは、不思議な歯ごたえがした。
次に俺はハンバーグを食べようと箸で2つに割った。
「うわ」
思わず声が出る。
中は真っ赤で、どうみても生だった。
「あれっ、中まで火が通っていませんでしたね」
「外側はこんなに黒焦げなのに?
ハンバーグは外側の守りが思ったよりも強いんだな」
首を傾げる。
「ハンバーグなんて難易度の高い料理、
僕にはまだ早かったようです」
山野井はしょんぼりする。
「大丈夫だ。外側が焦げないように内部に熱を加えるには、
やはり電子レンジじゃないか?」
「上原さん天才」
電子レンジであたためると、見事、ハンバーグの中は茶色くなった。
山野井が拍手する。
「あと味噌汁は大丈夫な気がする」
俺は、味噌汁を一口のんだ。
「うっ」
「上原さん?」
山野井は不安そうな顔になり、味噌汁を飲んだ。
「うっ......濃いですね」
「塩分たっぷりといった感じ」
「ビタミン豊富みたいに言わないでください」
山野井はまたしょんぼりした。
「大丈夫。お湯で薄めればいいじゃん」
俺は、お湯を沸かし、味噌汁の椀に注いだ。
「あぁ。なんとかなるもんすね
全部失敗かと思いましたけど」
山野井はお湯で薄めた味噌汁を飲んで満足そうにうなずいた。
「あぁ。人参はものすごい固いけどな」
器用で要領がいい山野井にも苦手分野があるようだ。
一緒に料理のあと片付けをした。
といっても、うちには容器があまりなかったので
ほとんど、山野井が買ってきてくれた紙皿などを使った。
コンロの掃除をしながら山野井が言った。
「上原さんの誕生日、もうすぐですね」
「えっ、知ってるの?」
「そりゃ、好きなひとの誕生日は知ってますよ」
どこで得た情報なのだろう。
女子社員情報網か。
「山野井はいつ?」
「僕は夏生まれなんです。8月10日です」
「覚えやすいな」
俺は頭にメモする。
夏はだいぶ先だった。
「上原さんの誕生日にはサプライズがあるかもしれませんよ!」
「そう言ってる時点でサプライズじゃない気もするけど?」
「まあ、楽しみにしていてください」
いや、俺は今日みたいに、普通に過ごせればそれが一番嬉しいんだけどな。
そんなことを本気で願っていた。
夜、山野井は自分のアパートに帰ろうとしていた。
玄関先で山野井の手を握り、自分の方に引っ張っり抱きしめる。
「その......最近のこと。いろいろとごめん。
ピエロのこともあって、ちょっと不安が強かった」
「いいんです。僕のせいなんだし」
キスをして、しばらく抱き合ったままでいた。
こんなに人を好きになったことがなかった。
いろいろな出来事を一緒に乗り越えてきたからだろうか。
それもあるだろうけど、一緒にいてとにかく居心地がいいのだった。
「帰りたくないなぁ」
そう言いながら山野井は俺に手を振った。




