第49話_春斗とのこと(山野井)
「明。前みたいな関係に戻ろう?」
春斗が僕の頬に触れる。
2年近くも経つのに。
僕は春斗の手の感触を憶えていた。
あのころ、僕は春斗に夢中で、春斗のためなら死ねるとさえ思っていた。
「そんな言葉を聞くためにお前を部屋に入れたんじゃない」
「へぇ?じゃなんのため?」
仕事から返ってくると、アパートのオートロックの前に
春斗が座り込んでいたのだ。
僕の帰りを待っていたらしい。
春斗を部屋に入れたのは間違いだったか。
「もう上原さんに余計なことは言わないで欲しい。
彼は、ダメって言ってもあの店に来るかもしれないし。
そうなれば、お前と鉢合わせするし」
「あぁ。上原って。お前の今の恋人か?
あの真面目で可愛い感じのサラリーマン」
春斗は上原さんを思い出してクスっと笑う。
「僕だって今は真面目なサラリーマンなんだよ?
とにかく上原さんを不快にするような言葉を言わないで欲しい」
春斗は、僕の髪に触れた。
僕はその手を振り払う。
春斗は僕の目を覗き込むようにして言う。
「上原さんに山野井さん。
お互い名字で呼びあって。面白いな。純愛ごっこ」
「そんなんじゃない。本気で好きなんだ」
「お前の本気は重いからな。上原ってやつだって、
怖くなってそのうち逃げ出すんじゃないか?」
---------------------------
数年前。
僕は春斗に夢中だった。
だが、春斗は僕に隠れてしょっちゅう浮気した。
浮気してほしくなくて、僕だけのものになってほしくて
春斗に対し、僕は束縛しはじめた。
それも異様なほどの束縛をしてしまった。
毎晩電話をして、帰りが遅ければ納得するまで詰問した。
後をつけることもあった。
春斗はそんな僕に対し
「息苦しい」
と言った。
そして浮気を繰り返し、最後には僕の親友にまで手を出した。
しばらくして春斗はワーキングホリデーだといって外国に飛び立った。
-------------------------------------
「あのときは俺も若かったからな。
浮気を繰り返したのは悪かったよ。
いまは、もう落ち着いたし。そんな事しない」
春斗は、僕に顔を近づける。
飲んできたんだろうか。
アルコールの匂いがした。
「お前だけを大事にするし、束縛にも耐えられると思う」
春斗は平気でウソをつく。
全部ウソだ。
昔は何度もダマされたんだけど。
それに、春斗の言ってることが本当の気持ちだとしても
僕にはもうどうでもいいことだった。
僕には上原さんがいるし、目の前のこいつのことはなんとも思ってない。
そのときスマホが鳴った。
表示を見ると上原さんからだった。
ほら。
彼からの電話だ。
僕は愛されている。
安心して良いんだ。
春斗のときとは違う。
「上原さんか?出ないと心配されるぞ~」
春斗が茶化すように言う。
「ちょっと待ってろ」
僕は万が一、春斗が声を出したりしたら
上原さんに誤解されると思い、部屋から出た。
共用廊下で電話を取る。
「もしもし。上原さん。ちょっと立て込んでて。
後で掛け直します。
えっ、手錠の鍵が無い?
なに一人で遊んでるんですか?
鍵なら袋に入ってませんでした?」
----------------------
春斗は明のデスクを眺める。
一冊のノートを見つけた。
(こいつ、昔から日記を書くのが好きだったよな......)
大学ノートには、思った通り短文だが、日記のようなものが綴られていた。
上原さんの特徴、と書かれた項目が目に入る。
「なんだこりゃ」
春斗は鼻で笑う。
上原さんの特徴
優柔不断
押しに弱い
異常に少食
鈍感
隙だらけ
足つぼに弱い
負けず嫌い
手を握るのが好き
心配しすぎると怒る
野菜はたくさん食べる
掃除が苦手
海外ドラマが好き
芝居をする時がある
ピエロが苦手
「ピエロが苦手......?」
ノートの隣には、ピエロのお面が顔を下向きにして置かれていた。
-------------------------
「何を言っても通じないみたいだね。
僕は上原さんを愛してるし、お前に興味ない。
帰ってくれる?」
春斗に言う。
春斗は
「またあのバーにも行くし、ここにも来る
お前はあの可愛いサラリーマンとはうまくいかないよ。
心に大きな闇を抱えているからな。俺にしか受け止められない」
そんなことを言いながら春斗は帰っていった。
僕はピエロのお面がなくなっているのに気づかなかった。




