第32話_山野井のプライベートをあまり知らない
「ちょっと驚きました?
でも普通のバーと変わりないですよ」
飯田さんはそんなことを言う。
「どういうことです?」
俺は案内されたカウンター席に腰掛けた。
なんとなく、店内の客、数人からの視線を感じる。
あきらかにこちらを見ていた。
(なんなんだ?
もしかして、常連が多い店なのか
新規の客だから、珍しがられてる?)
「飯田さん、いらっしゃい」
カウンターの内側から、店主と思われる男性が
飯田さんに声をかけてきた。
「ずいぶん可愛らしいお友達連れてきましたね」
俺のほうを見て
「こんばんは~」
と挨拶をしてくれた。
(男に可愛いって言われるのは、たまにあるんだけど
バーのマスターにいきなりそんなこと言われるとは)
俺は、「ハハハ」と愛想笑いをした。
「あまりに可愛いから、みんな、あなたのほうを見てるわよ」
「えっ?」
ギョッとした。
どういうことだろう。
しかも店主の女みたいな、言葉遣いは何だ?
「上原さん、こういう店、初めてですか」
俺は首を立てに振った。
ようやく気がついた。
このバーは、出会いを目的にしている......?
「上原さん、自分がモテることに気づいた方がいい。
もっと遊んだほうがいいと思って」
「余計なお世話だと思いますけど」
俺は飯田さんに言った。
「実は山野井さんがここに出入りしているのを見ました」
飯田さんがふとそんなことを言う。
「えっ。山野井が」
山野井がここに。
出会いを求めて?
そういえば、俺は山野井のプライベートをあまり知らない。
こういうところで、遊んだりするのだろうか。
この間電話したとき。
男の声で、
「明!こっちこいよ」
と山野井は呼ばれていた。
もしかして、ここにいたのかな。
そんなふうに思えた。
「山野井さんも、それなりに楽しんでいるんでしょうね」
飯田さんは水割りを飲みながらそう言った。
「山野井が」
俺はショックを受けている自分に気づいた。
「おっと電話だ、ちょっと席外しますね」
飯田さんは自分のスマホを取り出し、席を外す。
なんだ、結局、飯田さんのペースじゃないか。
どうしよう。
いまさら、山野井のことが好きだっていうのも
話題として変じゃないか。
でも言わないと、今日の目的は果たせないし。
それにしても山野井が出会いを求めてここに。
そのことが頭の中をぐるぐると回っていた。
とつぜん、俺の隣に見知らぬ男が座った。
「こんばんは。一杯奢らせてもらえませんか」
ビクッとして、男の方を見る。
40代かと思われる中年男性だった。
「い、いえ。もう帰るところで」
俺は慌てた。
他の客たちもチラチラ見てくるし、落ち着かない。
この店にいる限り交渉はうまく進まないだろう。
店を出たい。
でも飯田さんはどこだ?
そのとき、
「あらぁ、いらっしゃい、明ちゃん」
と店主の声。
山野井が店に入ってきたのであった。




