第17話_フラッシュバック
「う~ん」
二日酔いよりひどい頭痛。
「あっ!上原さん、目がさめました?」
「ここは......」
俺は上半身を起こした。
自分がどこにいるのか全く分からずパニックになる。
「ここは僕のアパートです。
病院には行きたくないって言うから」
山野井の声。
そうだった。
昨夜のことは夢ではない。
現実に起きたことなのだ。
「山野井、ありがとう、今何時」
「8時半です」
「えっ、8時半。会社......」
「今日は休みましょう、ね」
俺は山野井のベッドを独占していた。
「いや。今日中に仕上げなくちゃならない提案資料があるから」
俺は立ち上がった。
「あれっ、この服」
「上原さんワイシャツの前ボタン壊れちゃってたから。
僕のトレーナー着せました」
そうだった。
ワイシャツは引きちぎられたんだった。
着替えさせてもらったのは全く覚えていなかった。
山野井のトレーナーは俺には大きく、
ぶかぶかだった。
「俺、自分の家に戻って、シャツ取ってこないと」
「本気で出社する気ですか?」
山野井が不安そうに聞く。
「警察とか、せめて病院に行きませんか」
「......」
あの男、柏木と呼ばれていた男の顔を思い出すと、
警察に行く気になれなかった。
警察であいつに何をされたのか
詳しく話すなんて、俺にはできそうになかった。
精神が崩壊してしまう。
病院に行ったところで
アザも無ければ、殴られたあともない。
アイツは平手で俺を殴った。
もしかすると、あとを残さない工夫だったのかもしれない。
犯罪の証拠はもう体に残っていないだろう。
とにかく、もう少し考えたかった。
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結局、山野井の持っている中でも
なるべくサイズの小さいワイシャツを借りた。
社外との打ち合わせやプレゼンなどの予定はないから
スラックスもジャケットもしわしわだったけど、
まぁいいだろう。
シャワーを使わせてもらい、気分を取り戻す
歯を磨いたり、顔を洗い、黙々と準備をする。
山野井が声をかけてきた。
「なにも話してくれないんですか」
「えっ」
山野井の声に振り返る。
山野井も結局、出社するようだ。
鏡の前で髪を梳かしているところだった。
「昨日の夜のこと
どうしてああなったのか。話してくれないんですか」
「あぁ......」
知りたがるのは当然だった。
山野井も巻き込まれたのだ。
だが話して良いものか迷っていた。
詳しく話すとなると梨央のことを
話さなければならないだろう。
警察に行くのを躊躇する理由の一つも
それだった。
梨央のことを、山野井に話して良いものかどうか分からない。
男に乱暴されて、動画を撮られたなんて
そんな情報、梨央の許可なしに、
第三者に話して良いのかどうか判断ができない。
まだ頭痛がひどいし、
俺は肉体的にも精神的にも酷いダメージを負っていた。
だから弱りきった心と体で、
そこまでじっくり考えることができない状態だった。
俺は無言になってしまった。
助けに来てくれた山野井に対して不誠実な態度だろう。
だがそのとき、頭が本当に回らなかった。
洗面所で髪を整える。
ふいに後ろから山野井が近寄ってきたことに気づいた。
「上原さん心配なんです。何が起きてるのか
あの柏木って男、普通じゃなかった」
「......」
柏木のあの手の感触を思い出すとゾッとした。
「上原さん」
山野井が急に、後ろから俺をハグした。
俺はビクッと体を震わせ
「さわるな!」
と鋭く叫んだ。
ほとんど怒鳴るような声を出してしまった。
柏木の手の感触を思い出して、
それがフラッシュバックしたのだった。
「上原さん、ごめんなさい」
山野井は悲しそうな顔をして、後ずさった。
「もうしません。だから怒らないでください......」
「ごめん。昨日のこと思い出して」
と俺が言うと
「無理もないです。あんな目にあったら怖いですよね」
と山野井は小さな声で言った。
「山野井、その手は?」
「あぁ、これ?ぶつけただけです」
山野井は、慌てて手を隠す。
「見せて」
山野井に命令すると、
彼はおずおずと、右手を見せた。
「手のひらじゃなくて」
俺は山野井の手を裏返した。
山野井の拳は赤く腫れ上がって切れていた。
「これ、もしかしてあいつを殴った?」
「いえ。情けないことに殴れなかった。
当たらなかったんです。だから、夜中に電柱を殴りました。悔しくて」
「山野井。ヤクザを殴ったら大変なことになる。
怪我でも負わせたらあいつら、なにかを要求してくる」
山野井の腫れ上がった拳に触れる。
「......っ。痛っ」
山野井が顔を歪めた。
「あっ、ごめん」
俺は慌てて、山野井の手を離す。
「山野井。大声出してごめん。
助けに来てくれたのに。それなのに俺はワケも話せなくて。
何があったのかは、きっと話す。
いまは待ってくれる?」
山野井は自分の右手をかばいながら、コクリと頷いた。
俺はこめかみを押さえながら、
なんとか今日一日をやりすごすことに
集中し始めていた。




