絡み酒はねちっこく
「今夜、飲まない?」
とフィローリが持ちかけてきたのは突然の事だった。どこか暗い目をしていた。
様子がおかしい、と思ったのは長年側に居るシャロアンスの勘だ。
「おう、どこで飲む? 城下街にでも出るか?」
カテュリアでは先日、中興の祖と後に呼ばれる王が亡くなり、太后とその息子である新王がカテュリアを支えていくと誓ったばかりである。
城で派手に飲み会をやる訳にはいかない。
「いや、君とじっくり語りたくて。だから僕の部屋でどう? お酒は僕が用意しておくから」
「いいぜ。じゃあ夜にな」
「うん。ありがとう」
歩み去るフィローリの背中を見送ってから、彼が歩いてきたのは太后陛下の部屋の方向からだったと気づく。
(まさかな…)
フィローリがまだ幼い頃、といっても40歳は過ぎていたのだが。
その頃から現在の太后、当時の王妃に恋をしていたのはシャロアンスも知っている。
実る筈もない恋だった。
王妃には愛する王も国もあった。
だからフィローリは王妃を、王を、国を見守る事を選んだ。
そして過ぎた40年。
その年月は小枝のように細く小さな少年を、柱のような長身に育てた。
十代の頃からシャロアンスの方が背が高かったのに、約10年前に追い抜かされてしまった。
今ではシャロアンスとフィローリの背丈は7cmもの差がある。
大抵の人間とは見下ろす形で会話するシャロアンスも、フィローリ相手では見上げる側である。
そんなフィローリが何故、急に飲み会など…?
嫌な予感がした。
そしてシャロアンスの嫌な予感は当たるのである。
夜にフィローリの部屋を訪れると、何故か部屋の中に酒樽がなんと三つもあったのだ。
こめかみをひくつかせてシャロアンスは問う。
「お前……これ全部飲むの?」
「少なかったかな?」
フィローリの見当違いの返答に頭を抱えるシャロアンス。
「いやいやいや、多いよ」
「大丈夫、余ったら僕が全部飲むから」
フィローリは優しそうな外見とは裏腹に、かなりの酒豪である。
酔いもしないのではないかと噂されている。ザルを通り越しているにもほどがある。
シャロアンスはというとそこまでではない。
これは潰されるなあ……とシャロアンスは思った。
「さ、飲もう」
「……ああ」
【一杯目】
「僕、太后陛下に告白してきた」
「マジで!? 結果は!?」
「気付いてあげられなくてごめんなさい、だって」
「辛かったな、泣いていいんだぜ」
「泣かないよ。子供じゃあるまいし」
【五杯目】
「僕、そんなに魅力ない?」
「いや? そんな事ねぇと思うけど」
「どこが魅力的?」
「え、俺に聞く!?」
【十杯目】
「桜の…花の終わった頃みてーな新緑の瞳が綺麗だと思うぜ」
「他には?」
「お日様みたいな金の髪だってかなり伸ばしてるのに傷みもないし」
「気を使ってるもの」
【十五杯目】
「うー、トイレトイレ…ひっく」
「早く帰ってこないと一気飲みさせるよ」
【二十杯目】
「おまえ、酔わない…の?」
「こんなのジュースだよ」
「酔わないなら…なんで飲むんだよ」
「飲みたい気分だったんだよ」
「そりゃ…そうか」
【二十五杯目】
「あはははははははは」
「シャロ、何が面白いの?」
「だってお前、全然酔わないんだもん、あははははははは」
「僕が酔わないのとその大笑いが何の関係があるの?」
【三十杯目】
「ふぃろーりー、のんでるかー?」
「見ればわかるでしょう?」
「おれ、もうのめない…」
「まだいけるでしょう」
・
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・
・
・
三十六杯目にしてシャロアンスは完全に酔い潰れた。
テーブルに突っ伏して寝ている彼に、フィローリが声をかける。
「シャロ、シャロ。机で寝ると固いよ。身体痛くなるよ」
完全に潰れているシャロアンスに言葉が伝わる筈もなく。
仕方なくフィローリは立ち上がり、シャロアンスの脇の下に手を入れると持ち上げ、引きずりながらベッドへと連れて行く。
乱暴にベッドにシャロアンスを寝かせると、その顔をつぶさに観察した。
赤い頬。それを上回る赤い唇。
厚い唇をしている為、元々女顔だったが、まるで紅を掃いた娘のような顔立ちで眠るシャロアンスを見ていたフィローリは、ある悪趣味な事を考える。
ぎし、とベッドのスプリングが揺れた。
まずシャロアンスの眼鏡を外す。
そっと彼の髪を一つに結うリボンを解いてみた。後頭部をそっと持ち上げ髪を広げてみた。長い髪の所為で、女性のように見える。
「君が女の子だったらいいのにね」
そしたら憂さ晴らしに無惨なまでに純潔の花を散らしてやるのに。
友達にはもう戻れないかもしれないが、身体を重ねたのならある程度の関係を構築出来るだろう。
それで良かった。
「なのに君は何故、男なの?」
シャロアンスは応えない。
眠りの奴隷と化している。
「この際、男でもいいかなあ」
フィローリは据わった目つきでシャロアンスの着衣を乱していく。
喉の下まできちんと止めたボタンを外し、胸をあらわにした。
膨らみも何もない。
それどころか少々筋肉質だ。
「やっぱりこれはないか。あの方とは違いすぎる」
気分が萎え、そっとシャロアンスのシャツの合わせ目を乱雑に閉じると、フィローリは彼の横に寝転がる。
身長の高いフィローリのため、特別に王族が使う大きさのベッドを用意されていたのが役に立った。
「シャロ、僕達、友達でいるしかないみたい」
フィローリはポツンと呟くと、上掛けをシャロアンスと自分に掛けながら眠りについた。
「わああああああ!」
翌朝。
シャロアンスの派手な悲鳴でフィローリは目を覚ました。
「ん……何?」
フィローリの視線の先には酒精ではなく羞恥で顔を真っ赤にしたシャロアンス。
左手で開いたシャツの合わせ目を握っている。
「さ、昨夜、何かあった?」
何かした? とは流石のシャロアンスも言えなかった。
「君が寝苦しそうだったから外したんだ」
しれっと嘘を吐くフィローリを信じたのか、シャロアンスは「そっ、そうなのか」と冷静さを取り繕おうとする。
シャツのボタンを止める彼は耳まで赤いのに。説得力の欠けらもない。
あーあ、君が女の子だったら風情も出たのに。
「さ、迎え酒といこうか」
「1人で飲んでろ、この馬鹿」
シャロアンスは眼鏡をひっつかむと舌打ち一つ残して部屋を去った。相変わらず赤い頬と耳で。
この反応は……あれ? もしかして?
そして自分がシャロアンスの事を「かわいい」とも思ってしまった。
だが、その言葉は吐き出される事なく、いつまでもフィローリの口の中に残った。
シャロ。僕達、友達でいるしかないみたいだね。
だって、恋は告げると終わってしまうもの。
僕達の関係は終わらせない。それが恋だったとしたら尚更。
ねぇ、ずっとずっと傍に居て。
お願いだから。そのままで。
END