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夏目警部と小野副署長の有給

 新宿。歌舞伎町。ラブホテルの窓口をコンコンと叩く。

 現場一筋の私服刑事親父の格好が似合っていて、警察署の副署長とはとても見えない。

 出てきた顔に警察手帳を見せると顔色が変わった。


「何ですか刑事さん。

 うちはまっとうな商売をしているはずですが?」


「それは分かっているさ。

 こういう男を探しているんだけどね。

 夜の22時、前の通りの監視カメラが捉えたこいつだ」


 隣にいた見るからにエリートみたいな若手刑事が服の内ポケットからゆっくりと写真を見せる。

 あと二年もすれば、隣の私服刑事親父と同じ階級に上るだろうなんて窓口の男に分る訳もなく。

 写真を見た窓口の男は首を横に振った。


「知らないねぇ。

 何しろこんな商売だ。

 顔なんて覚えていないし、覚えていたら困る連中もいるのに」


「それは分かっているさ。

 で、あるんだろう?監視カメラ?」


「そりゃあ、物騒な世の中ですからあるっちゃありますけどね。

 それを見せるならば、令状を持ってきてくださいよ」


「ああ。それが分っているなら、公安から後日令状を用意させるさ。

 その意味わかっているよな?」


 公安案件。

 テロとの戦争を機に活動が活発化していたこの部署は後ろ暗い商売ならば震えあがるキーワードだった。

 それが何を意味するのか令状云々を持ち出した男が理解していない訳がない。

 男は業務と義務の妥協点を探して、白々しい声で芝居をする。


「あ。そうだ。

 業務日報を書かないといけないんだ。

 その為に監視カメラをチェックしないとなー」


 二人の刑事が見ている前で、刑事が指摘した時間の監視カメラの画像が流れる。

 無人フロントにその男が一人で入っている所がばっちりと映っていた。


「支払いは?」


「ケーカで支払っているよ。

 あとはそっちで追えるでしょう?」


 身分証も兼ねているケーカはこういう時に捜査の役に立つが、同時に悪用したい人間は対策を用意していた。

 カードに紐づけされた通帳の売買だけでなく、カード紛失に伴う再発行時の身分改ざん、複数枚数所持など。導入前から問題視はされていたが、住居氏名不詳の旧北日本市民を法の網にかけて保護する事を最優先にする必要があったため後回しにされた。その結果、購買履歴は追えるが、それが正しいかどうかを考える必要があった。

 そして、この手のホテルは顔を合わせないような作りになっている。

 隠れて過ごすには打って付けだった。


「ああ。

 邪魔したね。

 行くぞ」


 二人の刑事が出た後入口に何か白いものがまかれた。

 多分塩だろうと首をすくめて、エリート若手刑事こと夏目警部がぼやく。


「何が悲しくて、有給使って越境捜査をする羽目になっているのやら」

「口動かす前に足動かせ。

 一旦、新宿署に顔を出して合わせておくぞ」


 新宿歌舞伎町は新宿警察署の管轄である。

 そこを麹町署の警官が捜査をするなんて事がばれたら火種になるのは見えている訳で。

 公安案件という印籠を片手に顔を出して、情報を渡して、仁義を切る必要があった。

 もちろん、いくら仁義を切ったところで新宿署の連中がいい顔をする訳がない。

 とは言え、この手の越境捜査は階級が高い人間がすればするほど相手側は文句を言えなくなるものなので、有給という名目でこの二人がやっている訳だ。


「しかし、賞金稼ぎや探偵連中に任せればいいじゃないですか?

 桂華グループならテロ対象の可能性というだけで億の賞金を出しますから、探偵と賞金稼ぎが派手に動いてくれるでしょう?」


 現在、急成長しているのが探偵及び賞金稼ぎであり、彼らは事件発生が無ければ動けない警察と違い、富裕層の先制攻撃の駒として、ストーカー等の対処しにくい犯罪を中心にビジネスを展開していた。

 その大得意先が桂華グループであり、桂華グループはパパラッチやテロリスト、更にそれに繋がる情報に対して総額百億円もの賞金を懸けていた。

 なお、その金額について某次期桂華金融ホールディングスCEOはウォール街にて、


「まだ戦闘機一機分も使ってないじゃないですか」


とのたまっていたり。

 閑話休題。


「まぁ、お嬢様絡みで依頼を掛けるのは悪い選択肢じゃないんだが、この件は表に出せない情報源が始まりでな。

 しばらくは、こうして俺とお前でこそこそ調べざるをえんのだよ」


 きっかけは神奈水樹の報告なのだが、よりにもよって中学生が男とラブホに泊まったという事をばらさないといけない訳で。

 神奈水樹は別に気にしないが、それが桂華院瑠奈のご学友というか側近の名前となると、しっかりとスキャンダルとなってしまう。

 頭を抱えた小野副署長は生活安全課の女性警官に神奈水樹の説教を頼んだ足で、前藤監察官と橘隆二に報告して彼らの支援と黙認を得てこうして超法規的活動に精を出している訳だ。


「あと、こいつ帝都警の生き残りじゃなさそうなんだよ。若すぎる」


 小野副署長は断言する。

 第二次2.26事件後に警察に入った夏目警部はそのあたりが分からないから、聞きに徹するしかない。


「第二次2.26事件からもう三十数年。

 一番の若手隊員ですら中年のはずだ。

 だが、こいつはどうみても20代後半から30代あたりだ。

 帝都警との接点は薄いだろうよ」


 タバコを口に咥えて火をつけようとして思いとどまる。

 歩き煙草が禁止される風潮が広がりつつある昨今、そういう所でクレームでも来ようものなら、超法規的活動ができなくなるからだ。

 火のついていないタバコを咥えたまま小野副署長はつぶやく。


「たぶんこいつは、帝都警の信奉者だ。

 樺太出身という事は向こうの装甲兵出身かもしれん。

 向こうの装甲兵にはこちらの帝都警の残党が多く逃れたらしいからな。

 国をなくしても、信奉者が理念を引き継いで……」


「信奉者ねぇ……理念と共に消えてくれよ。まったく……」


「ほら行くぞ」


「はいはい」


 二人の刑事の勘は当たっていたが、それを証明するにはもう少しの時間を必要とすることになる。

この手の捜査は基本違法なのだが、ドラマでよく見る。


まだ戦闘機一機分

 『パトレイバー』の内海課長。

 点F-15の麻雀ではない。


信奉者

 『Fate』の衛宮切嗣と衛宮士郎の関係と言えば分かりやすい。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 >まだ戦闘機一機分 最近だと似たような言い回しで 『まだコロニー一機分も使ってません』 と、某AE社の人が宣ってくれやがりましたねw
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