歌舞伎町 ホテルの一室の朝
「起きていたの?というかずっと見ているわね。それ?」
「ああ。懐かしくてね」
「シャワー浴びる?」
「いや。いい」
「……やっている時もつけっぱなしだったし、もしかして私下手だった?」
「そんな事はないよ。
ただ、帰っていなかった故郷だったものが見れたら視線はそっちに行くだろう?」
「おにーさん北の人間?」
「まあね。こっちには出稼ぎに来たというやつさ。
ここの地下都市工事の作業員でね」
「あー。体つきいいものね。
スタミナもあったし。私途中で気を失ったし」
「鍛えているからな。
これでも昔は正義の味方だったんだ」
「どうりで歌舞伎町で変なのに絡まれていた私を助けてくれた訳だ」
「そのお礼を体で払う君もこの国じゃ異端のような気がするけどね」
「遠慮なく食べたくせに」
「そりゃ、据え膳食わぬは男の恥ってね」
「まぁ、お礼はしたし、互いに名前も知らない関係だから、深くは問わないけどね」
「こっちも君の事情は聞くつもりもないさ。
互いに一夜の思い出という事で別れようじゃないか」
「賛成。
朝食の注文どうする?」
「コーヒーと軽いものを」
「はいはい」
「……制服か。
この国の学生も学費を体で稼いでいるのかい?」
「まぁね。これでも優等生なのよ♪」
「俺が居た北も似たようなものでね。
まだ体を売って学費を稼げるやつは幸せだったよ」
「じゃあ、幸せでない人は?」
「海外に売られて、そのまま二度と故郷に帰らずって奴さ」
「なんともまぁ」
「世界の多くで見られるありふれた不幸って奴さ。
俺も君もこうして暖かい部屋、きれいなベッド、朝風呂、頼めば出て来る朝食を楽しむ事ができる。
それは幸せな事だと思うよ」
「たしかに。
その幸せの朝食が届いたそうだけど。トーストとサラダとベーコンエッグとコーヒー」
「ありがとう。
この幸せに感謝していただくとしよう」
「いただきます」
「あ。朝のニュースやってる。
新宿ジオフロント第一期工事完成式典の準備かぁ。
首相に都知事まで出る大きなイベントだって。
おにーさんの仕事でこの街は便利になるのね。
本当にありがとう」
「この国に地下都市が必要とは思わなかったけどね。
豊原より寒くないのに」
「人は便利なものを求めるのよ。
おにーさんたち北の人たちだって、ボートハウスから箱舟都市へ、更に郊外のニュータウンへ住みたいんでしょう?」
「どうかな?
俺は一人だからそのあたりの感覚がなくてね」
「だから私みたいなのを助けて遊ぶんだ。悪い人だなぁ」
「おいおい。歌舞伎町で絡まれていたのを助けたのは誰だったのか忘れたのか?」
「おにーさんでーす。見事だったなぁ。五人のチンピラ相手に大立ち回り。
さすが正義の味方。
けど、私が手を引っ張って逃げなかったらお巡りさんに捕まっていたわよ」
「それは困るな。
けど、その時は君も捕まるんじゃないのかい?」
「私はいいんです!これでも運がいい女なので」
「たしかに。
俺も引っかかったしな」
「あはははは……
そんないい女の最後の忠告。
おにーさん。あまりよくない運勢が顔に出ているわよ。
工事も終わったのならば、少し休んだら?」
「最近の女学生は売春だけでなく占いまでするのかい?」
「こっちが本業。一夜の恋愛は趣味って事で」
「なるほどね。
たしかにろくでもない人生だったな。
戦って、戦って、戦う以外の事は何もかも失って、それでも戦う事しかできなくて……
結局、休む事すら知らずに戦うだけなんだよ。俺は」
「……」
「……そろそろ時間だろう?
遅刻するよ」
「いけない!
じゃあね。おにーさん。
また会えたら今夜の続きをしましょう♥」
「ああ。占いありがとう」
パタン
「……けど、遅いんだよ。
君も、俺も、この国も……」
「もしもし?
師匠いる?
……もしもし?師匠?
ちょっと気になる人が居て、ほら、師匠が第二次二・二六事件の時に抱かれた帝都警の人と同じ反応をした人が居て……うん。話を伝えるのはいいけど、たしか前藤さんは今樺太でしょう?
……麹町警察署の小野副署長に?あの人、九段下交番から出世したんだ!?
はいはい。師匠の名前を出して面会に行きます……え?学校?
あーーーーーーーー!遅刻だぁぁぁぁぁぁぁ!!」