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現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変 番外編 道化遊戯  作者: 二日市とふろう (旧名:北部九州在住)
正義しか見なかった刑事と正義の味方になれなかった探偵の回想
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道化遊戯 正義しか見なかった刑事と正義の味方になれなかった探偵の回想 小野健一 その1

 結婚式というのは花嫁の為にある。

 そして『結婚とは人生の墓場である』とは花婿の為の言葉である。

 この二つの言葉は相反するようでいて実はそうではない。

 人生には幾つもの選択肢がある。

 その中で自分が選んだ一つの道に間違いはないと思い込んでも、ふとしたことで別の道を選べばよかったと思うこともあるだろうし、その逆もあるかもしれない。

 人生という大きな視点から見れば、結婚という小さな出来事の一つが偶々不幸だったとしても、それが一生続くわけではないのだ。

 だから花婿は控室で黄昏るのだ。自分の選択を後悔していないと。


「よう。花婿さん。とうとう年貢の納め時か」

「やぁ。刑事さん。いや、今は偉くなって管理官さんですか」

「よしてくれ。そんな偉そうな名前で呼ぶのは」


 花婿控室。

 祝いにやってきた警視庁刑事部監理官の小野健一警視は礼服姿が実に似合っていないが、花婿衣装の近藤俊作も衣装に着られているのでお互い様である。

 だが、今日ばかりはその無粋な男前ぶりも少しだけ役に立っているようだ。

 何しろ相手は長い付き合いとはいえ、今や警視庁きっての英雄である。

 下手なことを言えば藪蛇になりかねない。


「で、身内の式をここまででかくした馬鹿は誰だ?」

「それ聞きます?」

「安心しろ。俺もぼやきたいだけだ」


 当初ささやかだったはずの身内の式の予定をデカくデカくと膨張させた元凶の紋章を、二人はなんとなしに眺める。

 『月に桜』。日本きっての政商と名高い桂華グループ。その総本山である九段下桂華タワー内部にある桂華ホテル九段下の式場での挙式。

 もちろん花嫁と花婿は反対したが、所詮一般人が政商の本気にかなう訳もなく、かくして男二人控室で愚痴る羽目に。

 少なくとも、桂華グループは花嫁と花婿の結婚式を無料提供するぐらいには、二人に恩を感じていたのだろう。多分。


「最低限、筋は通すんですよ。あの人ら。

 確かに身内の式は守った。けど披露宴は頼んでいないんですがねぇ……」

「それも、お前に配慮してあくまで第三者の無料パーティーという形だ。

 公爵令嬢を、新宿ジオフロントをテロから守ったのは、伊達じゃないって事だよ」


 今も昼夜工事が続けられている新宿ジオフロント。

 ここを狙ったテロ未遂事件が発生し、それを防いだというのが新宿ジオフロントに莫大な投資をしていた桂華グループが受けた恩の正体である。

 投資金額は二兆円を超え、その式典には桂華グループの桂華院瑠奈公爵令嬢が出ていたというのだから、この待遇はある意味当然ともいえる。

 もっとも、その事実を知ったところで、花婿側が納得するかどうかは別問題であるが。


「で、おやっさんがこっちにやってきた理由は何です?

 まさか、披露宴でただ酒が飲みたいって訳でもないでしょうに」


 花婿衣装で顔だけ探偵に戻った近藤俊作が尋ねる。

 彼ですら嗅ぎ取った事件の臭いを小野健一は隠すつもりはなかった。


「隠すつもりもないが、新宿の事件の後始末だよ」

「あれの後始末……ですか?」


 事件そのものは解決しているはずだ。

 新宿ジオフロントで発生した大規模テロ未遂事件は、日米露三国の関係機関と桂華グループが協力してなかった事として処理された。

 そんな疑問符を浮かべた近藤俊作に小野健一は告げる。


「この間の事件じゃない。

 新宿ジオフロントはその前にもテロ未遂にあっているだろう?

 そっちで出張ってきた」


 新宿ジオフロントを狙ったテロ未遂事件は実は二回起こっていた。

 無かった事になっているこの間こと2004年4月の事件ではなく、2001年秋。

 ニューヨークのツインタワーが崩壊する姿を全世界に晒したあの同時多発テロに連動したテロ未遂事件。

 それは警視庁が見事に防いだ事になっているのだが、実はそれには裏があったのだ。


「実行犯は捕まえた。それはニュースになっただろう?

 主犯は国際テロ組織。そういう事になっているんだが、実行犯と主犯を繋いだ第三者が居てな」

「あー。なるほど」


 花婿が苦笑し、管理官はため息をつく。

 その表情だけで、誰がこの事件の裏にいるのか察してしまったからだ。

 そして、この話を持ってきたということは、つまりそういうことだ。

 おそらく、この話は警察内部だけの話ではない。

 表沙汰にはならないが、すでに各国政府にも情報は流れている。


「つまり、この善意の押し付けの式も、桂華にとっては釣りと?」

「桂華はどうかしらんが、米露は間違いなくここを釣り堀と思っていやがる。

 だから俺が出てきた」


 小野健一がなんとも言えない自虐の笑みを浮かべる。

 おそらくこの件も揉み消される事は間違いがない。

 それでも、闇に葬られる前に真実を正義をと顔が語る小野健一はそういう刑事だった。


「邪魔はしませんよ。何しろ今日の主役の一人ですから。

 で、そいつ、何をやらかしたんです?」


 近藤俊作は知っている。

 おやっさんと慕う小野健一がそんな顔を浮かべて動く相手を。

 出てきた言葉はおよそ結婚式の場には似つかわしくないものだった。


「殺人だよ」

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