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道化遊戯 正義の傀儡のバラッド ゲオルギー・リジコフ その5

 朝までジオフロントを駆けずり回らされた三田守を待っていたのは、警察と自衛隊と公安の事情聴取だった。

 せめて警察と公安は一緒にしろと同じ目にあったゲオルギー・リジコフは愚痴ったが、公安と言うものはそういうものだという事を思い出して、三田守と神奈水樹の盾として状況説明やそこに至る推察などをふくめて説明する羽目に。

 鶯谷のネットカフェから遠隔サポートをした愛夜ソフィアの方にも護衛と捜査官を送ったらしいので、今頃彼女も同じ目にあっているだろう。


「よぉ。警備員。ご苦労さん」


「よぉ。探偵。木更津方舟の方はいいのかい?」


 事情聴取が終わって会議室に戻ったゲオルギー・リジコフを近藤俊作と三田守が出迎える。

 お地蔵さんの下にあった対戦車地雷は解体され、現在は正午の式典に向けて急ピッチで色々なものが進んでいた。

 会議室のテレビには、既に開店した商業施設のお店の話題が流れている。


「向こうはおやっさんがいるからな。

 おやっさんが現場指揮官で、下に凄い人間がかき集められた。

 タクシー運転手の出る幕はないと思って、三人を拾いに来たって訳だ。

 で、あの嬢ちゃんはどこ行った?」


 北樺警備保障が抑えている新宿ジオフロントの施設の会議室を近藤俊作が見渡すと、ゲオルギー・リジコフと三田守しかいない。

 いない人間については三田守が説明する。


「クライアントに報告に行ったそうですよ。

 この施設に来ているとかで、帰りの足は拾うそうですから先に帰ってくれと」


「そうか、この施設に入っているのか。

 桂華院瑠奈公爵令嬢は」


 三田守の説明に頷いたゲオルギー・リジコフは近藤俊作に質問する。

 この場の彼の存在価値は多分ここにある。

 『名探偵 皆を集めて さてといい』

 その探偵役として。


「で、探偵さんが来たという事は終わったのか?」


「多分な。

 上は起こるかもしれない自爆特攻テロを恐れているが、多分奴はそれをしないよ」


「どうしてそう言えるんですか?」


 近藤俊作の言葉に思い起こされて三田守が怯える。

 テロが起こって、エマージェンシーモードに切り替わりハッキングを受けたら、この三人も犠牲になりかねないのだ。

 そんな三田守を苦笑して眺めながら、近藤俊作が説明をする。


「振付師はもう目的を達成しているからさ。

 テロの目的って何だと思う?」


「暴力的手段を用いて、非合法に社会を変える事だな」


 近藤俊作の質問に答えたのがゲオルギー・リジコフである。

 何を言わんとしているのか、元北日本政府の治安維持警察の装甲兵は理解してしまった。


「『テロで歴史は変わらない』どこかで聞いた言葉だが、あれは嘘だよ。

『占うことによって、貴方は二つのものを失います。『未来』と『可能性』です』だったかな?

 ここに居ない神奈水樹やソフィアのネットカフェによく来ている北都千春さんが占いの際に必ず言う常套句さ。

 占う。つまり未来を知るだけでも『未来』と『可能性』を失うんだ。

 テロなんて大それたことをやらかして、歴史が狂わない訳がない」


 そんな歴史が狂った瞬間を、2001年9月11日にこの三人を含めた世界の多くの人間がリアルタイムで体感したのである。


「この事件は闇に葬られる。

 だからこそなおたちが悪い。

 問題の根幹である華族の腐敗に確実にかつ容赦なくメスが入るだろうよ」


 近藤俊作は小野健一副署長から振付師の犯人像を教えてもらっていた。

 そして、愛夜ソフィアから第二次2.26事件を起こした帝都警が腐敗した華族に天誅を下した事と、それが緊迫する国際情勢下で発生した事を聞いていた。

 犯人がこの場にいないのに事件のネタばらしなんて格好がつかないなと近藤俊作は苦笑しつつ続きを口にした。


「あのお嬢様はともかく、華族と敵対している恋住総理はこのチャンスを逃さないだろうよ。

 帝都警が決起した腐敗した華族の掃討は、多分達成される」


 人間、自分がテロに狙われてなお許せる者というのはあまり居ない。

 木更津方舟での事件も樺太華族が絡んでいる事に近藤俊作は気づいていた。

 華族改革は華族側の自発的な改革という体で特権を手放す事になるだろうと、新宿ジオフロントに来た近藤俊作の前に現れた道暗寺晴道警視が漏らしていったのを聞いていた。


「おやっさんが追いかけていたこの振付師は帝都警の信奉者だった。

 その帝都警が決起してまで潰したかった華族特権をこいつは完膚なきまでに潰したんだよ。

 こ こ で テ ロ を 起 こ し て 潰 し て く れ る 総 理 を 消 す 訳 な い だ ろ う ?」


 近藤俊作は無機質な天井を見上げる。

 煙草が吸いたくても、この部屋は禁煙である。


「で、この話ここからが厄介だ。

 こいつをじかに見たのは神奈水樹だけだし、経歴がこれだけ追いかけているのに分かっていない。

 捕まえた所で司直の裁きに任せる事ができるのかどうか分からないそうだ。

 何しろ、起こっていない事件で居ない人間を裁く事になるからな」


 この三人は知らない。

 振付師については偽札事件がらみで別件逮捕はできるだろうが、警察は事件を闇に葬る形で幕引きを図り、起きていない事件を立件する事はできないというロジックで捜査を打ち切る事を決定していた。

 この決定に米露の関係者が激怒したが、会議室のお偉方はにべもなく彼らを切り捨てた。


「いいのですか?

 これ、世に出るとうちだけでなくあなた方の政権も飛びますよ?

 何しろ、彼の情報うちだけでなくそちらも持っていないでしょう?

 え?

 ならばこっちで抹殺すると?

 バレないようにできるのならばどうぞ。

 ばれたら容赦なく叩きますが、できるのですか?

 京都で大失態をやってくれたそちらが?」


 振付師の完全勝利が確定した瞬間である。

 どうせ元凶の樺太華族は潰される事が確定しており、このテロに便乗した組織は日米露の追及が確定している。

 米国はイラクで、ロシアはチェチェンで奔走しており、この国に更なるエージェントを送る余裕はない。

 おまけに、第二次2.26事件の裏事情、旧北日本政府の武器密輸ルートが未だ生きている事の暴露、米国の樺太地下都市攻撃案がそのまま残っていた事など、世に出るとやばいネタが多すぎる上に、振付師を利用したい勢力も抹殺したい勢力も、彼の情報を誰も持っていなかったのが決定打となった。

 更に警察側もさらなる粛清が確定しているのだが、だからこそ首を切られるのにそこまで仕事をしなくていいよねという空気が発生していたのも理由だろう。

 人事異動にかこつけての天下りによる追い出しだから、成田空港テロ未遂事件みたいな懲罰的粛正と違うのも大きい。何しろ事件は起こっていないのだから。


「じゃあ、この振付師が次のテロを企図したらどうするんですか?」


 三田守の声が上ずる。

 また一人で新宿ジオフロントを駆け回るなんて想像したのだろう。

 近藤俊作は探偵の勘と前置きしたうえで、敗北を認めたのである。


「起きないよ。

 こいつが残っているからこそ総理はいやでも華族特権排除に全力を尽くす。

 そういえば、有明に夏冬に送った客が面白い事を言っていたな」


 大量の荷物を抱える客たちの間で大流行しているらしい同人小説の話を思い出す。

 その言葉は今の振付師にぴったりだなと思った。


「『人を恐怖させる物の条件は三つ必要だって知っているか? 一つ、怪物は言葉を喋ってはならない。 二つ、怪物は正体不明でなければいけない。 三つ、―――怪物は、不死身でなければ意味がない』うまい言葉だな。

 振付師は怪物になっちまった」

名探偵 皆を集めて さてといい

 ちょっと調べてみたが詠み人不明らしい。


テロで歴史は変わらない

 『銀河英雄伝説』ヤン・ウェンリー

 全文はこう。

「陰謀やテロリズムでは、けっきょくのところ歴史の流れを逆行させることはできない。だが、停滞させることはできる。地球教にせよ、アドリアン・ルビンスキーにせよ、そんなことをさせるわけにはいかない。」


人を恐怖させる物の条件

 『空の境界』(那須きのこ)

 2001年に同人小説が出て爆発的に流行。その後、講談社ノベルスより2004年6月8日に一般書籍として刊行。私は2001年に買った。

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