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道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 三田守 その3

「はぁ……はぁ……」


 深夜の新宿ジオフロントを三田守が駆ける。

 少なくとも彼は主役を望んでいないし、舞台に立つ事すら望んでいなかった。


(……いい。三田くん。

 よく聞いてちょうだい。

 豊原地下都市は基本この手の管理を人力で行っていたわ。

 そこの省力化を図るためにコンピューターの管理システムは後から付け加えられたものなのよ)


 豊原地下都市は何かあった時というか、その何かであるクーデターや革命を恐れて本来はこの手のシステムを複数の人力管理で制御していた。

 新宿ジオフロントはそのあたりの設計を流用していたが、さらなるコストダウンを図るためにコンピューターの大規模導入で管理を一元化させていた。

 結果、エマージェンシーモードに仕込まれているだろう罠が作動しかねないという最悪の展開になっている訳だが、人力管理の名残りはフェイルセーフとして設計に残されていた。


(ポイントは『エマージェンシーモードへの自動移行』よ。

 逆に言えば『エマージェンシーモード』に移行しなければ、振付師は手も足も出ないの)


(けど、対戦車地雷が!

 下にガスが流れているのに万一が発生したら大惨事じゃないですか!?)


 電話でのやり取りで悲鳴をあげる三田守に愛夜ソフィアは淡々と告げる。


(だから、ガスは止めないといけない。

 けど、この手の配管にはバックアップ用の予備ラインがあるわ。

 そっちにガスの流れを変更すれば、ガスが供給され続けてエマージェンシーモードには切り替わらないんだけど……)


 愛夜ソフィアの沈黙が何を言いたいのか三田守は分かりたくなかった。

 彼は偽警官を追ってゲオルギー・リジコフと共にここ新宿ジオフロントに来ているのだ。

 偽警官が偽管理職員にジョブチェンジでもしていようものならば、自らの手で完全に詰む事になる。

 つまり、信頼できる誰かが予備ラインに切り替える作業をしなければならない。


(おねがい。三田君しかいないの)

(嫌ですよ!なんで俺なんですか!?

 ゲオルギーさんだっているじゃないですか?)

(爆弾を放置して彼を動かせる訳ないじゃない!!

 トランシーバーで水樹ちゃん経由でサポートさせるから!!!)


 三田守の悲鳴に愛夜ソフィアも悲鳴で返す。

 爆弾解体作業に入れば彼の手はあくだろうが、その爆弾解体作業に入るためには下のガス管を止めないといけない訳で、愛夜ソフィアは鶯谷のネットカフェ、近藤俊作は小野副署長と共に木更津方舟、三田守や神奈水樹が説明しても説得力が足りず、そのあたりの説明ができる人間が彼しか残っていなかった。


(ボーナス弾むから♪)

(結構です。これから退職届を書くので受理して頂けると……)

(そんな三田さんのやる気を出させるためのいいものをご用意しました♪)


 いつの間にか横で聞いていた神奈水樹が三田守の目の前に紙に書かれた落書きを見せる。

 『北都千春無料デート券』と書かれた三枚のチラシの裏に、突っ込みと己のスケベ心を今走っている三田守は呪わずにはいられない。


(それ、十枚に増やせない?)


 かくして、彼は深夜の新宿ジオフロントを走る。

 急遽貸し与えられた作業服を着て、ヘルメットと臨時IDの名札を揺らして走り、エレベーターに乗り、走ってバルブを開けての繰り返し。


「はぁはぁ……あとはこのバルブを……うぉぉぉぉぉ……」


 バックアップ用のガスのサブラインは逆流しないように各層でバルブが閉められている。

 そのバルブを最下層から順番に開けるだけの簡単なお仕事のように見えるが、それは三田守が一人で最下層から走り回らされる事を意味していた。


(三田さん。ソフィアさんから開いたことを確認したって。

 警察と自衛隊の爆発物処理班が苛立っているってゲオルギーさんが。

 はやく急いで!)


「はぁはぁ……無茶言うなよ……」


 警察も自衛隊員も管理局員も協力したかったのだが、偽警官情報がここで強烈に働く。

 互いに互いを信用できない以上、盤面に下手な駒を置くと振付師に逆用される可能性があった。

 かくして、三田守の孤独な作業は続く。

 

(あとは、最上部のバルブを開けて、メインのバルブを閉めればおしまいです)


「……はぁはぁ。

 これを……ん?二本あるぞ?」


 目の前にある赤と青のバルブを前に三田守は呆然と呟く。

 トランシーバーの神奈水樹の声がするまでに思ったのは、


(振付師も馬鹿じゃないよなー。こういう対策を考えていた訳だ。

 赤と青……爆弾解体の最後のシーンじゃないか……)


 神奈水樹の悲鳴がそれを肯定していた。


(そんな!?

 そこにバルブが二本もある訳がないって……じゃあ、三田さんが見たバルブって何なんですか!?)


 後でわかるのだが、片方は第二期工事用の区画へ伸びるパイプで当然その先は繋がっておらず、そっちを開けたらガス漏れが発生するようになっていた。

 その区画のデータだけが直近で更新されており、赤と青のバルブのどちらを開ければいいかが分からなくなっていたのは振付師の仕業に違いない。

 振付師からすれば、ハッキングする為に管理システムがエマージェンシーモードになればいい訳で、木更津方舟が沈もうが、お地蔵様が爆発しようが、ガス漏れ事故が発生しようが構わないという事なのだろう。


「で、どっちを開ければいいんだ?これ……」


 吹き出る汗をぬぐいながら三田守はつぶやく。

 究極の二択。

 英雄の選択をクズである三田守はあっさりと放棄した。


「水樹ちゃん。

 君だったら、どっちを開ける?」


 丸投げ。

 責任から逃げたのだが、その丸投げが正解する事もある。

 何しろ、投げた相手が神奈水樹なのだから。


(……うーん。青かな?)


「おっけー。そっちを開ける」


 青のバルブを開けて、メインのガスパイプラインを閉める。

 莫大な予算と今もかなりの人数が奔走している新宿ジオフロントの命運はこんなあっさりした選択で決められた。

 その結果はトランシーバー越しの神奈水樹の歓声だった。


「やったわ!

 ガスがサブのパイプラインを流れているって!!

 今、ゲオルギーさんからガスがメインから無くなるのを待って爆弾の解体を行うって♪」


 一気に力が抜けた三田守はへたり込み、天井を見あげた。

 きっと映画だったら、このシーンは地上で朝日が見えるんだろうななんて場違いな事を考えながら。




「何で水樹ちゃん青って選択したの?」


 地下駐車場詰所休憩室に戻った三田守はその質問を神奈水樹に聞いてみた。

 英雄という皮をかぶらされた三田守に抱き着いて成功を喜びながら、神奈水樹は小指を立ててあっさりと、運命の選択の理由を告げた。


「私だって女の子ですから。

 運命の赤い糸を切るなんて選択したくないじゃないですか」


 その赤い糸複数巻かれているんじゃねという突っ込みを言わないだけ、三田守にもクズの矜持があったので彼女の答えは外に漏れる事は無かった。

Q メンテナンスモードないの?

A ない。

 元が東側技術で『シンプル・頑丈・低コスト』で作られているから。

 だから、メンテナンスという『複雑・繊細・高コスト』作業は人力で行われていた。

 もちろん東側特有の人間不信で信頼できる人間にのみ伝えられるので、これも知らずに入っていたというオチ。

 なお、この事件の後につけられた模様。


東側技術の設計思想で参考にした記事

https://nikkan-spa.jp/1301612



最後の選択

 『名探偵コナン 時計じかけの摩天楼』のオマージュ。

 実は、通勤時に聞いていたラジオが『杏子のANTENNA CAFE』で、そこからこの人の曲を聴いてそれから映画を借りたという口である。

 仕掛けとそのオチとそこからエンディングに入るエンディング曲『Happy Birthday』が凄く綺麗にはまってこのシーンは大好きである。

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