道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 神奈水樹 その4
新宿ジオフロント地下駐車場に、近藤俊作のワゴン車で乗り付けてゲオルギー・リジコフと三田守が降りる。
二人とも顔色は悪い。
「確認するが、ここで見たんだな」
「はい。
私服警官が職務質問をして、その際に昔の手帳を見せたんです。
違法駐車をしないようにって言って去っていったんです」
もちろん、この偽警官の報告は警察上層部に伝えられて身元確認に追われているのだが、三田守が見たという情報だけでは信憑性が低く、その動きは鈍かったのである。
「わかった。
来た日は分かっているから、その日の監視カメラを確認する。
とりあえずここに居てくれ。いいな!」
そう言ってゲオルギー・リジコフが地下駐車場の警備員詰所に駆けてゆく。
式典前日の深夜という事もあって、地下駐車場は閑散としていた。
薄暗いだだっ広い空間を眺めると、その空虚さに三田守は体が震えた。
「何でこんな地下に街を作ったんだろうなあ……」
車を降りて、近くの自販機で缶コーヒーを買おうとする。
気分的にはホットかなと考えていた彼に、場違いな少女の声が運命として届いたのはそんな時だった。
「あ!三田さーん!!」
駆けてくる神奈水樹。深夜なのに風呂上がりのつやつや肌。
なお、三田守にとっては運命ではなく厄介事としか見えていない。
「おい。中学生。
こんな深夜に何をやっているんですか?」
「ふっふっふ。
遊んでいると思ったんでしょー!
お仕事なのだ!!」
中学生にあるまじき胸を張る神奈水樹だが、その仕事を後回しにして遊んでいたのだろうなと察する程度の付き合いがあった三田守は、遊びの所は見なかったことにして仕事の方に話を向ける。
「仕事?」
「そう。
この新宿ジオフロントって新しい土地でね。
神様がいないのよ。
で、急遽お地蔵様を置いて、神様が住まう場所を作っているんだけど……」
新宿ジオフロントの地図を片手に珍しく真面目な顔をする神奈水樹。
多分その仕事時間はこんな深夜じゃなかったと三田守は気づいていたが突っ込む勇気はなく、神奈水樹の話を聞き続ける。
「そのお地蔵様を確認しろって千春姐さんから言われてね。
これが思った以上に多いのよー」
元々は結界の意味合いも込めて置かれたお地蔵様は、当然その結界の要となる場所に置かれる訳で、さらにお地蔵様が見ている方角に出口があるという道しるべ機能を持たせたため、新宿ジオフロントの主要出口にそれぞれお地蔵様が配置されていた。
結果、大量にある出口のお地蔵様を確認する為に神奈水樹は汗まみれになり、シャワーを借りるためにナンパをしてそのお礼にという訳でここまで遅くなったとか。
「へーそーなんだ」
「……まったく興味のない声で言いましたね。三田さん」
ジト目で睨む神奈水樹から視線を逸らす三田守。
仕事には真面目というべきか、その間にナンパをする事を責めるべきか迷った結果とも言う。
「で、ここが最後なんだけど、神奈の資料だとここにお地蔵様なんて置いた覚えないのよね。
神奈の資料とジオフロントでもらった資料が食い違っていたから、確認に来たって訳」
神奈水樹の声に三田守が引っかかる。
三田守がゲオルギー・リジコフとここに来たのはここに偽警官が居たからで、その偽警官が何をしていたかを考えた時、神奈水樹の言ったお地蔵様がとてもやばいものに感じてしまう。
「で、水樹ちゃん。
そのお地蔵様って?」
「うーんと……あれ!
あ!出口の方向いていないじゃん!!
三田さぁん♪よかったら動かすの手伝って……どうしたの?そんな怖い顔をして?」
(いいか。坊主。
振付師が盗んだかもしれない対戦車地雷の仕組みを簡単に教えておく。
地雷の基本は『踏んでスイッチが入り、離れたら爆発する』だ……)
ゲオルギー・リジコフとの会話を思い出して、三田守は今の状況がどれだけやばいか理解した。
多分、向きがずれているお地蔵様の下にある台座が対戦車地雷なのだろう。
神奈水樹なりが電話で職員に「お地蔵様の向きがずれている」と伝えるだけであの対戦車地雷は爆発する。
「待たせたな坊主……どうした?」
「あ!ゲオルギーさんだ。こんばんは!
三田さんあのお地蔵様を見てから険しい顔で固まっちゃって……」
神奈水樹からいきさつを聞いて彼も三田守と同じ顔になるのに時間はかからなかった。
険しい声でゲオルギー・リジコフは神奈水樹に言う。
「すまない。ここの警備詰所に行って人を呼んできてくれ。
それと詰所に行ったらそこから絶対に動くなよ」
「う、うん」
気迫に押されて神奈水樹が警備詰所に駆けてゆく。
残った二人は自分のワゴン車に戻って、無線で愛夜ソフィアを呼び出す。
「こちらゲオルギー・リジコフ。
振付師が入手した対戦車地雷を新宿ジオフロントの地下駐車場で見つけた」
(っ!?
わかった。小野のおやっさんは現場だから、道暗寺警視と若宮解析官の方に至急伝えるわ……場所をもう一回言ってちょうだい。
……最悪じゃないの!!!)
無線の先から明らかな罵声を叩きつけた愛夜ソフィアのモニターには、新宿ジオフロントの関係者用見取り図が映っていた。
(いい。その下に最下層の廃棄物処理区画に繋がるガスのパイプラインが通っているわ。
で、インフラ周りは既に絶賛稼働中……言いたいこと分かるわよね?)
地下のガスや発生するメタンガスだけでは安定供給できないので、最下層の廃棄物処理区画まで通るガスのパイプラインがその下に埋まっていた。
そして、神奈水樹が風呂上りの艶々という事はそのお湯が使える訳で、電気なりガスなりで沸かされたそのお湯の供給源として下にあるガスのパイプラインは絶賛稼働中であることを意味する。
対戦車地雷が爆発したらその下のガスパイプラインに引火して大惨事。
振付師の悪辣さを罵倒したくなるのを呑み込んで、ゲオルギー・リジコフは確認する。
「爆発物処理班は?」
(今、若宮解析官から「市ヶ谷に待機させていた爆発物処理班を向かわせる」って。
三十分以内に着くはずよ)
慌てて警備員が駆けてくるのが見えた。
少しだけ表情を緩めてゲオルギー・リジコフは三田守の頭を撫でて告げる。
「よくやった坊主。
俺はここで警備員と共にあのお地蔵様に近づけさせないようにする。
お前は詰所の方に行って神奈水樹の嬢ちゃんを守ってやれ」
「はい」
そして分かれるが、三田守は腕を組んで考える。
近藤俊作の助手として短いながらも探偵助手として働いてきた勘がこれで終わりでないと警鐘を鳴らす。
(よくあるサスペンスもの映画だと、囮の仕掛けに安堵して本命がってよくある事だよな)
(それどうやって見分けるんです?)
(時と場合によるが、基本は『そうしなければならない』場所にしかけるのが本命だろうよ)
はっと思いついた顔で三田守は地下駐車場の警備詰所に駆けこむ。
既に混乱は拡大しつつあった。
「誰だ!……ああ。ゲオルギーさんの知り合いか。
とりあえず、奥で休んでくれ。功労者に怒鳴って済まない。
娘っ子も奥に居るはずだ」
三田守は一礼して奥に向かう。
モニターの並ぶ机で夜勤職員が怒声をあげていた。
「警視庁の部隊に自衛隊の爆発物処理班だぁ!?
しかもばれないように隠密裏って無茶でしょう!?」
「非番の隊員を全員たたき起こせ!
とにかく人間をかき集めて朝まで主要区画を再チェックするんだ!急げ!!」
「全員の身分確認を同時に行えって……正気ですか!!!」
末端の地下駐車場警備詰所でこの混乱である。
メインコントロールルームやサブコントロールルームはド修羅場になっているのだろう。
「あ。三田さんだ」
休憩室に居た神奈水樹が声をかけるが、三田守は返事をせずに休憩室の電話で愛夜ソフィアのネットカフェを呼び出す。
何回かのコールと保留音の後に出た愛夜ソフィアに、三田守は思いついた質問をした。
「すいません。愛夜さん。
一つ質問なんですが、爆発物処理の為に下を流れるガスは止めますよね。
ガ ス が 止 ま っ た ら 何 が 起 こ る ん で す か ?」
外れてほしい質問は、体感では長い長い、実際はせいぜい一分程度の沈黙の後にもたらされる。
そして、三田守の人生でよくある事だが、外れてほしい事ほどよく当たる。
愛夜ソフィアの声も震えていた。
「……ガスを止めると地下の廃棄物処理区画が稼働しないから緊急停止し、インフラ施設の緊急停止を自動トリガーとしてエマージェンシーモードが発動されるって書いているわ」
ネタばれ。
途中から『機動警察パトレイバー the Movie』リスペクトだが、この話の最初のリスペクト元は『アーリーデイズ』の『ロングショット』だったりする。
という訳で、三田君。クライマックスがんばれ。