道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 近藤俊作 その5
首都高速湾岸線を走るごつい車を近藤俊作が運転し、乗っているのは小野健一と急遽やってきたイリーナ・ベロソヴァ、グラーシャ・マルシェヴァ、ユーリヤ・モロトヴァの三人娘である。
なお、近藤俊作の車の前後には北樺警備保障のワゴン車二台にチャーターした大型バスが三台と、派手な大名行列みたいになっていた。
「おやっさん。あいつら大丈夫なんでしょうか?」
ぽつりと近藤俊作が呟き、助手席に乗った小野健一が応じる。
深夜の首都高はそこそこ車がすいていた。
「正直な所わからん。
だが、時間がない以上はあいつらに賭けるしかない」
出発前に三田守が漏らした新宿ジオフロントで偽警官に出会ったという発言は文字通り警察内部を震撼させたが、警備関係者の身元再確認など警備計画を練り直すには時間があまりにもなく、そして全体を動かすには三田守の信用が足りなかったのだ。
かくして、現場を知っているゲオルギー・リジコフが三田守を連れて新宿ジオフロントに行く事に。
『二人の邪魔だけはするな』と小野健一が警察内部に通達して送り出したが、小野健一と近藤俊作の二人は木更津方舟に向かうことになったのである。
「問題は何かあった時だ。
新宿ジオフロントのテロが成功すれば恋住総理や岩沢都知事や桂華院瑠奈公爵令嬢と日本を動かしていた人間が軒並み死ぬことになり、影響は何処まで広がるか分かったもんじゃない」
煙草を咥えて火をつけようとして後ろに女の子三人が乗っている事に気づいた小野健一はライターをしまう。
バックミラーで女の子たちが『どうぞ吸ってください』と言っているが、はいそうですかと吸う気になれない小野健一に近藤俊作がガムを差し出し、火のついていない煙草をそのまま灰皿に押し付けた。
「かといって、うまくいったとしても、木更津方舟での大事件に二級市民問題が火を噴いて、支持率回復基調の恋住政権に打撃が行く事は避けられない。
結局のところ、俺たちは敗戦処理でしかないんだよ。
探偵さん。
俺たちは何処で負けたんだろうな?
振付師の姿を捕まえられなかったからか?
北日本が崩壊した時に帝都警の残党を追い詰めなかったからか?
それとも……」
ガムを噛んでその言葉を呑み込んだ小野健一だが、付き合いの長い近藤俊作はその言葉にあたりがついていた。
負け戦というのは、かくも人を感傷的にさせるのだ。
(……第二次2.26事件で信奉者でしかなかった振付師を見逃したからなのか?)
車列は東京湾アクアラインのトンネルに入っていた。
木更津方舟のある海ほたるまでもうすぐである。
(隊長より各隊員へ。
任務を確認する。
我々の任務は契約に基づく木更津方舟の警備であり、それに伴う方舟内の制圧である。
また、重大な犯罪が発覚した場合、所定の契約に基づき最寄りの警察に連絡。その後警察の指揮下に入る。
戦闘はできる限り控えろ。以上だ)
無線から今回の北樺警備保障の部隊を指揮する中島淳隊長の声が聞こえる。
小野健一は九段下交番時代に会ったらしいが、旧北日本軍の特殊部隊出身らしく、指揮は任せてもいいだろう。
トンネルを抜けて海ほたるの駐車場に車を止めた。
「おー。派手にやったなー」
「……派手過ぎじゃないですか?」
沖合に停泊する海上自衛隊の護衛艦に、上空でホバリングする民間用Mi-24の音がかなりうるさい。
木更津側からも北樺警備保障は部隊を動かしていたらしく、数台のバスとトラックの前で隊員が整列しており、住民搬送用のバスが次々と駐車場に止まっていった。
「これでマスコミも気づきますね。
夜が明けたら大騒ぎですよ」
近藤俊作の声に現実感がないのは、目の前の光景が信じられないからだろう。
小野健一は若いころに、こんな景色を二月の東京で見たことがあったとドアに手をかける。
「ドアを開けないでください。狙撃される可能性があります」
ドアを開けようとした小野健一にユーリヤ・モロトヴァが声をかける。
まさかという小野健一の顔に対してユーリヤ・モロトヴァの顔は真剣そのものだった。
「混乱の可能性は排除するべきです。
この警備からの茶番は小野副署長が指揮を掌握する事で成立します。
つまり、振付師がそれを知っているならば、狙う可能性が否定できないんですよ」
ユーリヤ・モロトヴァの言葉にイリーナ・ベロソヴァが続く。
彼女たちの任務が、小野副署長の護衛にあるという事を男二人はこの時に悟った。
「北樺警備保障の部隊が木更津方舟を掌握するまでは出ないでください。
外の部隊へ。
海ほたるの掌握は済んでいるの?」
(こちら警備部隊隊長の中島だ。
海ほたる全域は既に掌握している。
そちらの車をバスの影に隠してくれ。
狙撃手の射線を切りたい)
その声に近藤俊作が車をバスの影に隠す。
そして、ライオットシールドを構えた警備員が隊列を組んで木更津方舟に繋がる橋に向かって進撃してゆく姿が見えた。
(こちら突入小隊。入り口詰所の警備員が外交官特権と言って投降してゆくが指示を仰ぎたい)
(こちら警備部隊隊長の中島。
そのまま拘束しつつ、丁寧に扱え。もうすぐマスコミ各社がやってくるから、スキャンダルな絵を撮らせるなよ)
振付師が雇っただろう民間軍事会社は抵抗しなかった。
抵抗しなかったのか抵抗する必要がなかったのか分からずに、マスコミが来るタイミングで偽札発見の茶番が始まる。
その時、新宿ジオフロントで何が起こっているのか、それを小野健一は知る事なく茶番の舞台に立つことになる。