道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 近藤俊作 その4
木更津方舟への乗り込みだが、当然持っているワゴン車を使うと足がつくので、桂華グループから車を提供してもらう事になった。
愛夜ソフィアのネットカフェの地下駐車場を通行止めにして作業をしているのだが、その車を前に、近藤俊作とゲオルギー・リジコフが車の確認とチェックに入る。
「これ、大統領警護車で見たな。テレビでやってた」
「桂華グループ提供って事になっているが、その実態はアンクルサムって事だろうよ。
車体だけでなくガラスにタイヤも防弾仕様たぁ、向こうも本気のようで」
「ええ。本気ですとも。
現在でも上層部が大粛清の最中で、この大スキャンダルが表に出ないように必死なのです」
持ってきたエヴァ・シャロンの隣で送られたエージェントであるイリーナ・ベロソヴァ、グラーシャ・マルシェヴァ、ユーリヤ・モロトヴァの三人が装備を確認していた。
新宿ジオフロント記念式典にはお嬢様こと桂華院瑠奈が出席するのだが、警察をはじめとしたガチの警備陣で固められるので、彼女たちが浮いていたというのもある。
あと、京都でのお嬢様護衛大失敗でその手のエージェントに警察側が不信感を抱いていたというのもあるのだが、それをエヴァ・シャロンが口にするつもりもなかった。
この三人を学校で見た愛夜ソフィアが確認したら年齢詐称してお嬢様の護衛となったと聞いて親近感がわくが、それでも彼女たちは十代という事でやるせなさを感じた愛夜ソフィア二十代の事はひとまずほおっておくとして、探偵や警備員が持てる武器と防具ギリギリの線の装備を慣れた手つきで確認する姿に、近藤俊作とゲオルギー・リジコフは三人娘をプロとして見る事にした。
「の、割には武器提供はしないんだな?」
「私たちも小野副署長を英雄にする以上、その下っ端のあなた方を犯罪者にする訳がないじゃないですか。マスコミあたりに嗅ぎ付けられたらこれもスキャンダルになりますから」
当初は近藤俊作たちに偽札を木更津方舟まで届けさせる予定だったが、いくつかの要因で没になりそれに伴って計画が変更されていた。
「傭兵会社……ねぇ。
これもあの振付師の仕業かね?」
チェックをする近藤俊作がぼやく。
木更津方舟は先のガサ入れで警備陣の強化の一環として、警備会社という名目で民間軍事会社の日本法人と契約していた。
米国諜報機関が裏取りをすると、この民間軍事会社はかなり筋が悪く、マフィアの影がちらつくだけでなく武器密輸やマネーロンダリングにも関与しており、アフリカあたりで悪名を轟かせているため、ロシアンマフィアが新宿ジオフロントのテロの依頼を出した時に受けそうだとマークしていた会社だった。
「やっぱり振付師?」
「それ以外の意図がない事を祈りたいですわ。こっちは。
なお、名目は内戦により政府が崩壊したため支援を求めて来日しているアフリカ某国の外務大臣の随行員扱い。
方舟の警護はあくまで視察という事だそうで」
近藤俊作の確認にエヴァ・シャロンが投げやり声で応じる。
逃げ道を確保しての非合法活動に政府や米国がかなり強硬に抵抗していたが、書面が整っていた上に欧州の環境人権団体が寄付金につられて応援に回って押し通したという背景があったりする。
発展途上国の政府職員を利用した外交官ビジネスはアンダーグラウンドマネーを吸い込んでかなり前から問題になっていたが、その金がなければ国が飢える発展途上国にとって貴重な収入源なだけに強く取り締まれないという裏事情もあった。
ゲオルギー・リジコフが作業しながら話に乗る。
「多分、方舟を沈める仕事が奴らなんだろうよ。
あのお嬢様を消したい人間はごまんといるが、超大国を筆頭に大国ががっちり守っているならば、途上国連中が嫌がらせと金の為に協力もするさ。
連中も、方舟都市のちょっとしたテロが、新宿ジオフロントに繋がるなんて分かっていないだろうからな」
内戦で国家崩壊中の発展途上国にとって、爆弾なんてのはちょっとしたお祭りですらない。
そんなスナック感覚でテロを起こされても困るが、人とは己の環境に左右される生き物である。
「けど、これではっきりとした。
あの姿の見えなかった振付師は方舟を守った。
奴の計画の弱点があの木更津方舟という事で、おやっさんの正しさが証明されたじゃないですか」
近藤俊作がそこまで言って作業の手が止まる。
そのおやっさんこと小野副署長が動けなくなっていたからに他ならない。
理由は正当なものである。
「何で麴町警察署副署長が警備会社を使って木更津方舟に出張るの?」
現在の警察上層部は事なかれ主義なだけに、こういう事をとても露骨に嫌う。
泉川副総理の黙認に近いゴーサインがあったとは言え、はいそうですかと言えるわけがないのが組織であり官僚と言うものなのである。
「理解はするし、見なかった事にしてもいい。
だから最低限の体裁をかぶってくれ。
これじゃ、事件解決後に悪用する輩が出かねんぞ」
顛末を察してこっそりと忠告してくれた樺太道警の前藤正一監察官が居なかったら話はもっと長引いていただろう。
その為に、初期案は没に追い込まれ、小野副署長は道暗寺警視や若宮友里恵内閣情報調査室主任解析官と共に奔走する羽目に。
貴重な時間が失われ、小野副署長と道暗寺警視と若宮解析官がこのネットカフェの地下にやってきた時には、新宿ジオフロント完成式典まで48時間を切ろうとしていた。
「待たせたな。
突入の段取りが固まったぞ」
げっそりとした顔つきに警察官僚を前にあーだーこーだとやりあった事を忍ばせつつ小野副署長は口を開いた。
「まず、木更津方舟の警備契約を北樺警備保障が買収した」
金で転ぶという事は金でぶん殴れるという事を意味する。
そして、この件において経費青天井の桂華グループの最終奥義とばかりに金でぶん殴ったのである。
契約破棄の違約金支払いと再契約という複雑な作業とネゴシエートの結果、木更津方舟の警備契約は式典前日の2004年4月26日の24時からになっている。
「これで、北樺警備保障が木更津方舟に突入する正当性は確保できた。
事件の方だが、華僑側の密告で偽札を用意できた。『清明節の為に用意した』なんて適当なことを言いやがって……」
清明節とは大陸にある春のお祭りで、天国で使えるお金を焼く風習がある。
その焼くためのお金が『スーパーJ』だったという誰がどうみても黒だろうというこの言い訳は、事件終了後に待っている捜査においてもろもろの処分の免責という形でうやむやになる予定である。
「北樺警備保障が事件に気づいて千葉県警木更津警察署に通報し、現場に警官が到着するまでの間、たまたま休暇で観光に来ていた俺が、管轄内となる九段下に事務所がある北樺警備保障の指揮を引き受けるという筋書きだ」
これでも解釈ギリギリの上に後日査問会は免れないだろうという線だが、事なかれ主義の上層部は最後、
「これで事が起こったら、副総理と知事があなた方全員の首飛ばしますよ」
という都副知事からのアドバイスという名前の脅迫でやっとOKを出したといういわくつきの代物である。
小野副署長が時計を見ると24時を回った。
4月26日。その長い一日が始まろうとしていた。
「じゃあ、メンバーを確認するぞ。
俺を木更津方舟に運ぶのが、近藤俊作。その護衛としてゲオルギー・リジコフの二人」
「はいはい。運転は任せてください」
「何もない事を祈ってくれ。
ちなみに、俺の祈りは良く外れるんだ。運が悪い事に」
二人はためらうことなく志願した。
愛夜ソフィアはここからサポートし、三田守はお留守番である。
小野副署長がエヴァ・シャロンの後ろで控えていた三人の女子を見てため息をつく。
彼女たちがお嬢様の側近団のメンバーというのを知っていたからだ。
「置いてゆくのはダメか?」
「腕は私が保証しますよ。
足手まといにはなりません」
「わかった。連れてゆく以上は使いつぶすつもりだから、覚悟しろ」
三人が日本式の敬礼で小野副署長に返事をすると、愛夜ソフィアに言われて休憩用の飲み物を持ってきた三田守が見とれる。
「坊主は連れてゆかないが、ここでおとなしくしてくれ」
「頼まれたって行くつもりはありませんよ。
けど、あの子たちはどういう身分で行くんです?」
「探偵の助手扱いだろうな。
身分証についてはどうなっているんだ?」
「それで問題ないですよ。
一応警察のも用意しましたけど」
小野副署長の声にエヴァ・シャロンがそれぞれの手に探偵の身分証と警察の身分証を見せる。
その場に三田守が居た事は運命なのかもしれない。
「あれ?
警察手帳じゃないんですか?」
「色々あって2002年に彼女の持っている奴に変わったんだよ」
何気ない会話に潜む運命は、振付師の隙に致命的な打撃を与える。
出発する前のこのタイミングで三田守はこんな事をほざいたのである。
「あれ?
けど、俺その手帳見ましたよ。
この間ゲオルギーさんを迎えに行った時に新宿ジオフロントの地下駐車場で」
大統領警護車
シボレー・サバーバン
動画で結構上がっているので、見てみるとそのごつさがわかる。
外交特権色々
wikiぺたり。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E4%BA%A4%E7%89%B9%E6%A8%A9
なお、欧州の人権・環境団体の影響力の大きさあたりも闇なんだが調べるときりがない。
清明節
https://japan.zdnet.com/article/35063052/