道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 道暗寺晴道 その5 後編
「で、この話、まだ続けます?
犯人像を追うのならば、ここまでで十分でしょう?」
道暗寺警視の声に場の空気が固まる。
小野警視も闇の部分に気圧される。
(……そうか。橘さんはあの時現役のフィクサーで、ベトナム戦争での米軍麻薬流通の第一人者だった。
副知事は安保闘争の現場指揮官で、岩沢都知事はあの文豪と友人……)
あたり前だが、人には過去がある。
歴史になるにはまだ新しく、過去と呼ぶには古すぎる第二次2.26事件の記憶はこういう時に爆弾として当事者たちに炸裂しかねないからこそ、誰もが闇の中に封印したのだ。
「道暗寺警視。
どのあたりから、それを疑っていた?」
「あなたが来る前から。
華族がらみの本当の闇は、この手の妾の子がらみの犯罪なんですよ。
何しろ、家の中で片づけるから戸籍すら無いケースもある。
そういう都合の良い人間を犯罪が放っておく訳ないじゃないですか」
小野警視はやっとここに来て己がこの席に座る理由を理解した。
道暗寺警視は彼の正義と執念を片方の皿にのせ、現状のテロというもう一つの皿で天秤を作り選択を迫っているのだ。
泉川副総理や岩沢都知事というお偉方を証人として。
「そこのエヴァ・シャロンさんから米国大統領のお言葉を頂きましたよ。
『ありとあらゆる手段を用いて、このテロを未然に防ぎたまえ』だそうですよ」
道暗寺警視は淡々と事実を突きつける。
第二次2.26事件の亡霊に旧北日本政府の武器密輸ルートに豊原地下都市攻撃計画と、日米の政権が何度もぶっ飛びかねないからこそ、この事件は闇に葬らねばならないのだと告げる。
色々なものが小野警視の中で渦巻く。
額の汗が畳に落ち、苦々しく呻く様は末期の病人のようにも見えた。
(だからおやっさん。すいません!
俺たちはここまでです。
今の手札で、出来ることまでが精一杯です!!)
不意に乗ってきたタクシー運転手の近藤俊作の言葉が頭に響く。
彼は愛夜ソフィアの為に深淵から逃げた。
そう。小野警視が己の正義と執念を貫けば、最悪この二人の新婚夫婦すら巻き込みかねない事を理解した。
「!?」
だから、意を決した小野警視がグラス一杯の酒を道暗寺警視にぶっかけた時も、道暗寺警視の表情は変わる事はなかった。
「俺の正義はこれで片付けてやる。
だが、テロを防げなかったなんて事になったら絶対お前を許さないからな!!」
「何を言っているんですか?
防ぐのは貴方が雇った人たちですよ?」
酒も滴るいい男とばかりに、道暗寺警視は皆の前で策を披露する。
まるで『パンがなければケーキを食べればいいじゃない』と言わんばかりの傲慢かつ正義のかけらもないその策は、たしかにテロ阻止には有効だった。
「式典前日に木更津方舟に強制捜査をかけます。
発見された偽札で方舟都市全域を捜査し、式典当日まで方舟都市を完全封鎖します」
「前の捜査は空振りだったじゃないか?」
「ええ。だから、貴方の雇った探偵たちに犯罪の証拠である偽札を運ばせてください。
外の聞屋にも声をかけて大ニュースにしてしまいましょう」
泉川副総理と岩沢都知事の顔が引きつる。
それは、方舟都市での犯罪の暴露であり、二級市民問題に悪い打撃を与える事になるからだ。
けど、道暗寺警視はにべもない。
「我々は遅すぎました。
現状新宿ジオフロントのセキュリティーホールを埋めるめどは立っておらず、このテロの一部始終が暴露されたら政権そのものがぶっ飛びます。
この事件は闇から闇に葬られなければなりません」
泉川副総理が立ち上がる。
それに岩沢都知事と副知事が並んだ。
「ここからの話は聞かなかった事にしよう。
私も式典に出席するんだ。後は頼む」
泉川副総理の言葉が実質的なゴーサインである事を小野警視は理解していた。
続いて岩沢都知事と副知事が出るが、二人とも無言で小野警視に頭を下げ副知事が口を開いた。
「新宿ジオフロントの警備で警察は手一杯だが、北樺警備保障の連中は警察が追い出したので空いている。法の正当性は警部以上の警官が上について指揮する事で問題が無くなる」
マッチポンプもいい所である。
雇った人間に偽札を運ばせて、小野警視が指揮する北樺警備保障に木更津方舟を封鎖させるつもりなのだ。
だが、それは小野警視が英雄になる事を意味する。
彼の正義を汚した彼らなりのわびなのだろう。
「少なくともこの件においては一蓮托生です。
そちらのチームにエージェントを用意させていただきます」
エヴァ・シャロンがそれを言って出て、アニーシャ・エゴロワが続く。
「我が国もお嬢様に賭けています。チップは出させていただきます」
しっかり食べた岡崎祐一が立ち上がって独り言を言う。
「華僑連中には俺の方から話しておくんで、方舟の一般市民はできるだけ巻き込まないようにする。
それと閉鎖時の宿泊先は桂華ホテルをはじめとする桂華グループで食事つきで受け入れる。
あと、退路が無くなったら彼らの船で逃げられるように手配する」
残った若宮友里恵が立ち去る前に口を開いた。
「当日、何かの為に東京湾に護衛艦を浮かべておきます。
うまく使ってください」
かくして、残った二人に橘隆二が声をかけた。
「道暗寺男爵はそのままでは風邪をひくでしょう。
着替えはこちらで用意してあります。
あと、小野警視のお雇いの方に経費として支払うので、マスターデータを出してほしいと伝えてください」
「これが闇の宴か……」
「まだかわいいものですよ。これ。段取り私がしましたので」
帰り道のタクシーの中、何とも言えない小野警視のぼやきにいけしゃーしゃーと突っ込む道暗寺警視の姿に運転手の近藤俊作は無言で運転する事を選んだ。
目黒明王院竜宮城の豪華なお土産を前にして、道暗寺警視のとんでもない作戦に近藤俊作と愛夜ソフィアの二人が発狂する数十分前の事である。
このやり口はルパン三世『カリオストロの城』のあれである。