道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 道暗寺晴道 その5 中編
終わらない……
闇の宴はこれからが本番である。
一同が愛夜ソフィアの報告書を読んだ上で話が闇の部分に入る。
「まず、この情報の信憑性ですが、インテリジェンス・コミュニティーで確認を取った所、NSA。アメリカ国家安全保障局が存在を認めました」
とても苦々しそうな顔でエヴァ・シャロンが存在を認める。
なお、お嬢様がらみで米国情報機関は現在大粛清の最中であり、さらに出てきたこの一件で被害がどこまで広がるか分からない有様になっているのだが、それはこの場の話とは関係がないのでエヴァは話を続ける。
「この件になぜNSAが絡んでいるのかと申しますと、彼らの任務に『核戦争に備える事』というのがあります。
豊原地下都市は世界初の対核戦争対応都市でした。
ですので、NSAが情報収集の他にその対核戦争対応都市の攻撃手段を模索していたのは任務の中に入っているというのが彼らの主張です」
まったくその主張を肯定していない口調でエヴァ・シャロンが言い切る。
これでテロが発生して、その仕掛けが米国情報機関が作ったものだとバラされようものならば、日米関係は完全にぶっ飛ぶ事になる。
かといって、ここでテロ警戒で式典を中止したら『テロに屈した』と野党から叩かれる事になり、年金問題で落とした支持率が回復しきっていない恋住政権は夏の参議院選挙を乗り切れない可能性が出てくる。
野党は自衛隊のイラク出兵を批判しているので、野党勝利はイラク撤兵を求めるし、それはイラク前大統領逮捕で沸くイラク情勢の悪化に繋がり、秋の大統領選挙にて大統領再選ができない事を意味していた。
「これはあくまで私の独り言です。
この件でテロが現実のものになった場合、我が国は完全に詰んでいました」
知った途端にしばらくNSAに罵詈雑言を吐き続けたエヴァの口調には諦めが見える。
なお、彼女たちも仕事はしていたのだ。だから次の言葉はこういう報告になる。
「ウォール街のファンド及びそのファンドマネージャーに非公式の協力要請を出しています。
取引については口を挟まないが、その資金源については吐けという脅しをかけて、テロ発生に賭けていた連中の洗い出しに努めている所です。
少なくとも、見える所でテロが起こる方に賭ける馬鹿は抑え込めているはずです」
もちろん、強欲の悪魔たるウォール街の連中がそんな要請を真に受ける訳もないが、見えない所に賭けるという事は隠すという無理が発生し、その無理がテロ組織に支援する場合の足跡になる。
結果、少なくとも米国からのテロの動きは抑え込めていたのである。
まさか、四半世紀以上前の亡霊がコツコツと作っていたテロ計画が成功しかかっているなんて思う訳もなく。
「今度は私から。
小野警視が名付けた振付師ですが、現在に至るまでその存在を確認できていません」
本来ならエヴァの失態に『ざまぁ』の笑みを見せたいアニーシャだが、彼女の方も表情が暗い。
何しろ、振付師の潜んでいた場所が、ベトナム戦争から続く旧東側の武器流通ルートだったのだから。
「ご存じと思いますが、旧北日本政府の交易は東南アジア諸国に武器を売り、その代金に麻薬をもらい、それをソ連を始めとする東側諸国に流しつつそれらの代金に偽札を使いマネーロンダリングにて膨らませるというものでした。
この振付師こと七篠源平ですが、住所及び経歴が一切不明。
ですが、入出国審査の方に記録がありまして、ソ連及びロシアと樺太の間を往復しています。
我々は彼を、旧北日本政府の非公然活動要員の一人だと考えています」
「?
たしか、この振付師は日本国内に潜んだ帝都警の信奉者じゃなかったのか?」
口を挟んだ小野警視にアニーシャが補足説明をする。
彼女もエヴァ同様に目の前の料理に手をつけていなかった。
「ええ。だから、その非公然活動要員の戸籍を彼が買ったんですよ。
自分の経歴を消した上に、この七篠源平という誰かに己の活動記録を移して、自分を完全に消し去る。ロシアと樺太の往復なんて経歴ロンダリング以外の何物でもないですからね」
ここで若宮友里恵が口を挟む。
国内に潜んでいただろう振付師の動向を探ってもらったのである。
「振付師ですが、彼が『スーパーJ』を保有していた事から、多分そのあたりのヤクザの幹部という事であたりをつけて調査しました。
該当者が居たのですが……その組長は90年代後半の暴力団同士の抗争に巻き込まれて射殺されています。
国内において『スーパーJ』がらみの事件はそこで途絶えました。今回までは」
岡崎祐一の顔が興味深そうに聞き入り、料理の手が止まる。
彼は、お嬢様のグレートゲームにヤクザの影がちらつく事を知っていたからである。
「この振付師が現在までわかっているだろう取引でつぎ込んだ偽札の数は、三億円を超えます。
その組の金庫番及び、若頭などの幹部も調査をした結果、該当者が一人見つかりました。
それがこの人物です」
実に特徴のない顔と樺太出身経歴・履歴の男の名前は、篠平源七。七篠源平のアナグラムである。
多分、この顔も本物ではないのだろうと皆が思った。
「なお、彼も半年前に自殺しています。
関係者に話を聞こうとしましたが、組は解散し、構成員は散り散り。
この暴力団のシマはバブルの再開発とその崩壊で完全に別物になり、覚えている人すら居ません」
コトンとお椀を置いた音が思ったより部屋の中で大きく響いた。
それをした岡崎祐一は間を取りつつ、彼の掴んだ話を披露する。
「この『スーパーJ』、一番流通していたのが華僑の裏社会なんだ。
ここで話題の振付師、華僑のご老人は覚えていたみたいで、こんな話を披露してくれたよ」
月光でも浴びるならば影が出る。
隠してきた振付師の姿は、その闇の中からしっぽを見せた。
「安保闘争華やかなりし頃、過激派の一部が武装蜂起を企み、北日本政府と接触した。
その資金源として北日本政府の武器流通システムが使われたが、それを管理する人間は当たり前だが頭がよくなければならない。
『革命はインテリが起こす』とはよく言ったものですな。
その過激派の頭目は華族だったそうですよ」
「!?」
小野警視は隣の道暗寺警視の方を向くが、彼は優雅に料理を堪能していた。
肝が据わっているのか、華族はそうあるべしと躾けられてきたのか。
「そうですね。
その話は私も知っていますが、それだと振付師の歳が合わない。
だからもう一つひねるべきでしょう」
ここまで引っ張って、出てきたのは二時間サスペンスドラマによくある血縁のもつれ。
それでも、やっと捕まえた振付師のしっぽを道暗寺警視はあっさりと握った。
「彼はこれまで経歴を全部作っています。
つまり、彼は最初からその手の経歴を与えられなかった人間なんですよ」
皆の注目を浴びつつも道暗寺警視は雅なしぐさを崩さずに、振付師の正体を告げた。
「つまり、彼は華族の妾の子なんですよ」
革命はいつもインテリが起こす
『逆襲のシャア』のアムロ・レイ。
正しくは「革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるからいつも過激な事しかやらない」。
『閃光のハサウェイ』を見てから、このあたりのガンダム熱も話の中に入っていたり。