道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 道暗寺晴道 その5 前編
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近年放送された刑事ドラマにて現場の刑事はこんな言葉を叫んだ。
「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」
それに対してその刑事の上司だった女性はこう切り返した。
「事件は会議室で起きているの」
どこにでもある組織の縮図だが、日本の場合もう一言必要なのだろう。
「事件は夜の料亭にて始まる」
つまるところ、終わりの始まりが小野健一警視の目の前で行われようとしていた。
「目黒明王院竜宮城……高いんだろうなぁ……」
近藤俊作の運転するタクシーから降りた小野警視に続いて、道暗寺晴道警視が慣れた感じで降りて入り口に向かう。
声がかけられたのはそんな時だった。
「小野の旦那。珍しい所で出会いますね」
「聞屋かよ。
たしかデスクに上がったんだろう?
お前も現場で張り込む年じゃないだろうに」
いい年をした新聞記者風の男が若い記者を連れて声をかける。
かつて警察記者クラブの記者だった縁から、小野と彼は持ちつ持たれつの関係が続き、今ではデスクに出世したやり手である。
互いに懐かしそうな声を出しているのに、双方の目は一切笑っていなかった。
「何って仕事に決まっているじゃないですか。
中で遊びたいとは思っていますけど、俺たちみたいな人間をここは入れてくれないんですよ。
麴町警察署副署長ともなるといい所で遊ばれますな」
「あいにく俺もここに入れる身分じゃなくてな。
そっちの道暗寺男爵にお呼ばれされたのさ」
「うらやましいですな。俺との席は屋台のラーメンだったのに高級料亭とは、小野の旦那も変わってしまったんですなぁ……」
わざとムカつかせるのは聞屋の基本スキルでしかない。
それでネタがポロリと出たならば儲けものというやり取りも懐かしくなって小野警視が苦笑する。
「わかった。わかった。
注文ついでに何か届けさせるよ。
……何社いる?」
「大手全部に週刊誌が二社。テレビは来ていませんが、スタンバイはしているみたいですよ。
何しろ泉川副総理と岩沢都知事が副知事を連れて予定をキャンセルしての宴席だ。
で、張り込んでいたら橘桂華鉄道会長にお嬢様係のあんただ。
何があるんです?」
こういう時に答えないという選択もない訳ではないが、持ちつ持たれつの関係の上、彼をわざわざ出して小野警視に声をかけるマナーというか記者連中の付き合いに敬意を表して、当たらずとも遠からずの言葉を小野警視は口にした。
「そのお嬢様がらみだよ。
桂華金融ホールディングス上場式典後の九段下のダンスにこの間の一億円騒ぎだ。
という訳で、俺が頭を下げに来たという訳だ。
えらくなんてなるもんじゃないよ。まったく」
「そりゃご愁傷様で。
うちも、政治部が『政局か!?』と騒ぎ、経済部が『富嶽放送の競売がらみで圧力をかけたか!?』と狼狽え、国際部が『米国とロシア経由で何か動きが!?』なんて騒めいたからこの歳でここで張り込みですよ。
腹を切る訳じゃないですよね?」
「ありがたい事に、今の警察は切る腹が不足していてな。
成田空港テロ未遂事件で大粛清を食らったばかりで、俺の腹だけでなくキャリアの誰かにも傷がつくんで頑張ってくれという上からのありがたいお言葉をもらってな。
嫌がらせに頭を丸めてやろうかと」
「ただでさえ薄い毛を剃っても誰も喜びませんて。
育毛剤送りましょうか?」
「『警察と記者の癒着。その発覚は育毛剤!?』なんて記事で世間を騒がせたくはないよ。
おでんを鍋で届けてもらうから張り込み頑張ってくれ」
「あ。金は出すんで熱燗をつけていただけると嬉しいかなと」
「図々しい奴だな。わかった。伝えておくよ」
そんなやり取りの後小野警視は目黒明王院竜宮城に入る。
先に入っていた道暗寺警視が呆れ声を出した。
「あなたも人がいいですね。
もうそんなご時世じゃないでしょうに」
「一人で帝都警の残党を追っかけていたら、どうしても外の情報が必要になってな。
そして、それを使ってもある一定の闇からまったく先に進めなかったんだ。
俺には、この華やかな料亭が伏魔殿に見えるよ」
「ようこそ。こちらの世界へ。
では、闇の宴を堪能しましょうか」
道暗寺警視が華族がかった仕草で女将に案内を頼むと、迷宮のような中を進み豪華な一室にたどり着く。
「遅くなりました」
「先にやらせてもらっている。
外の連中にも橘さん名義で料理が届いている頃だろう」
道暗寺警視の挨拶に部屋の中央に居た泉川副総理が億劫そうな声で返事をした。
岩沢都知事に隣の副知事、橘隆二桂華鉄道会長に、スーツ姿のエヴァ・シャロンとアニーシャ・エゴロワが端の方に控えており、その隣で岡崎祐一ムーンライトファンド統括が料理と酒を堪能していた。
若宮友里恵内閣情報調査室主任解析官は席に座っているが、料理には手をつけていない。
政府と桂華グループの緊急会合にマスコミ各社が色めき立つのもさもありなんと思いながら、二人は空いていた席に座った。
話題はもちろん、愛夜ソフィアが見つけた米軍が冷戦時に豊原地下都市を攻撃しようとした際の計画案である。
近藤俊作から小野警視経由で道暗寺警視と橘桂華鉄道会長に情報が流れ、それが本物であると米国本土情報機関が大騒ぎになっている中、小野警視が持ってきたレポートを読み終わった一同の顔が真っ青になっている。
「これ、今からでも冗談にならないかな?」
泉川副総理が乾いた笑いを浮かべながら感想を述べた。
もちろん、冗談にできる訳もなく、彼らは決断を迫られる事になる。
「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」
「事件は会議室で起きているの」
『踊る大捜査線』。上が青島俊作で下が沖田仁美管理官。
この人、あれだけやらかして警視長まで上がっているのは、絶対大粛清の結果だと思っている。
「事件は夜の料亭にて始まる」
どこかで聞いた事があるはずなのだが……ロッキード事件がらみかなぁ?
情報を求む。
記者クラブ
行政組織内部だけでなく事件がらみで警察内部にもこういう記者クラブが作られる事がある。
このあたりの記者と警察の関係をうまく使っていたのが『京都迷宮案内』だと思っている。