道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 神奈水樹 その3
『機動警察パトレイバー the Movie』は神映画。
最初見た時、「あの終わりなのか!?」と唖然としたが、今になってその凄さが分かる。
特に後半の流れはストーリーラインが秀逸過ぎて……
「あ。ソフィアさんだ」
「なぁんだ。水樹ちゃんか。
よくここが分かったわね」
帝都学習館学園中央図書館のあまり使われていない閲覧室にて、神奈水樹の声に顔を上げた愛夜ソフィアはノートパソコンを再度開く。
その線が検索用のパソコンの下にあったLANポートに挿さっていたのを気にしない神奈水樹は愛夜ソフィアの隣に座る。
「最近ここに来ているの聞いていたし。
あとは館長さんに聞いたらここだって」
「何であの人は本だけじゃなくて、ここに入っている人の出入りまでわかるのかしら……ちょっとやばいものが送られてきたからここで開けているのよ」
「やばいもの?」
神奈水樹の口の堅さを知っている愛夜ソフィアは、一度周囲を確認してからそのやばいものを口にした。
ノートパソコンには、そのやばいものの地図が映っている。
「米軍が冷戦時に豊原地下都市を攻撃しようとした際の計画案」
彼女の知り合いのハッカーが米国情報機関から奪ってきたガチのやばい物で、これは経費で落とせないと愛夜ソフィアが頭を抱えたやつである。
あまりにやばいからこうしてここから見ているのだが、そのやばさは神奈水樹にはよく伝わっていなかった。
「あの街は冷戦末期に急拡張されたんだけど、建設には日本のゼネコンが関わっていて、その設計に米国情報機関が圧力を加えたのよね。
その趣旨に北日本政府側も気づいたけど、治安悪化を理由にそれを採用したらしいの。
で、ここからが問題。
このシステム、そんな背景があったなんて知らずに使われ続けて、今の新宿ジオフロントにも使われているのよね……」
北日本政府は既に無く、ゼネコンの現場社員も上に行ったかリストラされたかで消え、日々莫大なトップシークレットを生み出し続けている米国情報機関はこの資料を機密フォルダーに入れたまま政権交代で引き継いだためその存在すら認識せず。
そんな米国情報機関相手に遊んでいたハッカーの一人が、新宿ジオフロントがらみで大金をばら撒いていた愛夜ソフィアに接触してきた幸運と、自腹でこれを買った不運を愛夜ソフィアは顔に出さずに神奈水樹にもわかる言葉で説明をする。
「部屋にゴキブリが居たとするでしょう?」
「うん」
「あれを退治するために部屋を閉めて、煙の出る殺虫剤で」
「あー」
そこまで言えば神奈水樹でもわかる。
ゴキブリの所を人間に置き換えればいいのだから。
「で、殺虫剤を撒いた人が中に居たらゴキブリと一緒に死んじゃうでしょう?」
「普通は部屋を出ますね」
「そう。だからこのシステムは外部から起動できるのよ。多分それを受け継いだ新宿ジオフロントでも」
「え?」
元は米国が豊原地下都市を攻略する為の仕掛けだが、当時の北日本政府は大量の難民を抱えて急激な治安悪化に悩まされており、政府首脳部は革命やクーデターを極度に恐れていた。
その為、最悪当時の豊原地下都市およそ二千万人を殲滅しかねないこのシステムを分かって導入したという米国情報機関のレポートもつけられていたのだが、それは神奈水樹に見せる事は無かった。
「新宿ジオフロントの危機管理システムってとにかく火災を恐れているのだけど、その消火システムについてはメインコントロールルームとサブコントロールルームの他に、都庁の危機管理センターでも操作できるようになっているのよ」
おそらく最下層の廃棄物処理区画でテロなりで爆発か火災が発生。
その消火システムに細工をして、全区画に消火剤をまき散らして酸欠というのがテロの全貌だろうと愛夜ソフィアは目星をつけていた。
「問題なのは、どうやって最下層区画で火災を発生させるかなのよね」
警備関係者も馬鹿ではない。
このあたりはしっかり考慮して警備計画は作られているはすだ。
神奈水樹がよくわからない顔で質問する。
「何が問題なんです?」
「このシステムは、エマージェンシーモードにならないと作動しないのよ。
つまり、火災が発生しないと消火剤を撒けない訳。
だから先に、なんらかの災害が発生して、エマージェンシーモードに切り替わらないと……そのトリガーである災害の発生手段が分からないのよ」
愛夜ソフィアが椅子にもたれてぼやく。
近藤俊作の言ったテロのプライベーターと比べて、愛夜ソフィアは所詮ITバブルに乗った娼婦上がりである。
神奈水樹は何も分からないからこそ、あっさりと愛夜ソフィアが見逃した盲点を指摘した。
「え?
災害が発生すれば都庁の危機管理センターがエマージェンシーモードに切り替わるんでしょう?」
「っ!?」
ガバっと起き上がった愛夜ソフィアが猛然とパソコンを操作する。
そうだ。都庁の危機管理センターからハッキングすれば、エマージェンシーモードを利用して新宿ジオフロント全域に消火剤をバラ撒けるのだ。
そこで愛夜ソフィアの手が止まる。
「東京は広いわよ」
「ですよねー」
何処でも災害が起こせるという事は、今度は無限の可能性が待っている。
手が出せない金庫の宝石から砂漠の中に落とした宝石を拾うのに変わったところで、実は難易度は変わっていないと気づいたのだ。
「水樹ちゃん。
貴方が犯人なら、何処で災害を起こす?」
「推理小説なら、犯人の知っている所。都庁の危機管理センターが立ち上がる大災害が発生する事。逃げやすい場所で、ついでに映画だと絵になるような場所って所とか?」
「そんな都合の良い場所が……っ!?」
愛夜ソフィアはまた猛然とパソコンを操作する。
そして映し出されたホームページは東京湾洋上都市建設機構。
独立行政法人で政府及び『東京湾に隣接する自治体』が参加している。
二級市民問題は新宿ジオフロントにも絡んでおり、災害発生時の取り決めにて指揮管理のしやすさから都庁の危機管理センターが立ち上がる事が記載されていた。
「方舟都市か……盲点だったわ。
振付師の奴、木更津方舟を沈めるつもりよ」
感想にて『パトレイバーの後藤さんみたい』の声があったので、『機動警察パトレイバー the Movie』を見なおしてクライマックスまでの流れを一気に決める私(笑)
もちろん、ここの話は篠原遊馬とシバシゲオの会話のオマージュである。
仕掛けの元ネタ
実は『スターウォーズ』のデス・スターだったりする。
一撃でボカンはねーわと思っていたが、『ローグワン』で意図的に作られた仕掛けに変更されてその手があったかと。
上がりと崩れ
傭兵上がりとかヤクザ崩れとかで使われるが、ちゃんとした言葉の定義がいまいちわからなかった。
一応『上がり』は良い意味合いで、『崩れ』は悪い意味合いで使われる事が多い。
私がこの言葉を知ったのはろくごまるに先生の『封仙娘娘追宝録』(富士見ファンタジア文庫)で『兵士上がり』と『兵士崩れ』を使っていた。