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道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 近藤俊作 その3

 人というのは仕事に追われていても三大欲求というものはある訳で。

 新宿ジオフロント完成式典が近づく中、やることはやった近藤俊作と愛夜ソフィアのピロートークも必然的にその話題になる。


「ああ。そうか。

 それなら、筋は通るな」


 裸でタバコをふかしながら賢者タイム中の近藤俊作が何を思いついたらしく、元ラブホテルという間取りからシャワーを浴びている愛夜ソフィアにもその声は届いた。


「何か思いついたみたいだけど、何?」


「いや、今の仕事の振付師。

 あいつ、プロじゃないなと思ってな」


「はい!?

 警察だけでなく、日米露三国の諜報関係者をきりきり舞いさせている男がプロじゃないとしたら何なのよ!?」


 愛夜ソフィアは話しながらもシャワーを止める気がないのは、彼の賢者タイムがあけたらもう一回戦という考えだったりするが、とうの近藤俊作はその賢者タイムで推理に没頭していた。


「そこだよ。

 プロならばいちばん大事な、リスク管理の所がめちゃくちゃじゃないか」


 ガラス越しに愛夜ソフィアの顔が真顔になったのを確認しつつ、近藤俊作は自らに言い聞かせるように考えをつぶやく。


「そうかしら?

 2001年の同時多発テロからこの手のテロは幾度となく発生してきたじゃない?」


「おやっさんたちはこの犯人を『振付師』と名付けたけど、おそらくそれは正しいんだ。

 じゃあ、こいつはテロを起こす際に誰を振り付けるんだ?」


 愛夜ソフィアの手が止まり、シャワーの音だけが響く。

 これだけの手並みを見せた犯人が、本番の新宿ジオフロントで自らテロを働くとは思えなかった。

 そうなると、九段下での馬鹿騒ぎが別のものに見えてくる。


「多分、奴にとって新宿ジオフロントの式典参加者全員が駒なんだ。

 それをするだけの仕掛けを奴は考えているんじゃないかな」


 シャワーが止まり、バスタオルで体を拭いている愛夜ソフィアが声を出す。

 ガラス越しの彼女の裸は午後二時の太陽のような艶やかさがあった。


「考えすぎじゃない?

 正直、仕掛けも手並みも国家機関が絡んでいるんじゃないかって疑いたくなるような手並よ」


「その手並なのに、国家機関の声がおやっさんの耳に入っていないのはどうしてだと思う?

 この間来た道暗寺さんや若宮さんはおやっさんより確実に上の人間で、それぞれ国家機関にアクセスできるタイプの人達だぞ。

 そして、俺達の依頼主を思い出せ。

 桂華院瑠奈公爵令嬢。

 米国大統領のお友達で、泉川副総理の強力なスポンサーで、ロシアに絶大な影響力を持つロマノフ家の血を引くお嬢様だぞ。

 そんなお嬢様がおやっさんの執念に賭けている事自体が証拠みたいなものさ」


 探偵たるもの、依頼に真摯である為に、クライアントの情報の裏とりも忘れない。

 シャワー室で体を拭いている愛夜ソフィアは、道暗寺晴道が男爵家当主という華族であり、若宮友里恵が自衛隊から出向してきた内閣情報調査室主任解析官である事を調べていた。


「そういえば、ハッカー連中の情報でもそのあたりの動きが鈍かったわね。

 ロシアはチェチェン紛争で臨戦態勢。アメリカはイラク前大統領逮捕でお祭り騒ぎ。

 この国だけが宙に浮いている感じ」


 バスローブを羽織って愛夜ソフィアがシャワー室から出でくる。

 少し不機嫌そうなのは、シャワーを浴びながら続きをというアピールを無視された事なのだが、真面目な話だけに拗ねることもできずに冷蔵庫から缶ビールを2つ取り出してベッドに戻る。


「そりゃ、ここで仕掛けたら日・米・露の三国を敵に回すようなものだ。

 それを良しとする狂信者のテロリストも居ない訳ではないが、それでもこの国はリスクが高すぎる。

 ついでに、中東・欧州・米国とまだリスクの低いところでテロを起こした方が成功しやすい。

 成田空港テロ未遂事件がいい例だ」


 指先で燃え尽きたタバコを灰皿に押しつける。新たなタバコに火を付けるも、吸うことなくその煙を眺めつつ近藤俊作は推理を続ける。


「あれの何がいい例なのよ?」


「テロリストは籠城したが自衛隊が戦車を持ち出して降伏。

 あのお嬢様に迫ったのは自爆要員の子供だったじゃないか。

 上は馬鹿じゃない。その上で再度この国でテロを起こす時点でプロとしてリスク管理ができていない」


 近藤俊作はタバコをもみ消して愛夜ソフィアから缶ビールを受け取るが、蓋も開げずにつぶやき続ける。

 愛夜ソフィアは近藤俊作の隣で缶ビールを飲みながら、彼の推理を邪魔しないようにした。


「振付師の面白い所は、自分自身はプロじゃないくせに、要所要所はプロを雇っているって所だ」


「……ごめん。

 ちょっと意味がわかんない」


 風呂上がりのビールという麻薬に思考能力が低下した愛夜ソフィアのバスローブからはだけた胸をちらりと見ながら、近藤俊作はニヤリと笑った。


「これだけの仕掛けをしながら、協力者が九段下に突っ込もうとした馬鹿しか見つかっていないだろう?

 協力者がプロだからだろうよ」


「さっき、自分の口でリスク管理云々言っていなかった?」


「言ったさ。

 この話、最大の肝はそこだからな」


 近藤俊作は缶ビールをテーブルに置いてぼやく。

 なお、愛夜ソフィアから見て、その振付師を語る顔はとてもいい笑顔だった。


「言ったろ。

 このテロに関与すれば、日米露のその筋を敵に回す。

 だから、敵に回さないようにリスクを下げてプロに振り付けたんだ。

 たとえば、運び屋に大金を掴ませて『この荷物を木更津方舟から新宿に中を見ずに運べ』とね。

 こうすればプロは『運んだだけ』と言いのがれられるし、多額の金がプロの口を閉ざさせる」


 名は体を現す。

 振付師が多くのプロにリスクを減らした上で頼み込んだ複数の依頼は、新宿ジオフロントを中心に寄木細工のような精緻なテロ計画となって現れようとしていた。

 犯人の事を知りたければ、自分が犯人になればいい。

 近藤俊作は、深淵に手をのばす。


「おやっさんの言った信奉者。

 あれは飼い主が戻らないのに待ち続ける犬みたいなものさ。

 主人が戻ってきて、一緒に帰ることを夢見続けて四半世紀以上。

 その夢は現実以上の夢だからこそ、その実現に惜しげもなくプロを雇ったのさ。

 プロじゃないが、アマチュアとは呼びたくない……」


 彼の声が途切れたのは、バスローブを脱いだ愛夜ソフィアが抱きしめたからである。

 茶化して酔ったふりをしながらも、彼女の目は酔っていなかった。


「こら。

 そんな深淵より貴方は見るものがあるでしょう?

 ここにかわいくて、えっちな新婚の奥さんがいるんだぞ!」


「はいはい。

 今日は寝かせませんよっと……」


 そんな事を言いながら探偵から男に戻った近藤俊作を受け入れつつ、愛夜ソフィアは彼の最後の言葉をしっかりと耳に刻んでいた。



(……きっと、振付師の事をプライベーターって呼ぶべきなんだろうな……)

午後二時の太陽

『P.A.』(赤石路代 小学館フラワーコミックス)の永沢さゆり。

 彼女が事故で女優絶望となった時の表現の一つ。


プライベーター

『湾岸ミッドナイト』(楠みちはる 講談社ヤンマガKCスペシャル)の城島編の林とか。

 

 実はこの話は、この2つの言葉が使いたくて作り上げた。

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