道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 神奈水樹 その2
「あ。三田さん。こっち。こっち」
外資系高級ホテルの入り口の前で手をあげて三田守が運転するワゴン車の後部座席に手を振って乗り込んだのは神奈水樹。
つやつやてかてかで風呂上がりのシャンプーの香りが車内に広がる。
「はいはい。神奈のビルでいいですね」
「おねがいしまーす」
風俗業界の送迎において、運転手と女の子は基本会話をしないのが業界のマナーである。
仲良くなってトラブルというのがとても多いからだ。
じゃあなんで三田守が神奈水樹の送迎をやっているかというと、普通ではないからだろう。神奈水樹はもちろん三田守も。
三田守は基本真面目系クズである。
この手のクズは保身を考える頭があるので、神奈水樹と遊ぶリターンよりもトラブルになって野垂れ死ぬリスクを考えてしまうのだ。
その為、神奈水樹を始めとしたネットカフェ店員の『自由恋愛』の送迎において、話はするが手を出さないというラインを厳守していた。
「そういえば、三田さんは千春さんと今度いつ遊ぶんだっけ?」
「何でそれを水樹ちゃんが聞くの?」
「一緒に遊ぼうかなぁって」
「それ、ソフィアさんにチクるけど?」
「横暴だぁ!!」
まぁ、女遊びの最初に幸運かつ不幸にも北都千春という最高級の女を食べてしまった不幸と言うか。
そのあたりで女の子たちを見てしまうから三田守は真面目系クズなのである。
「だって、最近みんなネットカフェに居ないじゃない!
つまんなーい!!」
「水樹ちゃんが持ってきた依頼でみんなキリキリ舞いなんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ」
新宿ジオフロント完成式典が近づき、近藤俊作はタクシーではなく探偵として都内を動き、愛夜ソフィアは自分の部屋に籠ってハッカーたちから情報をかき集める。
元々新宿ジオフロントの警備員であるゲオルギー・リジコフはなかなかネットカフェに顔を出さず、神奈水樹の相手は三田守が必然的にするようになっていた。
「ちなみに、水樹ちゃんの恋人もわざわざ探し出したんだよ。あの二人」
「え!?
なんで教えてくれないのよ!
デートに誘うのに!!」
(それをさせたくなったからじゃないかなぁ……)
思ったことを口に出さない程度のトーク力もこの送迎での女の子たちとの会話で身に着けた男。三田守。
本人は気づいていないが、歌舞伎町あたりの裏方なら即転職できる程度のスキルが身に付きつつあるのにまったく気づいてない。
なお、周囲はそれに気づいているのに言うつもりはない。だって便利だし。
「まぁ、見つけたのは見つけたんだよ。
ここからがホラーでね」
「ホラー?」
首をかしげながらもそっちの話かとスイッチが入る神奈水樹。
だが、三田守の口から出てきたのはオカルトよりたちが悪い人の業だった。
「ほら。水樹ちゃんがその男と泊まったホテルってケーカ支払だったでしょ?
そのケーカの名前って『七篠源平』って名前だったんだっんだよ」
なお、この話は小野副署長が有休を消費して近藤俊作と足で稼いだ情報である。
もちろん捜査漏洩になるのだが、そのあたり神奈水樹と三田守は意識せずに車内の雑談として消費していた。
「七篠さんかぁ」
「うん。
これ、読み方を変えてみようか」
「読み方?
『しち』を『なな』って……あーーーーーーっ!!!!!」
車内で大声をあげる神奈水樹の声に耳を抑えながら三田守は苦笑する。
なお、近藤俊作に教えられた時に彼も同じ声をあげた。
「『ななしのごんべい』。
ここまで露骨な偽名だけど、ケーカ支払いでケーカの身分保障データが宿帳代わりのパソコンにそのまま記載される上に、ホテルも客も互いに顔を見たくないから通ってしまうんだよ。
で、この話、続きがあってね……」
ここからが、この話の真骨頂である。
人という業の深さを三田守はこの話で思い知ったのだから。
「……死んでいるんだよ。
この人。半年前に、刑務所で」
「え!?」
「小野副署長が警察のデータで確認したから間違いないと思う。
七篠源平。84歳。住所不定。無職。
樺太銀行マネーロンダリング事件に絡んで逮捕。収監されて豊原地下刑務所内で死亡。
死因は老衰だったそうだよ」
なお、三田守には言っていないが、この七篠源平自体が上の人間を守るためのスケープゴートだという事まで小野副署長は掴んでいた。
何しろ、樺太管内でのマネーロンダリング事件の逮捕者の中には、七篠源平みたいな名前の奴がゴロゴロ居たのだから。
小野副署長の飲み友達である前藤正一樺太道警監察官が樺太に居る理由の一つがこれであり、この手の偽装が内部犯でないとできないという事で、未だ樺太道警の中は粛正の嵐が吹き荒れていた。
「じゃあ、私、幽霊に抱かれたの?」
「水樹ちゃんだったらありそうなのが困るんだけどね。
はい。到着」
「ありがとう。はい。これ」
降りる前に神奈水樹が三田守に手渡すのがケーカのマネーカード。
既に何度かもらっているので、このカードのチャージ金額がMAXの十万円である事を三田守は知っていた。
「これ、近藤さんやソフィアさんが『もらっていい』って言うからもらっているけど、いいのかなぁ?」
「いいんじゃない?
神奈は送迎運転手にお礼をするのが決まりなの。
以前は札束の入った封筒を手渡ししていたんだから」
なお、神奈一門は占い師集団兼高級娼婦集団の他に、諜報集団としての側面を持つ。
神奈一門の情報収集は体を用いたハニートラップの他に、こういう周辺に金をばら撒いての買収がお家芸だった。
「で、三田さん。そのマネーカード、見た事ないかな?」
いたずらっぽく笑う神奈水樹の顔を見ても分からない三田守が首をかしげる。
ごく普通のマネーカードにしか見えないと思って裏面を見たら、そこにマジックでメッセージが。
『たしかに占いは時価だけど、こういう味気ないものをそのまま持ってこない事! by北都千春』
絶句する三田守の顔を見て大爆笑する神奈水樹。
三田守の真面目系クズ脱却の道はまだまだ遠そうである。
外資系高級ホテル
建設ラッシュが始まったのが2000年代で、これは小泉政権の不良債権処理と都市再生特別措置法による再開発がきっかけになっていたりする。
七篠源平
散々この話が押井守監督作品のオマージュというのは言っていると思うが、その中で私が犯人として一番の勝ち組と憧れたのが『機動警察パトレイバー the Movie』の帆場暎一である。
とはいえ、時世に合わせて『交渉人 真下正義』の方に寄せていたりする。
マネーカード
元ネタは『とある科学の超電磁砲』。
身分証明なしのプリペイドカードなのだが、桂華グループ全店で使用可能なので実質的通貨に利用できる。チャージ可能。
占いは時価
占いという名前の自由恋愛のデート代金。
高級娼婦としての神奈一門はこういう形でお金をもらっているが、金額が高いのでカード支払いが基本出来ず、現金一括で遊べるセレブは銀行口座に直接入金する訳で。