道化遊戯 正義の傀儡のバラッド 道暗寺晴道 その4
鶯谷の元ラブホテルを転用したネットカフェという場所に場違いと思いながら道暗寺晴道は入る。
彼が最後らしく、待ち合わせの小野健一と若宮友里恵は入り口近くのオープンスペースで備え付けの新聞を片手にコーヒーを堪能するふりをしている。
なお、二人というか道暗寺晴道も目はまったく笑っていない。
店員である愛夜ソフィアと近藤俊作が臨時休業の札をつけて入り口を閉める。
「もう少しまともな所はなかったんですか?」
「ここが一番マトモでね。
何しろ、桂華の北樺警備保障が掃除をしたからな」
「あの店員は?」
「俺の知り合い。ついでにお嬢様からテロ阻止を依頼された哀れな犠牲者だよ」
「「……ああ。かわいそうに」」
近藤俊作の説明で図らずとも揃ってしまった道暗寺晴道と若宮友里恵の声に、愛夜ソフィアは不満げな表情を浮かべる。当事者なのに思わず吹き出してしまった近藤俊作は愛夜ソフィアに足を踏まれるのだが、それはこの三人には関係がないので愛夜ソフィアが持ってきたコーヒーを手にとって道暗寺晴道は本題に入る。
「九段下の騒動。処分はなしになったんですか?」
「ああ。俺が署長からお小言を言われただけで処分はなし。
新潟県警が馬鹿を捕まえたのと、『スーパーJ』が出てきたのだから上は面子を保ったという訳だ」
「官僚組織は減点主義ですからねぇ……」
旧北日本政府の武器弾薬庫から武器を持ち出した馬鹿は最高級と謳われた北日本政府の偽札『スーパーJ』と共に逮捕されて、ニュースを賑わせていた。
馬鹿が持ち出した対戦車地雷が行方不明になっている上に、それが新宿ジオフロントのテロに使われる懸念については捜査中という名目でいまだ明かされる事もなく現場が泥をかぶる形になった。
とはいえ、その泥を麹町署副署長である小野健一警視がかぶった事で桂華まで炎上しかねないと察した警察上層部はそれ以上の追求はしなかった。
多分彼らなりの温情なのだろう。
「で、あの騒ぎで分かったことがいくつかあります。
振付師。何もわからないのでお二人がつけたあだ名で呼びますが、彼が『スーパーJ』を持っていたというのはかなり大きなヒントでした」
若宮友里恵は内閣情報調査室の情報を暴露する。
この間の小野健一警視が漏らした『お嬢様がテロを確信して出席する』情報のお礼という訳だ。
道暗寺晴道も同じくお礼を用意したので、こういう掃除済の場所が必要になったわけで。
「北日本政府の偽札製造は、北日本政府崩壊に伴ってその活動を停止しています。
ですが、その精巧さから裏社会では本物として扱われていました。
つまり、この国のアンダーグラウンドにおいて、まだ『スーパーJ』は流通しているんです」
なお、馬鹿が新潟県警につかまった理由は、切符を買うためにその偽札を自動販売機に通してしまったからだったりする。
窓口で買えばこんな失態はなかっただろうにと思うのと同時に、新潟までの切符は振付師が偽札と共に用意したものだという事も馬鹿たちの取り調べで判明していた。
「そして、その偽札を本物に変えるのがマネーロンダリングです」
「……樺太銀行か」
「そのとおりです。
現在、金融庁と共に反社会的勢力の樺太銀行の口座を洗っており、数日後にはリストができるでしょう」
若宮友里恵の説明を聞きながら小野健一がカレンダーを見る。
新宿ジオフロント完成式典より前とは言え、そのリストを元に湾岸を捜査するには時間が足りないと思ったがそれを口には出さなかった。
「こっちは、あの馬鹿騒ぎの裏を話しましょうか。
あれは樺太華族の最後の財宝だった北日本政府の武器保管庫というヤクザの武器流通システムを売った事による、ヤクザと樺太華族の仲違いにありました……」
道暗寺晴道のしたり顔の説明に聞いていた二人の顔はげんなりとする。
「上の動きがどうも遅かったのはこれが理由か」
「そうですよ。小野さん。
騒がれてこの裏取引まで表に出たら色々なものがぶっ飛ぶじゃないですか」
小野健一のぼやきに道暗寺晴道が軽口を叩く。
それでも、この二人からの情報は振付師の姿を薄っすらと浮かび上がらせたのである。
「振付師は北日本政府の偽札に絡んでいた」
「樺太華族がヤクザを売った事に気づけた。でないと、馬鹿を操れない」
道暗寺晴道の次に若宮友里恵が口を開き、それを吟味するように小野健一は刑事として口を開いた。
「あくまで勘だが、多分こいつは一人だ」
腕を組み、目を閉じながら口を開く小野健一に二人は口を挟まない。
呻くようにつぶやかれる言葉には、自分の刑事人生の賭けた重さがある。
「俺はずっとこいつを追っていた。
帝都警の信奉者だと思っている。
若宮さん。頼んでいた樺太から来た旧国家保安省治安維持警察関係者の動向は?」
「ええ。リストはこちらに。
結論から言えば、現在の時点で該当するような旧国家保安省治安維持警察関係者は見つかっておりません」
小野健一はゆっくりと目を開けた。
出てきた言葉に一気に老いを感じてしまう。
「……勘が外れたか。
俺も年をとったな……」
「おやっさん!待った!!」
不意に店員として聞こえない所に居た近藤俊作が叫びながら入る。
少なくとも彼はこの場に入る資格も意味もない。
けど、探偵として、彼は彼が見つけた真実を三人に向けて叫んだ。
「逆だ!
逆なんだよ!!おやっさん!
帝都警の信奉者が樺太からこっちに渡ってきたんじゃなくて、帝都警の信奉者がこっちに残ったまま逃げてきた樺太華族に接触したんだ!!
これだったら、説明がつく!!!」
道暗寺晴道が普段の雅さを忘れてつぶやく。
「ああ。本土在住者のヤクザが樺太華族に接触した……これは盲点だった!」
「樺太からの渡航者を洗っても出てこない訳です。
本土からの旅行者を洗い直します」
若宮友里恵の声も興奮を隠せない。
それを小野健一は苦笑して見ることしかできなかった。
「おい。聞いていただろう?
あれ、消しておけ。
馬鹿が。新婚が聞くには生々しすぎる内容だろうが」
帰り際、バツの悪そうな近藤俊作と愛夜ソフィアに小野健一は軽くげんこつをくれてやり、彼の目の前で盗聴データを消させる。
わざわざ危ない橋を渡ったこの新婚探偵夫婦はなんとしても守らないとなと決意しつつ、小野健一はネットカフェを後にした。