道化遊戯 正義の傀儡のバラッド ゲオルギー・リジコフ その3
近藤俊作から連絡を受けたゲオルギー・リジコフは新宿ジオフロントの地下駐車場で待ち合わせる事に。
完成記念式典前だが施設そのものは既に稼働しており、工事関係者や準備作業をする店舗関係者がここを利用していた。
「こっちだ……タクシーなのか?」
「仕事の途中だ。
ここに坊主がワゴン車を持ってくる事になっている。
テレビ見れるか?」
「警備詰所の休憩室にあるな。こっちだ」
ゲオルギー・リジコフに連れられて警備詰所の休憩室に入ると、九段下のお祭り騒ぎはちょうど頂点を迎えていた所だった。
『ありました!
地下鉄九段下駅のごみ箱の中からボストンバッグが見つかり、中に大量の札束が発見されたそうです!!
発見者は警備会社の警備員と共に九段下交番に届け出て、落とし主を待つ事になりますが、半年以内に持ち主が届け出ない場合は発見者のものとなります。
九段下周辺では機動隊が到着し、踊っている群衆も退去しつつあり……』
「見つかったんだとさ。一億」
「いいなぁ。俺も見つけたいよ。
そしたら、その金で都心に家を買うんだ」
「買えるかよ。
バブルが崩壊してもここの土地の高さは俺たち樺太モグラには手が届かないだろうが」
「ワンルームマンションだったら届くかな?」
休んでいた警備員が入ってきたゲオルギー・リジコフと近藤俊作を見つけて声をかける。
雰囲気が堅気ではないがヤクザとも違うと近藤俊作は心の中で思った。
「ゲオルギーさん。そっちの彼は?」
「探偵。俺を雇いたいそうだ」
ゲオルギーの声に探偵の証明書を見せながら近藤俊作が頭を下げる。
部屋の人間は日本人に見えるが、日本人とは違う空気が漂っていた。
樺太から来た出稼ぎなのだろう。
「うらやましいね。
けど、あんたなら納得だ」
「たしかに。警備会社からもスカウトが来たんだろう?」
表面上の笑顔の下にひんやりと流れる拒絶。
仕事仲間だろうとプライベートに踏み込まないとは聞こえがいいが、監視社会特有の防御対策とも見られなくはない。
「邪魔したな」
見たいものは見たので、二人は警備の詰め所を出る。
離れた所でゲオルギーがぽつりと呟いた。
「あいつら、式典終了後に契約終了なんだよ」
樺太からの出稼ぎについては、国内雇用問題の観点からある程度の制限がついている。
先に逃亡した樺太出身者が社会に溶け込む時間稼ぎとして、新規の樺太出身者の永住化に制限をつけたのだ。
もちろん、政治問題化しているのだが、バブル崩壊による経済不安がこれを肯定した。
結果として、ボートハウスに姿をくらます連中が急増し、政府及び都庁は彼らの実態把握のためにも方舟都市を利用せざるを得ないという状況に陥っていた。
「『樺太出身者は特例を除き半年以上の契約はできない』か。
政府が派遣法改正を企む理由も分かるな」
「それでも、樺太に帰れば一年は暮らせるんだ。
俺はそれで構わないと思っていたんだがな」
ゲオルギー・リジコフの住処は地下と思えないビジネスホテル風の部屋だった。
窓の新宿の写真がここが地下であるというのをアピールしている。
近藤俊作の感慨にゲオルギー・リジコフが突っ込む。
その特例の一つというのが継続雇用を会社側から申し込むという奴だったりする。
「とりあえず、仕事の話をしよう。
どうした?急に俺を呼び出して?」
「ああ。
あの九段下のバカ騒ぎに関する事だ……」
コーヒーを入れつつ近藤俊作からの話を聞いたゲオルギー・リジコフは、近藤俊作にコーヒーカップを渡して考える。
さっきのテレビを思い出しつつ、馬鹿の行動を考えて一つの結論に行きつく。
「本当に馬鹿が九段下に突貫するのか?」
「というと?」
「本当の馬鹿ならば、さっきのテレビが阿鼻叫喚になっているだろうよ」
馬鹿が本当に馬鹿ならば、既に事件は起こっているはずである。
起こっていないという事は、起こっていない理由があるはずだ。
「電話いいか?」
「どうぞ」
近藤俊作が備え付けの電話から麴町警察署の小野副署長に電話をかける。
情報交換をしながら、電話向こうの小野副署長が尋ねる。
(で、そっちにいるゲオルギーさんに聞きたい。
この馬鹿、次はどういう行動に出ると思う?)
「振付師がいるならば、馬鹿よりも振付師の方に意識を向けるべきだな」
ゲオルギーは思いだすように電話で返事をする。
そなえつけのテレビは九段下の中継を終えて普通の番組に戻っていた。
「装甲兵にとって、戦車は天敵でな。
この街で暴動を起こす際に、それを潰す武器を求めたんだよ」
(対戦車ライフルとかでなくて?)
「あれはあれで扱いが面倒なんだよ。
隠ぺいが難しくてな」
「横から質問するが、成田空港テロ未遂事件みたいなケース、あんたが犯人ならばどう対応した?」
近藤俊作の横からの質問に、ゲオルギーは顎に手を当てながら考えつつ返事をする。
その説明に、彼がそっち側の人間であるという事に近藤俊作は納得してしまった。
「長く暴動を起こす事が目的だから、ああいう場所に籠城しない。
籠城するならば、人質を取るな。
で、対戦車地雷はあらかじめ仕掛ける必要があるから、爆薬を使ってのテロに流用するが……馬鹿にその流用ができるとは思えない」
「……だから、振付師か」
(わかった。
とにかく、馬鹿を捕まえてくれ。
こっちは九段下の騒ぎの収拾にまだ手が取られて動けない)
小野副署長の電話が切れると同時に、電話が鳴る。
ゲオルギーがとると、駐車場の管理室からだった。
「あの坊主がワゴン車でやってきたそうだ。
タクシーはおいてゆくのか?」
「ああ。駐車料金も経費計上できるからな。
で、馬鹿のあてはあるか?」
地下通路を歩きながら、近藤俊作がゲオルギー・リジコフに聞くと、彼はあっさりとあたりをつけた。
「木更津方舟から武器は持ち出しする時に船を使っていただろう?
だったら、その船も持ち出した訳だ。
探すならば湾岸のボートハウスで、九段下桂華タワーを狙うならば……川から船でだろうよ」
落とし物についての警察のサイト
https://www.police.pref.ehime.jp/kaikei/isitsubutsu/otoshimono/syutoku.pdf
2021/09/12
感想でこの時期は半年というコメントを受けて、話の方は半年に修正しています。
新宿のマンションの価格
現在ワンルームで安いのだと1000万あたり。
福岡だと同じのを大体200万で買える。
樺太の出稼ぎ
高度成長期の冬の仕事あたりを想定しつつ、できるだけ出稼ぎの人間を広く雇用するための制度のはずだった。
もちろん、抜け穴があって、北海道とかの地方ならばその手の規制がないとか。
なお、中国の農村戸籍あたりをイメージするとわかりやすい。
このあたりの修正が本来の派遣法改正のテーマだったりするのだが……