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道化遊戯 元装甲兵 ゲオルギー・リジコフ その3

 新宿ジオフロントの従業員用宿舎に居たゲオルギー・リジコフのPHSが鳴る。

 出ると相手は探偵だった。


「もしもし。どうした?」


「すまん。浪漫の件だが、あれ無しになった。

 有給申請した後なら、詫びにその分を足す」


「そうか。

 理由は言ってもらえるのか?」


 突然のキャンセルだが、怒るとか驚くという感情は湧いてこなかった。

 ただ、そのキャンセルの理由ぐらいは尋ねてもいいだろうという事で話を振る。

 受話器向こうの探偵は少し照れくさそうに理由を告げた。


「ああ。結婚することになってな。

 危ない橋を渡れなくなっちまった」


「それじゃあしょうがないな。

 お幸せに……ん?」


 切る前に感じた違和感。

 この手の断り方は東側の諜報のお家芸でもある。

 危ない橋を渡れない決断を促した何かがあったのだ。


「なぁ。つかぬことを聞くが、その結婚までの流れって聞いていいのか?」

「のろけになるがいいのか?」

「構わん。言ってくれ」


 探偵ののろけが入った状況説明は十分ほどで終わるが、その十分の内五分が昨日からの探偵たちの逃亡だったという事を知ったゲオルギー・リジコフは、語気を強めて探偵に伝える。


「まだお前らは麹町警察署の中なんだな?

 いいか!

 俺が行くまで絶対に動くなよ!!」


「だから、危ない橋は渡らないって……」


「お前らが渡らなくても、向こうがどう思うかだ。

 それが工作員系ならば、そこで手を引くほど裏は優しくはないんだよ。

 あと、お前のおやっさんとやらには俺が行くことを言うな。多分迷惑がかかるからな」


 治安維持警察だった昔なら強化外骨格を着込んで車に乗り込んでいる所だ。

 だが今はただの警備員であり、会社の強化外骨格を勝手に拝借する訳にもいかない。

 私物の防犯用品と旧北日本軍の流用品であるアーマーベストの上にジャンパーを着込んで、安全ブーツと安全手袋をつけて慌てて部屋を出る。

 エレベーターが来るのが待ち遠しかった。


「……なぁ。何をそんなに焦っているんだ?」

「……置き土産だよ」




 麹町警察署に居たのは近藤俊作と愛夜ソフィアと三田守の三人だった。

 北都千春は既にタクシーで帰っており、愛夜ソフィアが電話をかけて無事を確認する。


「できれば彼女の身辺も警護した方が良かったんだが……」

「大丈夫じゃない?

 あの人神奈一門の人間だし、そのあたりの警護はかなりしっかりしているはずよ」


 よくわからないゲオルギー・リジコフとついてくる羽目になった三田守が首をかしげるが、神奈の意味を知ってゲオルギーはひとまず思考から彼女の事を外す。

 三田守は後で高額な代金を請求されると真っ青になっているが、今は構っている余裕はない。

 軽ワゴンを運転する近藤俊作が探偵の顔で口を開いた。


「で、説明はしてくれるんだろうな?」


「スパイものの常道だよ。

 人を脅す際は場所を確認する。

 ついでに、この場所にもしかけをするんだよ」


「……盗聴器か?」


「そういうのも含めてだ」


 説明を聞いていた助手席の愛夜ソフィアが異議を唱える。

 危ない橋を渡らずに結婚しようと言われたので、危機感が完全になくなっていた。


「心配し過ぎじゃない?

 北樺警備保障の連中が見張っていたのよ?」


「だから心配なんだ。

 奴ら、軍の特殊部隊上がりで、工作が大雑把なんだよ。

 相手が専門のスパイならば、軍系の警備は格好のカモさ。

 何しろ、工作員はそいつらを出し抜くことを前提に訓練されているんだからな」


 黙り込む愛夜ソフィアの顔を見ながら、バックミラーで探偵はゲオルギー・リジコフの顔を確認する。

 その顔には一切の冗談が存在しなかった。

 そして、さっきの話である工作員の中に彼が入っているのを察せざるをえなかった。


「坊主。お前は家に帰るな!」

「え? あ? なんで??」


 ワゴンの後ろにいた三田守にもゲオルギー・リジコフは断言する。

 その理由が告げられると彼の顔は真っ青になって布団に体をくるんで震えだす。


「元裏切り者なんて格好の餌じゃないか。

 かつての仲間が勝手に入って裏切り者を粛清って事もある」


 降りると言っても相手からすれば、それを信じる理由も必要もない。

 既に降りるだけでもここまでの危険を背負う事になっていたのだ。

 あの時、小野副署長の前で受話器をとってエヴァ・シャロンに電話をかけていたら、どこまで深淵に落ちていたのか……

 近藤俊作はハンドルをしっかりと握って、悪寒を抑え込んだ。




 鶯谷のラブホ街に戻ると、まずは車を愛夜ソフィアの店であるネットカフェではなく、火事のあった現場の近くのコインパーキングに入れる。

 愛夜ソフィアが車から降りて尋ねる。


「なんで直接地下駐車場に入れないの?」


「火事をやった現場の近くに爆発物を置くほど工作員は馬鹿じゃない。

 まずは安全を確保するのが先決だ。

 坊主は絶対に車から出るな。

 危なくなったら、クラクションを鳴らせ。いいな」


「う、うん」


 車内の三田守は寄った上野のアメ横で仕入れたアーマーベストにアイゴーグル、工事用ヘルメット、安全手袋に安全ブーツ姿である。

 もちろん、外に出る三人も同じ装備なのは言うまでもなく、それ相応な出費に近藤俊作と愛夜ソフィアが悲鳴をあげるが、


「お前のネットカフェが燃えるよりは安いだろう?」


のゲオルギー・リジコフの一言に渋々出すことに。

 これも経費に計上してやると意気込む愛夜ソフィアの隣で、降りるから経費出るのかなと不安になっていた近藤俊作の姿を見て、尻に敷かれるなこれはと言うほどゲオルギー・リジコフも暇ではない。


「あ。まだ北樺警備保障の人が残っている。

 さすが高額プラン」


「あんたは警備の人たちに話を聞いてくれ。

 俺はこいつと周囲を確認する」


 愛夜ソフィアを北樺警備保障の所に送って万一の際の護衛を兼ねてもらい、男二人は元ラブホのネットカフェに近寄る。

 まだ周囲には現場検証の為の警察や消防が来ており、こういう装備で現場近くを歩けば目立つ事この上ない。

 当然、職務質問されるので、それは近藤俊作がお相手して、彼はネットカフェの周囲を確認する。

 火事の方角から見えなくなる場所で、その痕跡を見つける。


「おい! こっちに来てくれ!!」


 近藤俊作を呼んだのだが、こんな状況で声をだせば彼だけでなく警官と、愛夜ソフィアと北樺警備保障の警備員も来るわけで。

 彼ら全員に見えるようにゲオルギー・リジコフは壁の一画を指さす。


「こすれた跡だ。まだ新しい。

 窓には格子がついているけど地面のこれ、何だと思う?」


 格子と同じ色の粉が窓の下の壁に落ちていた。

 よく見ると、格子の一部がくっつけたように膨らんでいる。

 警官と警備員が慌てて仲間を呼び、その間に愛夜ソフィアが警備員から聞いた話を近藤俊作とゲオルギー・リジコフに伝えた。


「火事のせいでこのあたり停電になっていたそうよ。

 中に発電施設ってないから……多分監視カメラもだめね」


「北樺警備保障の連中に中のチェックもさせるといい。

 俺たちが探すよりも人数と装備が充実しているからへまはしにくいだろうし、したら向こうの責任として請求できる。

 行くぞ」


 ゲオルギー・リジコフが踵を返して軽ワゴンが止めてある駐車場に戻る。

 慌てて二人もついてゆくが、近藤俊作が探偵として尋ねる。


「何処に行くんだ?」


「本命だよ」


 ゲオルギー・リジコフの視線の先には、運転席でハンドルを握って固まっている三田守の姿が見えた。

 後ろのネットカフェでの警察と北樺警備保障の騒ぎを耳で聞きながら、彼はかつての治安維持警察時代を思い出して告げた。


「ここですらこれだけの置き土産を残して行っているんだ。

 間違いなく、坊やの家にも何かあるぞ」

いざこの手の装備を入手できるのが東京という街である。

かといってそれを身につけて歩けば、当然職務質問される訳で……


今回の装備お値段は今のアマゾン価格で計算している

 一人十万ぐらい×三人=三十万。

 愛夜ソフィアと近藤俊作は泣いていいと思う……

 

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