道化遊戯 タクシー探偵 近藤俊作 その3
この『道化遊戯』はスピンオフも考えているのだが、一番の問題点はどこに置くか悩むという事である。
推理でないし、ヒューマンドラマでもなく、アクションもない……
ハートボイルド(誤字にあらず)があったら置いたのだけど。
近藤俊作は煙草を吸うために副署長室を出る。
そう言って、小野副署長からの受話器を受け取らなかったのだ。
受け取って、あそこからおせっかいなCIAことエヴァ・シャロンに電話をかければ、聞きたいことは教えてくれただろう。
だがそれは、世界規模の陰謀に己だけでなく周りの人生までも賭けることを意味する。
「そうか。だからおやっさんは離婚したのか」
唐突に悟る、おやっさんこと小野健一副署長の覚悟。
あの人は一人で無茶をできるように身辺を身綺麗にしていた。
その上で無茶を、おやっさんの刑事人生の原点である帝都警の残党を追っていたのだった。
ポケットから煙草を出して、火をつけようとして彼は失敗を悟る。
「しまったな……抱かなきゃよかった」
彼が小野副署長と共に行くと行ったら、愛夜ソフィアもついてくるだろう。
彼女は売られてこっちで娼婦として苦労しながら、今のインターネットカフェを開店させたのだ。
ITバブルや不良債権処理が進んだことによる株高で得た利益で身分を買い、あのラブホテルを買い取るのにかなりの金が裏社会に流れたのを知っているだけに、それを彼の浪漫で潰してしまうことをためらったのだ。
「あれ?
どうしたんです?こんな所で?」
「坊主の怪我の具合を見に来てな。
応急治療だったが、ちゃんと医者に見てもらえたらしいな」
「はい。ありがとうございます」
喫煙室ではなく医療室に顔を出すと、三田守がベッドで横になっていた。
ベッドの横に椅子を置いて近藤俊作が座る。
「そういえば気になったんだが、どうして『助けてくれ』より先に『逃げたい』が出てきたんだ?」
なんとなしの雑談として、彼はそんな事を口にする。
問われた三田守は、恥ずかしそうに笑って、その理由を口にする。
「少し前の話ですが、TVアニメで『逃げちゃ駄目だ』って言葉が流行ったんです。
あれ、俺、大嫌いだったんですよ」
「そういえば、秋葉原に行く客あたりでよく耳にしたな。そんな話。
けど、逃げたら始まらないだろう?」
「そうですね。
けど、乗って世界の運命と戦えと言って普通の人間は『はい戦います』と言えますか?」
三田守の言葉に語気がこもる。
彼は自然に手を握りしめていた。
「逃げればよかったんだ。
世界のことなんて放って置いて、たとえ滅亡して死ぬとしても、好きなことをして死ぬのと世界の運命を背負ってそれを果たせずに無念とともに死ぬのは雲泥の差でしょう?」
そんな事を言いながら、三田守は自虐的な笑みを浮かべる。
「それができずに、俺はこんな所で寝ているんですけどね」
「違いない。
それでもお前は最後の所で間違えなかった。
それは俺が保証してやる」
近藤俊作は三田守の頭を撫でてやる。
それを三田守は払おうともせずに、こんな呟きで応じた。
「良かった。
俺の三秒はちゃんと使えたらしい」
「何だ?その三秒って?」
「北都千春さんに教えてもらったんです。
たしか……」
医務室を出た近藤俊作は北都千春を探す。
彼女は自販機コーナーの席でカップ麺をすすっていた。
有閑マダムがカップ麺というシュール極まる風景も、彼女みたいな女性だと絵になるから不思議だ。
「まだいらっしゃったんですか?
帰って良いっておやっさんに言われたのに?」
「私は観客で脇役みたいだからね。
それに一応占い師ですし。
悩める若人を導くのが仕事なのよ。探偵さん」
彼女の手がテーブルの向こう側を示し、近藤俊作が言われるがままに座る。
探偵の口から出たのは人生相談ではなく、三田守から聞いた言葉だった。
「『どんな人間にも三秒だけ世界は振り向いてくれる』。
いい言葉ですね」
「でしょう?
ソフィアちゃんも気に入っているのよ。その言葉」
煙草を取り出そうとして、禁煙だったと思いだして近藤俊作はポケットに煙草を戻す。
そうなると口寂しいのでコーヒーでもと視線をそらした矢先に、彼の前に500円玉が滑ってきた。
「私も同じのを。
あと、ソフィアちゃんにもあげるといいわよ」
「あいつ、ブラック嫌いなんだよなぁ……」
「あら。私も嫌いだけど?」
金を出した人間にそう言われて強く出れる訳もなく、彼はため息共にカフェオレの缶コーヒーを3つ買って一つを北都千春に渡して座り直す。
「きっと、主役なんて呼ばれる人間はその三秒を永遠に続けて、世界を振り向かせ続けているんでしょうな」
「そうね。それは、世界以外を振り向かせる事ができないって事を意味するのよ。
私が神奈の後継者から降りたのはそれに気づいたから。
私には世界を振り向かせ続ける狂気がなかったわ」
出てきた言葉に近藤俊作が少しだけ怪訝な顔をする。
いつの間にか、北都千春は神奈千春として、占い師として探偵の前に座っていた。
「……狂気ですか?」
「そうよ。
当たり前の日常、人としての幸せ、平凡だけど退屈で、繰り返されるささやかな幸福。
そういうものを捨ててなお振り向かせる努力をしないと、世界は三秒以上振り向いてくれないのよ。
今の世の中、人間が多いですからね」
口を閉じると同時に、彼女の手はもらった缶コーヒーを開け、合わせるように近藤俊作も開ける。
カフェオレはアイスだった。
「聞きたかったんですが、何であの坊や助けたんですか?」
「雨の中、あの子佇んでいたのよ。傘もささずに。それは言ったわね。
……泣いていたのよ。あの子」
その時を思い出すように北都千春は目を閉じる。
多分本人も気づかずに、逃げたいのに逃げられず、泣くしか選択ができなかった彼を東京という街は、そこを歩く人々は見捨てたのだ。
だから声をかけたのだ。
「私はね、俊作くん。
世界が見捨てた人たちを助けたいの。
彼みたいに行き詰まった人たちに、少しでも逃げ道を与えられたらってね。
占い師一門の神奈の意味は知っているでしょう?」
「ええ。占い師であると同時に上流階級御用達の高級娼婦集団。
たしかに、俺たちと関わる人間じゃないですよね。本来ならば」
「三秒って素敵でしょ?
何かするには短いけど、『愛している』って言うには十分な時間。
世界を振り向かせる魔法の言葉なのよ」
占い師神奈千春は探偵近藤俊作に運命を提示する。
厳かに、容赦なく、愛を持って。
「俊作くん。
貴方は、貴方の三秒を、誰に使うのかしら?」
探偵はそれに答えず、飲み終えた缶コーヒーを見つめ、缶用ゴミ箱に投げ捨てる。
きれいな放物線を描いた空き缶が缶用ゴミ箱に入るのを見届けて、彼は開けていない缶コーヒーを手に持って立ち上がった。
「ありがとうございます」
「いってらっしゃい。幸せにね」
まっすぐ副署長室に戻る。
ドアを開けて愛夜ソフィアに缶コーヒーを投げつつ。彼は三秒を世界に提示した。
「なぁ。結婚するか?」
「っ!?」
不意打ちにうろたえた愛夜ソフィアが缶コーヒーを取り落し、小野副署長は呆然と固まる。
転がった缶コーヒーを拾う事すらせず、嬉しさを怒りでごまかそうとして泣き笑いの顔で愛夜ソフィアがぼやく。
「知ってる?
それ、死亡フラグ……ぐすん…んっ……」
「ああ。
だからおやっさん。すいません!
俺たちはここまでです。
今の手札で、出来ることまでが精一杯です!!」
近藤俊作は頭を下げる。
まさかの告白に出くわして呆然とする小野健一副署長は、それを理解して笑った。
その上で、祝福してくれたのである。
「たしかに、幸せになるのに深淵を見る馬鹿はいないか。
わかった。
幸せにな。お二人さん」
逃げちゃ駄目だ
『新世紀エヴァンゲリオン』碇シンジ。
この時期旧劇場版の火が一息つき、パチンコ化で再度火がつく事になる。
CR新世紀エヴァンゲリオンが出るのが2004年。
どんな人間にも三秒だけ世界は振り向いてくれる
誰から聞いたのか覚えていなけど、すごく心に残った言葉でいつか使おうと思っていた言葉である。
よかったら知っている人情報をお願いします。