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道化遊戯 平成天誅信奉者 三田守 その2

「よし。

 応急処置は済んだ。

 ちゃんとした病院に行けば、跡も残らんだろうよ」


 三田守の傷を治療した近藤俊作は彼の肩を乱暴に叩く。

 むせる彼を気にすることなく部屋を出ると、ロビーには愛夜ソフィアと北都千春の二人が待っていた。


「お疲れ様。で、彼は?」


「傷は大したことないな。

 ちゃんとした病院に連れて行けば問題もあるまい。

 で、外の様子は?」


「パトカーが警邏に来たけど、さすがに捕まえるまではしなかったわ。

 で、仕方がないから切り札を呼んだの」


 近藤俊作に返事をした愛夜ソフィアの指の先には従業員用の監視モニターがあり、その一つには外のカメラの風景が映っており、道の端にはBTR-70と呼ばれる武装のない装甲車が鎮座する。

 月と桜のシンボルマークの下に目立つ『北樺警備保障』の文字が、ラブホテルの利用者を威嚇していた。


「秋葉原に事務所がある北樺警備保障の緊急警備プラン。

 装甲車に警備員六人つきって高い奴だから、支払いが大変だわ」


 実に白々しい声で愛夜ソフィアは笑う。

 こんなのを呼ぶ場合は当然金額は凄いことになるが、もちろん支払いは探偵の費用として桂華側に請求するつもりなのだろう。

 パトカーが止まって警備員と警官が話をした後、パトカーは巡回に戻ってゆく。

 事件がなければ警察は決定的な動きができないが、この手の警備員や探偵は依頼、つまり金によって動く事ができる。

 それは予防という観点から相手に対しての制止力を持っていたのである。


「金だけで桂華の最精鋭が出て来る訳もないだろう。

 お前、何を吹き込んだ?」


 近藤俊作のぼやきに、愛夜ソフィアは彼にも情報を開示した。

 それを聞くと彼も探偵の顔になる。


「大したことではないわよ。

 平成天誅を行おうとした輩の後ろにロシアンマフィアが居る事と、奴らが何かをしようとしていた日がたまたま公開されていた桂華院瑠奈公爵令嬢の移動日と重なっていたと伝えただけ」


「へぇ……それは大したことないな」


 まったく大したことない声で近藤俊作が呟く。

 警察が動くには確証が足りないが、探偵が動くには十分な情報。

 それにお嬢様の警護第一の北樺警備保障が出せるだけの戦力を送り付けてきた。

 マフィア側から見ても、何か大事な情報を握られたと考えるだろう。

 だとしたら……


「……おい。

 今日は店閉めて、女の子たちはみんな帰せ」


「あなたも千春姐さんと同じこと言うのね。

 もう帰して、残っているのは私達とあの坊やと千春姐さんだけよ」


 そんな話を二人がしていたら、従業員出入口から北都千春が顔を出す。

 さすがに服を着た彼女の姿は占い師というよりも有閑マダムという感じの雰囲気だった。


「あら。俊作くんじゃない。

 ソフィアちゃんとより戻したの?」


「えっと……」

「まぁ、そのぉ……」


 ここで頷けないのがこの二人の関係で、それを見て北都千春は微笑んだ。

 この二人の縁にも彼女は絡んでいるだけに、幸せになってくれればいいのにとは思うが、それを口にするほど無粋でもない。


「最後の娘をタクシーで帰したわ。

 私達も出るわよ。

 俊作くん。ちゃんとあっちの車できたのよね」


「ええ。

 タクシーじゃなくて、自家用車ですよ。

 けどなんでまた……」


「俊作くん。ゴキブリが物陰に隠れたら私たちはどうするのかしら?」


「そりゃ、スプレーであぶり出し……そこまでしま……!?」


 会話が止まったのは、轟音と共に外が明るくなったからだ。

 近くの建物の一つが激しく火を噴いていた。


「嘘でしょ!?映画じゃあるまいし!?」


 愛夜ソフィアが慌ててノートパソコンを持ち出し、部屋から出てきた三田守もその光景に呆然とする。

 サイレンが鳴り、消防車とパトカーが集まろうとしていた。

 三田守の口から場違いな質問がこぼれ、愛夜ソフィアに腕を引っ張られる。


「あ、あそこにいた……人たちは?」


「地上げとヤクザがらみで使われてないわ!

 早く!!」


 元ラブホテルを利用する利点の一つに、地下に駐車場がある事があげられる。

 出入りを見られたくない地下駐車場出入口から四人が地下駐車場に降りると、従業員駐車場の所に停車していたのは、一台の軽ワゴンだった。


「まだこれで張り込みとかしているの?」

「張り込みってTVドラマのように省略できないんだよ!

 お前も知っているだろうが!!」

「ええ。

 交代で見張りをさせられましたからね!」


 近藤俊作が運転席に乗ってハンドルを握れば、愛夜ソフィアが助手席に座ってシートベルトをつける。

 三田守と北都千春が後ろに乗ると、そこには取りはらわれた座席の上に布団が敷かれていた。


「二人ともその布団の中に隠れて!

 姐さんはその中でしないように!!」


「そんなぁ。愛夜ちゃんじゃあるまいし。

 彼女見張りに飽きてこの布団の上で……」


「その話は安全な所でしてください!

 車を出すぞ!!」


 勢いよく出ると逃亡とバレる。

 あくまでここの客が出てゆく体でスピードを適度に保ちつつ車は鶯谷から離れる。


「今の所はつけられていないな」

「かわりに、ナンバーを撮影されているから、そこから手繰られるかもね」

「ナンバー変更の申請をしておかないとな。

 さてと、その布団の下に見張り用の携帯食料とかキャンプ道具があるから、しばらく東京を離れるってのも手だぞ」


 近藤俊作と愛夜ソフィアの会話を聞いているのに、三田守は布団の中で震えていた。

 前の二人はそれに気づかずに、彼に選択を迫る。


「お、俺が?決める?」


「ああ。戦うのも逃げるのも、お前の選択だろう?」


 ぴたりと、背中に温かさを感じる。

 北都千春が彼を抱きしめていた。


「逃げていいの?」


 弱弱しく呟かれた三田守の確認に、近藤俊作は苦笑する。

 彼の視野の狭さは、暴力からの逃避の片道切符でもあった。

 それを捨てて、荒波と対峙するのならば、世界はいくらでも広がる。

 戦うことも、逃げることもだ。


「ああ。選べ。

 俺はこう見えてタクシー運転手でな。

 お客様の行き先まできっちり送るのが商売なんだ。

 何処にでも送ってやるぞ」


 泣き声はそれからしばらくして後ろから聞こえてきた。

 泣きながら、三田守は彼の『生き先』を告げた。


「逃げたい……もうこんなのは沢山だ……

 助けてくれ……うぅ……」


「だってさ。運転手さん」

「ならば、最高の逃げ場所を用意いたしましょう」




ガシャン!


 牢が閉まり呆然とする三田守の隣で北都千春が苦笑する。

 なお、隣の牢には近藤俊作と愛夜ソフィアが入っていた。


「安心しろ。鍵はかけないでおいてやる。

 まったく、厄介事を持ってきやがって……

 あと、そこの坊主は後で聴取をとるついでに説教だ。

 親御さんに心配かけるんじゃない!

 それが済んだら被害者として出してやるから反省してろ!!」


「え?え?え?」


 麹町警察署副署長小野健一警視が刑事の笑みで、昭和的人情処分を出す。

 それを横の牢に居た近藤俊作と愛夜ソフィアが茶化す。


「めしはまだですかー?」

「待ってろ!用意してやるから!」

「すると丸見えなんですけどー?」

「するな!馬鹿もん!!

 あといい加減に籍入れろ!

 ご祝儀渡せんだろうが!!!」


 そんな茶番が横で行われているのを見ていた北都千春が笑う。

 楽しそうに、嬉しそうに。

 三田守が忘れていた笑顔で。


「ね。世界って広いでしょう?」

「……ええ」


 北都千春の目には、三田守も笑ったように見えた。

絶対に現実世界じゃ無理だよなあ。このロシアンマフィアの強行……

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