道化遊戯 元装甲兵 ゲオルギー・リジコフ その1
ゲオルギー・リジコフの休日は悪くないものだった。
鶯谷の元ラブホを利用したっぽいネットカフェに入る前までは。
入口で探偵が出てきた時は美人局を疑ったのだが、その前にナンパされた美女がまだ中学生と知らされて少年補導員だったかと思ったのだが、話が途端にキナ臭いものになる。
「あんたたしか、強化外骨格を使えたんだって?
樺太で何をやっていたの?」
「そりゃ、あれは兵器だからそういう所にいたよ。
あんた、一体何?」
ホテルの従業員らしい女性の隣でしょぼんとしている神奈水樹を見ていると、本当に補導されたように見える。
その場合は未遂を口実に逃げることを考えていたゲオルギー・リジコフは不審な目を向けるが、探偵を名乗った近藤俊作は意に介さない。
「賞金稼ぎも兼ねているのさ。
帝都警の残党には賞金がかかっていてね」
「そっちかよ。
質問に答えたら解放してくれよ。
国家保安省治安維持警察強化外骨格大隊。これが正式名称で、当時の東側軍編成の大隊規模の戦力を保有していた。
これに訓練施設の人間も入れて、大体千人ぐらいが外骨格を使う装甲兵と呼ばれていた訳だ」
探偵がメモを取る。
ゲオルギー・リジコフは煙草に火をつけ、ホテルの従業員らしい女が灰皿をテーブルに置く。
「なるほど。
帝都警の残党について話してくれ」
「彼らは執行部隊、つまり大隊戦力に組み込まれる事無く、訓練施設の教官やアグレッサーに収まった」
「アグレッサーって?」
「俺達の仮想敵。この国で鍛えられた帝都警の残党にとって格好の役目だろう?」
さも当然のように話に入っている神奈水樹に説明するが、それも探偵はメモに取っている。
彼女の扱いは悪くないらしいという事で、この事情聴取の後で一人帰っても安心だろうと紫煙に紛れて安堵の息を漏らす。
「強かったよ。あの人たちは。
そんな人に揉まれて教えられたら、信奉者もできるってもんさ。
いつだったかは覚えていないが、ある日を境にぱったりと見なくなった。
粛清されたとあの時思ったね」
「粛清?
という事は、マースレニツァ革命には参加していないのか?」
「さあな。
殺されたかもしれんし、その前に起こったソマリアへの出稼ぎで去ったかもしれん。
俺は上じゃないからそのあたりは分からんよ」
「あんた。
あの革命の時何処にいた?」
ゲオルギー・リジコフの目つきが鋭くなるのを探偵は気づいたが、探偵も似たような目をしている自覚があった。
少しのにらみ合いの末、視線をそらしたのは彼の方だった。
「あまり思い出したくないな。
言わないといけない事かい?」
「……すまない。
過去に土足で踏み込んだことを詫びるよ」
そんな機微は女には分からない訳で。
神奈水樹がそんな空気をぶち破ってづかづかと核心に迫る。
「ねぇ。新宿ジオフロントでテロが起こるそうなんだけど、何処で起こるか知らな……きゃんっ!!」
「おバカ!
もぉ、この娘ったら本当に……」
「いったーい!
だって危ない場所なんて警備している人に聞いたら確実じゃない!!」
神奈水樹と愛夜ソフィアの姦しい罵りあいを横で聞くと、腹の探り合いをしていた男二人は肩をすくめる。
馬鹿馬鹿しくなったともいう。
「つまり、あんたらの本当の狙いは新宿ジオフロントのテロ防止って訳だ」
「さっきの話も絡んでいてな。
そのテロの実行犯がどうも帝都警の残党らしい。
だますつもりはなかったが、巻き込むつもりもなかったんだ。すまない」
探偵は右手を差し出し自己紹介をする。
その和解の手をゲオルギー・リジコフは力強く握った。
「近藤俊作。探偵さ」
「ゲオルギー・リジコフ。今はしがない警備員だよ」
「新宿ジオフロントは豊原地下都市の技術を応用して作られている。
という事は、豊原地下都市と同じ構造上の弱点が存在しているんだ」
愛夜ソフィアの部屋に集まった四人は、部屋の複数のモニターの一つに釘付けになる。
ネットに転がっていた新宿ジオフロントの地図である。
それを見ながら、三人はゲオルギー・リジコフの説明を聞いていた。
「大深度地下都市で一番恐ろしいのは酸欠で、それを避ける為に複数の配管を用いての換気システムが備えられている。
新宿ジオフロントの換気システムは、日樺資源開発の子会社が設計したインフラ全体を管理するメインコントロールルームと、バックアップ用のサブコントロールルーム二つによって制御している」
「日樺資源開発?どこかで聞いたな?」
「これよ。
元々は樺太の資源開発とかで炭鉱とかの管理をしていて、それが樺太地下都市の換気システムに応用されているのね。
民事再生法から桂華資源開発が救済に名乗り出たけど、米国でアイアン・パートナーズに訴訟を起こされて再建計画におくれが出ているとか」
近藤俊作が首を傾げると、愛夜ソフィアがニュースを別のモニターに移す。
大企業の性というか、ターゲットだからというか、ここにも出て来る桂華の文字に俊作もため息をつかざるをえない。
「警備は?」
「ジオフロントの地下で新宿警察署と繋がる上に、ジオフロント内部にも交番が設置される予定だ。
さらに、警備委託を受けた警備会社が三百人態勢で警備につく。
これに、ジオフロント完成記念式典には機動隊から自衛隊に警備会社総動員で一万まで届くんじゃないかと言われているな」
「ねぇ。悪い話があるんだけど、聞きたい?」
不意にとてもいい笑顔で愛夜ソフィアが皆に確認を取る。
この手の女の笑顔というのは大体ろくなものがないのだが、聞かないという選択は男たちにはなかった。
「このメインコントロールルーム、最新鋭のネットワークインフラでサブコントロールと繋がって、相互に連携できるそうよ」
「それがどうした?ソフィア?」
「で、ハッカーの一人がこのシステムにいたずらしているのよ。
さすがに背後までは分からないけどね。
商業区画の店舗からメインコントロールに侵入成功したそうよ」
男二人の顔色が劇的に変わる。
彼女の言わんとした事が理解できてしまったからだ。
「すまん。俺はここで帰る。
この件を上に報告しないと」
「えー!私とのでー……むがっ!?」
立ち上がるゲオルギー・リジコフにくっつこうとする神奈水樹を愛夜ソフィアが羽交い絞めにする。
部屋を出ていこうとする彼に探偵は最後の質問を投げかけた。
「なぁ。
このテロ、お前さんから見て成功の可能性は高いのかい?」
「……装甲兵の主戦場がこの地下都市だった。
それで十分だろう」
「ありがとう。
これは少ないが報酬として受け取ってくれ」
封筒に入れられたお金をゲオルギー・リジコフは断って笑う。
その顔はTVの取材で見せた顔だった。
「いらんよ。金に困っている訳でもないしな。
代わりに仕事が終わったら俺にコーヒーをおごらせてくれ。
趣味なんだよ。それが」
治安維持警察
自分たちの事を秘密警察と呼ぶのもなんかなあという事でそれっぽい名前をでっちあげた。