道化遊戯 タクシー探偵 近藤俊作 その1
「いらっしゃい……って、小野のおやっさんじゃないですか。
出世したって聞きましたが、もうタクシーを使わなくていいでしょうに」
「適当に流してくれ。
今日はお前さんに話があってな。探偵さんよ。
ちなみに景気はどうだい?」
「タクシーの方はまぁ食えていますよ。
探偵も身を入れたら食えるんでしょうが、何しろ不定期な上に事件も厄介なのが多くてね。
俺をこんな道に引っ張ったのは小野のおやっさんじゃないですか」
「何を偉そうに。
探偵にあこがれて事件に首を突っ込んで、捕まりかかったのを助けたのを忘れたのか?」
「はいはい。覚えていますとも。
『東京で映画やドラマみたいな探偵で食いたいならば、手に職をつけておけ。
定期的に入る収入がまずお前を探偵の前に大人に持っていく』というおやっさんの言葉で探偵と言う言葉に憧れた青二才がこうやって食えているんですからね」
「よかったじゃないか。
仕事や張り込みでお前を使い続けたかいがあるってもんだ。
ちなみに、探偵免許は今も更新しているんだろう?」
「ええ。
探偵というより趣味と言うか気分転換というやつですな。
何でも屋で色々するのも悪くないですが、探偵業法が改正されて警察の下につけたのは仕事としては楽になりましたよ。
ちなみに、今、一番の稼ぎは駐車違反のタレコミです」
「ははは。
あれ、こっちでするには面倒なんだよなぁ。
で、一つ頼みたいことがあるんだが」
「仕事でしたら、書面交付が必要なんですがねぇ……つけられていますよ」
「あれは放置してもいい類だろうが、お前の腕でまいてみせてくれ」
「はいはい。
じゃあ、首都高に上がって渋滞とジャンクションでまくとしますか。
偉くなったんだから、いい加減に危ない橋渡るのやめたらどうです?
麹町署の副署長なんてなれるもんじゃないでしょうに」
「うるさい。
俺の人生は刑事と共にありだ。
危ない橋ではあるが、お前さんに浪漫が残っているなら、その匂いを嗅がせてやる」
「あいにく、三十を超えたら浪漫なんてものはなくなりましたよ。
残っているのは、ハードボイルドです」
「それは結構。今度バーボンをおごってやるが、飲酒運転だけはやめてくれよ」
「おやっさん。俺、今何を運転しているのかわかっているんでしょうね」
「はははははは」
「はははははは」
「……まいたみたいですね。
で、あれ何です?」
「おせっかいと言う名のCIA」
「いつからこの車はスパイ映画に巻き込まれたんですか?」
「現実も映画のように、とはいえ地味に語られる事もなく……だ。
新宿ジオフロント一期工事完成記念式典。知っているか?」
「あれだけニュースになっているものを知らないんじゃこの業界やっていけませんよ。
あれの工事関係者はいいお客ですからね」
「あれにテロをしかける馬鹿が居る」
「ああ。やっぱりですか」
「やっぱりというと?」
「成田空港テロ未遂事件なんて映画みたいなものを見せられて、続きがあるならあれほど格好の舞台はないじゃないですか。
やるなら、ここだよなという納得ですよ」
「ハリウッド映画のテロパニックものも考え物だなぁ。
で、俺の仕事は、そのテロの防止ではなく、テロそのものの存在をなかった事にするという奴だ」
「おやっさん。
なんで麹町警察署の副署長が、新宿ジオフロントに絡んでいるんですかね?」
「つまり、危ない橋という奴さ」
「大人しくしていれば、署長退職でしょうに。
下手すれば、今の椅子すら座れなくなりますよ」
「押し付けられた椅子さ。
それよりも、追っかけていたホシがこれに絡んでいそうでな」
「……たしか張り込みで使っていた時にこぼしていましたね。帝都警の残党。
あれが新宿ジオフロントでテロを仕掛けるんですか?」
「わからん。
だが、絡んでいるというらしい。
あの第二次2.26事件の捜査は北日本政府の消滅と樺太併合によって形だけになっちまった。
まともに追っかけているのは、多分俺だけだろうよ」
「で、おせっかいと言うCIAの方は?」
「どうせ接触してくるだろうから、じかに聞くといい。
味方だろうが、信用できん」
「おやっさん、偉くなってもまだ刑事のままなんですね。
俺の名前の話、覚えています?」
「ああ。親が探偵ドラマにはまって、その探偵みたいな男になれとつけたと」
「俺もそうなるんだと、粋がっておやっさんのお世話になった訳ですが、名字の方で昔いじめられましてね」
「何処にでもある名前だろうに。近藤って」
「ほら。年末ドラマの幕末もの」
「ああ。新選組か」
「あれ。本当に嫌だったんですよ。
鳥羽伏見で負け、戊辰戦争で負け、最後は五稜郭だ。
人間勝ち組になりたいものじゃないですか」
「だが、探偵ってのは、勝ち負けから一番遠い人種だぞ」
「だから、今は感謝しているんですよ。
で、何をすればいいので?」
「とりあえず、非公式の足として。
あと、お前を含めた俺の知り合い連中に顔つなぎをしておくから、情報の整理を頼む。
ここでいいぞ」
「はいはい。
じゃあ料金は……」
「釣りはいらない。とっておきな」
「……足りませんよ。おやっさん。
いいですよ。ハードボイルドに免じてつけにしておきますよ。
無茶だけはしないでくださいよ」
「ああ。
多分現場にでるような事はないよ。
じゃあな」
「相変わらずあの人嘘が下手なんだから……ありゃ、ヤバいの自分で抱えて突っ込むつもり……
悪いね。今日の営業は終了なんだ。
他のを当たってくれ」
「あら?
私達をまいた車ですよね?
だったらお話を聞きたいじゃないですか?」
「……もしかして、おせっかいのCIA?」
「あの人は……今度お嬢様経由で説教しておかないと。
九段下桂華タワーまでお願いします。
探偵さん」
タクシー探偵
書く前に確認したら、ドラマのネタになっていた。
『タクシードライバーの推理日誌』。ただ、これは元刑事がタクシードライバーなのに対して、こっちは探偵がタクシードライバーをという違いを持たせている。
刑事の情報源
『踊る大捜査線』で青島刑事がやっていた情報提供者というやつ。
あれでホームレスを牢屋に泊めてやる話はなんか刑事の情報源ってやつの凄さで感心した覚えがある。
憧れた探偵
『探偵物語』工藤俊作。
最後まで真似されると困るという事で小野刑事は彼をこんな道に。
駐車違反のタレコミ
駐車監視員。現実には2006年の法律改正によって登場。