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道化遊戯 桜田門迷宮案内人 道暗寺晴道 その3

 警視庁の地下に警官が三人。

 刑事と呼ぶには偉すぎて、警察官僚と呼ぶには正義を信じすぎていた男も気づけば現場から離れている。

 警察官僚になるために入ったはいいが、縁で正義というものを知った警官は、その意を汲みたいといって自らの出世を捨てるまでの勇気もなくて状況に流され。

 華族と言う歴史の置忘れから警察官僚になった男は諦観の目で二人を見るが、その目に映るのは警官が持つ正義というものの眩しさか。

 そんな三人の会話が面白い上にろくでもないのは言うまでもない。


「あのお嬢様の事件のポイントは、襲撃そのものが既に襲撃側の勝利になっている所なんです。

 事件が起こった時点で負け。だからこそ、米国は必死に抑えこもうとしているんでしょうな」


「ん?

 アメさんそんなに抑え込む理由があったっけ?」


「小野副署長。忘れないでくださいよ。今年秋、あの国は大統領選挙があるじゃないですか」


「あー」


 米国大統領選挙は現職に対抗する民主党予備選の大勢が決まり、現職大統領との決戦の空気が盛り上がりつつあった。

 その最大の政治課題は混迷極まっているイラクであり、イラクの混迷が進むにつれて支持率が低迷していたのである。

 ここで、イラク戦争のアイコンになっている桂華院瑠奈がテロにあって、日本がイラクから撤退でもしようものならば、共和党大統領の再選はほぼ不可能になるだろう。


「なるほどなぁ。

 たしか日本も夏に選挙があるんだっけ?

 日本もこの事件で動くかもしれんな」


「小野さん逆ですよ。タイムスケジュールを確認してください」


 道暗寺課長の苦笑に夏目警部がカレンダーで確認する。


「あ、そうか。

 参議院選挙が今年の夏で大統領選挙が今年の秋か。

 参議院選挙で立憲政友党が大敗しても与野党逆転は無いだろうけど、恋住総理は敗北の責任をとって総辞職においこまれますね」


「イラクがらみは総理と大統領の個人的友情の影響も大きいから、次の政権は大敗理由であるイラク関与を縮小もしくは撤退。それがそのまま同盟諸国の離脱という政治的打撃に今の大統領の支持率だと耐えられないでしょう。

 小野さん。今、行われているゲームはリターンはともかく、テロが起きるか起きないかという二者択一のグレートゲームなんですよ」


「……帝都警の残党を追っていただけなのに、えらくでかい賭場に迷い込んだもんだ。

 夏目。喉が渇いたから自販機でコーヒーを買ってきてくれ」


「はいはい。ついでにトイレに行ってくるので、戻るのは10分後ぐらいになりますがいいですか?」


 白々しく察した夏目警部を追い出して、小野副署長と道暗寺課長の二人きりになる。

 つまり、将来がある夏目警部に聞かせられない類の話という事だ。


「警察内部に彼女を狙うテロの動きがあります」

「っ!?」


 その一言で小野副署長の体が固まるが、彼とて元は現場の刑事。

 道暗寺課長が何を言わんとするかを察した。


「そうか。

 事件の発生が条件で、嬢ちゃんの生死はどうでもいいという訳だ」


「ええ。

 先にこちらで事件を起こして『失敗』させてしまえば、有象無象の連中はそれ以上は手を出してきません。

 貴方が追っかけている帝都警の残党、かくまわれているとしたら一番怪しいのはここ警察内部ですよ」


「で、運悪く嬢ちゃんが殺されてもそれはそれで喜ぶ連中がいるという訳だ。やってられんな」


 耐えきれなくなった小野副署長は煙草を口にくわえ、すっと道暗寺課長が灰皿を出すが火はつけない。

 ぽつりと小野副署長は今更己の過去の真実の一端に気づく。


「ああ。

 第二次2.26事件も内部にその手の暗躍があったんだな」


「その時現場でしたっけ?」


 道暗寺課長の問いかけに小野副署長が返事をするのに少しの間があった。

 小野副署長は視線をそらして、己の過去をこぼす。


「華族がらみの不逮捕特権での事件を追って、ある華族を追っかけてな。

 それが帝都警の蜂起による粛清の対象になった。

 なまじ抵抗したのがあだになったんだろうな。一族郎党皆殺し。

 世間はそれを天誅と喜んでいたよ」


 ぽろりと煙草が床に落ちたが小野副署長は拾わなかった。

 彼の目は見上げた天井ではなく、過去を見ていた。


「その華族の屋敷に雇われた娘さんがいてな。

 田舎から出て憧れの東京暮らしと、捜査の情報を得ようと接触してきた俺にも屈託なく笑ってくれたよ。

 その後の捜査でも彼女は事件に関与していなかった。

 彼女はあの場所で、銃弾を受けて即死する事はなかったんだよ」


「それが貴方の正義の原点ですか?」


「私怨もあるがね。

 別れたが女房とも結婚して、子供もできて、こうして偉そうな制服を着てそろそろ刑事人生もおしまいという所に来たが、それだけは!」


 テーブルをたたき、小野副署長は正義と怒りを吐き出した。

 ここに来た他の警官と同じく彼の刑事人生の正義を道暗寺課長に提示する。


「俺は奴らの正義だけは認められんのだ!!!

 ……軽蔑するかね?」


「まさか。

 それで軽蔑するならば私はこの部屋に居ませんよ。

 ここで貴方を含めた多くの警官たちの正義を見て、それを踏みにじった部署の管理人ですよ。私は。

 うらやましいとは思いますけどね」


 こんこんとドアがノックされる。

 返事を待つことなく、缶コーヒーを買った夏目警部が入ってきた。


「邪魔したね」

「コーヒーいらないんですか?」

「帰りの車の中で飲むさ」


 立ち上がると小野副署長は夏目警部を連れて部屋を出てゆく。

 それを道暗寺課長は見送り、こんな声をかけた。


「また来てください。歓迎しますよ。

 何しろ、ここは暇ですからね」




「夏目。お前どこまで聞いてた?」

「さぁ?なんのことです?」


 渋滞に捕まった帰りの車の中、缶コーヒーを開けた小野副署長は運転する夏目警部に尋ねるが、そんな返事が返ってきたので、缶コーヒーを飲みながら先輩として忠告する。


「俺のようにはなるなよ」


「心にとどめておきます。

 で、そんな小野副署長はどんな手を使うおつもりですか?」


「中があのざまだから、外から持ってくるしかないだろう」


 その顔は麹町警察署副署長ではなく、現職の刑事の顔だった。

 獰猛で、正義を信じて、それでいて市民を守る警官の顔で彼は言い放つ。


「探偵を雇うのさ」

道化遊戯

 タイトルの元ネタは『ジョーカーゲーム』 (柳広司 角川書店)。

 アニメを見てドはまりした口である。

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