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道化遊戯 桜田門迷宮案内人 道暗寺晴道 その2

ただの日記


『閃光のハサウェイ』見てきた。

ギギ・アンダルシアがどストライクだった。


なお、最近某ウマ娘の『こんな体をしているが去年までランドセルを背負っていた』という某一番娘さんのネットミームコメントはお嬢様に流用しようと思った。

「おや。珍しいですね。小野副署長。

 現場一筋の刑事が出世して麹町警察署の副署長ですか。

 そちらの方は?」


「九段下交番所長の夏目賢太郎と申します。

 前藤先輩から色々とお話は伺っています」


 その部屋の主は薄明かりの中で本を読んでいた。

 夏目警部の差し出した手を部屋の主は握って自己紹介する。


「総務部特別文書課課長の道暗寺晴道です。

 あまり私と付き合うと出世に響きますよ」


 そう言った部屋の主の制服には警視の階級章が光っていた。




「どうぞ。自販機のやつですが。

 小野さん。ここは禁煙なので吸うならば外で」


「機密書類の宝庫でボヤ騒ぎを起こす趣味は無いよ」


「ありがとうございます。

 失礼ですが、お若いですね」


「ええ。夏目さん。私もあなたと同じキャリアですが、キャリアの枠が違うんですよ」


 自販機のコーヒーを開けながら夏目警部が納得する。

 日本の上流階級を構成する学閥・閨閥の中で頂点に君臨する華族閥。

 欧米の青い血外交との絡みから華族は外務省に優遇枠があるのだが、他に優遇枠があるのが実は警察である。

 華族生存を目指した昭和のフィクサー桂華院彦麻呂は内務省の警察官僚だった事もあり、安保闘争をはじめとする左派勢力と対峙する必要から、華族の優秀な人間を警察内部に送り込んだのだ。

 そんな彼らは必然的に華族の不逮捕特権に絡むことになり、不逮捕特権の行使に伴う事件のもみ消しの責任者となるにはそう時間がかからなかった。


「たしか、こいつは道暗寺男爵家の御当主様でな」


「まぁ、貧乏だからここで仕事をしているんですけどね。

 そろそろ仕事の話をしましょうか。

 今日はどういうご用件で?」


「話題のあのお嬢様の事だ」


「ああ。彼女ですか。

 彼女の兄と同級生でね。彼の結婚式で挨拶したけど、彼女は覚えているかな?」


 彼がここにいる理由をさらりと提示しながら道暗寺課長は天井を眺める。

 目を閉じて少し思索にふけった彼は、二人が来た理由を察した。


「犯罪を隠ぺいする場合、昨今の高度情報化社会で全部隠す事は不可能になりつつあります。

 だからこそ、起こった事実を変える事無く、ニュースの方向を変えるのが最近の流行りですね」


 道暗寺課長は近くにあった新聞の切り抜きのファイルを開く。

 少し昔に話題になったニュースだった。


「たとえば、この事件は典型的な汚職事件ですけど、収賄側の議員が華族に泣きついて闇に葬られました。

 その結果として贈賄企業事務所が火事になり、関係者が自殺。

 その遺族が恨みを込めてマスコミに垂れ込んで……議員も選挙で落選して引退という最悪のケースですね。

 ここの仕事は、そういう事にならないように情報を誘導するんです」


 淡々と話すあたり、この仕事は道暗寺課長の仕事ではないらしい。


「推理小説でよくあるでしょう?

 事件を隠そうとして、かえってボロが出るというやつ。

 だから、まずは隠ぺいの定義から始めます。

 このケースだと、汚職事件で議員が不逮捕特権を利用して逃れようとした。

 ここまではいいんです。問題はその処理で事務所の火災と関係者の自殺。これがまずい。

 慌てて証拠を消そうとしてかえって足がついてしまった」


「じゃあ、お前さんだったらどうこの事件を処理した?」


 小野副署長が煙草を取り出そうとして禁煙を思い出して手を戻して言う。

 そんな仕草に笑顔を作りながら道暗寺課長は彼なりの処理を語る。


「一番簡単なのは、汚職事件をでっちあげますね。

 華族に泣きついた議員のライバルにも汚職があったという事にして、後は選挙にお任せという事で。

 ここで重要なのは、議員に不逮捕特権を行使させるのではなく、贈賄側にも不逮捕特権を行使して身の安全を保障する事で事件そのものをコントロールできる所にあります」


 少し前まで、この手の汚職は立憲政友党の十八番であり、それが表に出て代わりに当選するのが左派リベラル勢力の政党である。

 このため、警察側としてもその手の汚職以前に東側と繋がりが疑われていた左派リベラル勢力の当選阻止に動く必要があった。

 そういう背景の元、双方汚職疑惑で選挙の禊を受けさせてそれを口実に有耶無耶という奴だ。

 少なくともこの隠ぺいだと、誰も死なない訳で。


「なるほど。

 じゃあ、殺人事件とかの隠ぺいはどういう形で行うのです?」


 夏目警部の軽口に二人の口が閉じる。

 気まずい間と共に、二人の口が同時に開く。


「出世するのでしょう?

 あまり闇は見ない方がいいですよ」


「そのあたりはせめて署長になってから知る事だ。

 引き返せなくなるからな」


 失言を察した夏目警部が両手を上げて口を閉じる。

 顎に手を置いて、道暗寺課長は本題に戻る。


「嘘の一番楽な方法は、真実を言う事です。

 その上で、情報の受け取り手に勘違いをさせる。

 たとえば、あのお嬢様の場合、真実の類が無駄にあるからでっちあげが容易なんです」


 道暗寺課長は立ち上がり彼女関連のファイルを持ってきて開く。

 つまり、既にそういう事が起こった時用のカバーストーリーが作られているという事。

 上層部の楽観ぶりの真相が目の前に広げられて小野副署長と夏目警部が同時にため息をついた。


「彼女を狙う連中はいくらでもいます。

 中東の宗教原理主義勢力にマネーロンダリング事件がらみのロシアンマフィア。

 はたまた、スターにつきものの狂信的ストーカーから、昨今流行している華族や財閥関係者を狙ったテロ。

 マスコミ連中が『平成天誅』なんて面白おかしく書き立てるから、ネタには困りませんよ」


 もちろん、警備に手抜きはない。

 その上で事が起こっても、保身用のストーリーをきっちり作らせる。

 それは、成田空港テロ未遂事件で責任という大粛清を食らって新しく天下を取った警察上層部の方針でもあった。


「実はな。帝都警の残党が新宿管内で報告されてな。

 お嬢様狙いの鉄砲玉と俺は思っている。

 で、だ。

 その鉄砲玉、お前さんが上げた連中の何処にくっつけると面白い?」


 これを聞くためにこの二人はわざわざ桜田門の地下くんだりに来たのだ。

 道暗寺課長の握っている情報は真実だろう。

 そして、その真実を錯誤させられるからこの地下の主をやっているのだ。

 当たりにせよ、外れにせよ、捜査の方向性が固まるからこそ、小野副署長はかつて前藤管理官と共にこの部屋での隠ぺいに怒りつつも犯罪捜査に利用したのである。


「そうですね。

 今まで情報が見つかっていない点にもっと気をつけた方が良いかもしれませんよ」


 道暗寺課長はそう言って華族らしく怜悧に薄く笑った。


「こういう時は、一番荒唐無稽なやつが一番面白いんですよ。

 たとえば、背後組織が何もない鉄砲玉が間違って襲撃に成功したとかね。

 多分それに他の連中は気づいて便乗しようとしている。

 ボロがでるのはこれからですよ。きっとね」

総務部特別文書課

 警護課と同じく架空組織。

 この手のカバーに使われる資料室みたいなものはないかと警視庁の組織図を眺めて決定。


天誅

 前に書いたと思うけど、言葉の魔力は大きくて『維新』という言葉は昭和・平成とその呪詛を政財界に巻き散らかした。この手の言葉を左派リベラル勢力が生み出せなくなっているのを見ると彼らの衰退ぶりが。が。

 ギリギリまで候補に迷ったのが『攘夷』だったりする。

 うん。やっぱり幕末は歴史もそうだけど言葉の力が大きすぎる。

 『青天を衝け』はおすすめである。


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