セカンドドミノ
「そのエレベーター待ってくれ」
その声に、ただ一人乗っていた前藤正一樺太道警監察官は『開』のボタンを押し続け、声の主が入るとドアを閉める。
警察庁内で行われた連絡会議に出席していた二人は同期であり、ライバルであり、出世頭だった。
「久しぶりだな。前藤。
よかったらこの後一杯?」
「悪いな。村田。
このまま羽田でとんぼ返りだよ」
村田と呼ばれた彼は村田浩一郎警視正。
近年新設された警視庁組織犯罪対策部第二課課長である。
なお、酒を飲むような間柄では決してない。
「そうか。だったらここで話そう。
あのお嬢様目当てのテロについてだが、妙な動きがある」
「成田空港であれだけやらかして、まだ遊び足りないのか。あのお嬢様は……」
「そういうな。
原因ではあるが、被害者だ。
自衛隊の治安出動なんて引き金を引いたんで、ここでは蛇蝎のように嫌われているがな。
ロシアだ」
成田空港テロ未遂事件の自衛隊の治安出動と、手綱はつけているが急拡大しつつある富裕層の自衛戦力——もっとはっきりと言えば私兵——の拡大に、その元凶となった桂華院瑠奈をあまりいい顔で歓迎できないのがこの警察庁である。
「あのお嬢様。今度は何をやらかしたんだ?」
「お嬢様がやらかした訳じゃない。
だが、やられたままでは面子が持たない連中が狙うってのは米露の諜報関係者が警告していただろ?
あれがらみで、気になる動きがある」
なお、これだけやらかしているのに、京都にてその米国政府関係者に始末書の泥を塗りたくったのがかのお嬢様である。
『触らぬ神に祟りなし』、『祀って動かなくなってくれたらどれだけありがたい事か……』当人に聞こえない所での警察官僚たちの罵倒の種はつきない。
それでも触れて仕事をしなければならない時には、いやな顔をしつつもそれ相応の仕事をするのが日本の官僚組織であった。
なお、前藤の出世についてそのお嬢様の執事である橘隆二桂華鉄道会長経由で泉川副総理が猛プッシュしたのは霞が関界隈では有名な話で、前藤の事は『お嬢様担当係』と表裏で呼ばれていた。
「桂華資源開発の調査部が、帝西鉄道の総会屋がらみの犯罪を調べていたらしくてな。
それとなく尋ねたが『海外ファンドが帝西鉄道を買う事で、桂華鉄道にどのような影響が出るか』という理由らしい」
「筋は通っているな」
村田の話にまったく信じていない顔で前藤が苦笑する。
桂華資源開発の前身はムーンライトファンドという投資ファンドであり、桂華院瑠奈直轄の桂華グループの中枢だった。
そこが、帝亜グループ入りを表明した帝西鉄道を調べている。
違和感しかなかった。
「で、逮捕された総会屋を調べたら、やつらの活動資金に海外からのファンドの送金履歴があった。
数年檻の中で暮らしても十二分に元が取れる金額がケイマン諸島のペーパーカンパニーから送られていた。
そして、事件の発覚だが、総会屋が意図的にばらした可能性がある」
その言葉に、二人の間の空気が冷える。
それを自覚しながら村田は核心を口にした。
「その総会屋が株主総会で議題にしようとしていたのが『新宿ジオフロント工事に伴う、帝西鉄道新宿線の新宿直通について』。
前藤。お前の先輩と後輩が貴重な有休を使って捜査していた帝都警の残党。
何処で何をしていた可能性が高い?」
少しの間がその言葉を肯定という空気にさせる。
繋がったという言葉が二人の顔に出る。
「村田。新宿ジオフロント、第一期工事の完成記念式典は今年四月だったよな?」
「ああ。居住空間や商業スペース、地下駐車場などの完成記念式典だが、新宿新幹線の工事等はまだ続く。
それで、新宿新幹線の工事は八割以上がトンネルだから残土の運搬が問題になっている。
帝西鉄道はその協力に新宿線地下に残土運搬用のトンネルを掘り、新宿新幹線完成後に転用して地下で新宿と繋がるようにと動いていた。
何処まで進んでいたかはこれから調べるが、新宿ジオフロントで何かするならば、帝西鉄道経由であの地下の図面が入手されたかもしれんな」
あくまで可能性である。
だが、二人の警察官はこの可能性を否定しない。
それぐらい、今の桂華院瑠奈にまとわりつく闇は深い。
「最初が帝興エアライン。それが鉄道の経営危機からプロ野球再編問題と絡んで、今や放送局の買収にまで話が進んでいる。
村田。気づいているか?
最初の帝興エアラインはロシアンマフィアのマネーロンダリングシステムの一部、こちらの鉄道・野球・放送局というか芸能。
全部裏で動くやつらが四課がらみという事を」
「なるほどな。
奴ら、国内の暴力団と手を組んだな」
そうでないと、ここまでの動きはできない。
表に出られない裏の人間は、裏に居る限りは、常に先手を取れる。
日露にまたがる彼らをどうやって法の効く表に引きずり出すか?
二人の戦いはそこにかかっていた。
「待て。前藤。
そうなると話題になっていながら、あれに絡んでいない会社が一つある」
「日樺資源開発。
外す理由がないだろう。
多分俺たちの知らないパズルのピースがあるんだ」
ドアが開いて一階に着く。
二人は無言で降りてそれぞれ別の方向に向かう所で一人の女性官僚に呼び止められる。
二人はその女性を見て同時に思った。
女性も同じ感情を抱いている事に気づかずに。
(((こいつ、できるが、近寄りたくないな……)))
「前藤警視正に村田警視正ですね。
はじめまして。
私は内閣情報調査室主任解析官の若宮友里恵と申します。
お二人には、とある人物にまつわる対外勢力の情報について……」
歩き方ととても良い背筋で二人はピンとくる。
彼女は自衛隊からの出向者だと。
「前藤。今日の飛行機の切符は諦めな」
「ああ。せっかくだから飲みに行こうか。そこのお嬢さんも誘って」
私は基本名前を考えるのが苦手である。
で、自分の書いた小説のキャラを流用するのだが、使っていないかったキャラをここで出すことにした。
なお、アンジェラのネタ元でもある。
警視正
かなり偉い人。『踊る大走査線』の室井さんが現場職に居た時の最後の階級で、ここから上だと県警本部長とかが視野に入ってくる。
四課
やのつく自由業を相手にする部署。
舐められないように強面の面々を集めるので、そのやのつく自由業と間違われることもしばしば。
内閣情報調査室
別名内調。
警察と自衛隊関係者の出向が半分以上を占める日本の諜報機関の一つ。