78話 少し、昔話を聞いてくれないかしら
ドライズ視点
氷の刃が、真っ黒な鳥の姿をしたイーヴィルを切り裂く。
「一体一体の質は大した事無いな。やっぱり問題はイーヴィル化したっていう生徒達か」
刃に付着した魔力の残滓を払い飛ばしながら、僕は周囲を見渡した。
ここは学園の中庭に当たる場所、とにかく目に付いたイーヴィルを討伐しながら移動してきたけど。校舎の中、外関わらず他の生徒達が連携してイーヴィルと抗戦している姿を確認する。
未曾有の非常事態だけど、そこは優秀な魔法使いの卵が集まる学園だ。混乱は収束しみんな状況にきちんと対応しているみたいだ。
「これからどうしよう。戦力が不足してるクラスに加勢した方が良いかな?」
下級生は救護、バックアップに回ってるから大丈夫としてイーヴィルと抗戦してるのは4年生以上。基本的に学年が高ければ戦闘経験も豊富で場慣れしているから心配なのは4年生だろうか。
「……ん、待てよ」
ここでふと思考が巡る。四年生って、確か――
僕、ファルマ、レン、アーシェ。クラスと独立して遊撃する八天導師が4名。
しかもイーヴィル化してるっていう孤児院由来の生徒と言えばリーゼが筆頭。
アーシェはB組だからまだ良いとしても――
「僕のクラス9人しか居ないのにウチ4人が欠員なんだけどっ!!?」
一番戦力的に不安なの僕のクラスじゃん!!
僕はダッシュで自分の教室を目指した。八天導師は個々の判断で戦って良いって事は僕が4のAの戦線に参加しても良いって事だ。もしレンが同じ判断をしていてクラスと合流しているならそっちに任せれば良いし、まずは様子を見にいこう。
そう思って校舎に足を踏み入れようとした、瞬間。
『ドライズ』
投げかけられた声は、予想外のものだった。
「リーゼッ!?」
咄嗟に振り返るも、走っていた勢いのせいでバランスが崩れる。
なんとか体勢を持ち直して改めて周囲を見渡す。
そこにリーゼの姿は無い。しかし、
「風の魔力の残滓を感じる……気のせいなんかじゃ無い!」
僕は神経を集中させて、魔力を感知した。
煙のようにただよう風の魔力が、尾を引いてどこかへ続いている。
「今の声ってひょっとして風の魔法で届けられた?」
僕は一瞬迷った。孤児院の生徒達がイーヴィル化しているならリーゼも例外ではない筈だ。そんな彼女が僕を呼んだ。
考えられるパターンは2つ。リーゼだけ何故かイーヴィル化せずに済んで、僕に助けを求めている。もう一つは……
「誘われてる……?」
イーヴィルとして、僕に狙いを定めおびき寄せようとしている。
そこまで考えて、僕は風の魔力を追って足を踏み込んだ。
仮に誘われていたとしても、その先にイーヴィル化したリーゼが待っているなら。呼ばれている僕こそがリーゼを救わなければいけないじゃないか。
どっちに転んでも、優先するべきはリーゼの方だ!
僕は心の中でクラスのみんなに謝った。ごめんね、でもきっとナギさんがなんとかしてくれるよねっ!
魔力を辿って走って行くと、道場などが重なっている実習棟に到着した。
魔力はその屋上へ向かって続いている。
実習棟は学園の建物の中で一番高い建物だ。階段を駆け上がるのに少し苦戦しつつ、僕は屋上へと足を踏み入れた。
足場の縁に立って、空を見上げる少女の後ろ姿が見える。
視線の先、遠い空の向こうに第二の太陽と見紛う光と、巨大な何かがあった。
「……リーゼ」
呼びかけると、彼女は振り向いて。
「よかった、来てくれたのね」
その顔は鼻を境に半分、仮面のような黒い魔力に覆われていた。
「っ」
僕は剣を構え、息を呑む。殆ど姿は変わって居ないけれど、顔にとりつく黒い魔力はイーヴィルの証拠だ。やっぱり、リーゼだけが無事だった訳じゃ無く誘い込まれたらしい。
けれどリーゼは優しい、慈母のような微笑みを浮かべる。
「そう警戒しないで。私は、大丈夫だから」
そう言われて素直に警戒を解くわけにはいかない。けれど、少なくとも今すぐ襲いかかって来る様子はみられないから。
「どうして僕を呼んだの?」
問いかけてみる。
「私の〝願い〟には、貴方の助けが必要だったから」
応答が成立した事に僕は少しだけホッとした。
イーヴィルと言えば獣か赤子程度の知能しか持ち合わせていないものだからこうして会話のキャッチボールが成立するという事は人間としての理性を保っているという事だ。
イーヴィルとしては明らかに異質な存在。少なくとも、他のイーヴィルと同じように問答無用に攻撃するのは早計だろう。勿論、不意打ちやだまし討ちの事を考慮しなければならないが、ひとまず僕はイーヴィルとなったリーゼと会話を試みることにした。
「君の〝願い〟? どういう意味かな」
「……」
リーゼは少しだけ返答に詰まり、
「言葉にするのは簡単だけど、結論だけ先に言っても上手く理解できないでしょ?」
と言って、
「――少し、昔話を聞いてくれないかしら」
と、懐かしむように目を細めた。
「いいよ。聞かせて」
「昔々、こことは違う世界に――小さな、けれど幸せに満ちた孤児院がありました」
リーゼは子供に読み聞かせるように、優しく、語り始めた。
◆ ◆ ◆
その世界では、大きな戦争がありました。全世界を巻き込んだその戦争は、まるで神が人間に下した裁きのような大災害によって幕を下ろします。
世界を引き裂いたとも言われる天変地異が各国を襲ったのです。最早、戦争所ではありませんでした。けれど戦争に、災害に、多くの人が亡くなってしまいました。
そんな時勢だったからこそ。
幸か不幸か、多くの苦難を乗り越え、なんとか生き残った子供達が、世界のあちこちに沢山いました。両親を亡くし、路頭に迷い、それでも強く生きていく子供達。
そんな子供達に救いの手を差し伸べる、優しい人々もたしかに存在して。そんな人たちの助けがあって、〝私達〟は孤児院という一つの家で共に過ごす事になります。
私は、その孤児院で一番年上のお姉さんでした。
「勿論、決して裕福な暮らしでは無かったわ。けれど、大人も、子供も、みんなで協力して肩身を寄せ合って。家事や菜園、小さなお仕事、生きるために必要な事で一生懸命だった。辛くても、苦しくても、みんな笑顔を忘れなかった。私はそんな生活に満足していたわ」
けれど。幸せな日々は突然、奪われてしまいます。
戦争の爪痕と、なおも残る災害の猛威。苦しみの果てに悪事に手を染める人間も、決して少なくは無かったのです。
身寄りの無い子供達なんて、格好の的だったのでしょう。
私達の家は、孤児院は。
盗賊に焼かれました。
院長先生は殺され、私たちは捕らえられどこかの国へ連れて行かれました。
長い、長い旅を経て。私たちは日の光も届かない真っ暗な世界――鉱山で働く奴隷として売り飛ばされたのです。
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