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【第二部完結】俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~  作者: 岩重八八十(いわじゅう はやと)
第2部 最弱の八天導師

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73話 嫌な風を感じるのよ

ハルカ視点→ファルマ視点

 ある日のお昼下がりの事だった。

 学校は休日。生徒達は思い思いに過ごしている。

「わきゃっ!?」

 ぺち、と柔らかい音を立てて小さな子が顔から倒れ込む。


 場所は永久の森、私たちのアスレチック。

 幸い地面はふかふかの土なので怪我はしていない。


「ドルチェちゃん、大丈夫?」

 そう心配してアスレチックを伝ってくるのは私の弟、わんぱくな一年生キータ。

 彼はアスレチックから飛び降りて、転んだ同級生の横に着地した。


「あぅ、大丈夫っす……」

 ドルチェちゃんはオレンジ色のミディアムヘアーの女の子で、私とキータ君とは大の仲良し。

 彼女は顔や身体に付いた土を払いながら起き上がった。


「ちょこっとどんくさいよね、ドルチェは」

 あくび混じりにそう言って二人の元に近寄る。

「うぅ、そんな事言わないで欲しいです」

 ドルチェは恥ずかしそうに二人から顔を背け、髪先をいじくる。


「いじけないの。よしよし、良い子良い子なのよ」

 そんなドルチェの頭を私は優しく撫でた。

「はぅ……」

 されるがままに撫でられるドルチェは、心地よさそうな、けれど少し不満げな複雑な表情を作った。


「同い年の筈なのに、ハルカさんお姉ちゃんみたいっす……」

「うん? お姉ちゃんはもとからお姉ちゃんだよ!」

「そういう事ではなくてですね。なんだかちょっと大人っぽいって事っす」

「そう? 自分ではよくわからないのよ」

「それより、次は何して遊ぶ? 時間はまだまだたっぷりあるんだよ!」

 キータくんはシュッシュとシャドーボクシングしながら、眩しい笑顔を見せていた。


「むぅ、次は負けないっす! 自分もいつかお二人みたいな強い魔法使いになってみせるんです!」

 ぐっと拳を握り込んで気合いを入れるドルチェ。

 私はそんな二人に向かって、真顔のまま、


「でも結局最後に勝つのは私なのよ」

 と、当然と言わんばかりに勝利宣言する。


「絶対負けないんだよ!」

「ハルカさんのポーカーフェイス、崩してやるっす!」

 キータくんとドルチェは背中に炎が幻視する程にやる気を見せる。


 なんてことは無い、私達の微笑ましい日常風景。

 のんびり平和な時間が過ぎていく――筈だった。


「!」

 突然、違和感を感じて空を見上げる。

 そして弾かれた用に駆け出し、凄い勢いでアスレチックを登っていく。


「わぅ!? ハルカさん急にどうしたっすか!?」

「おねーちゃん?」

 二人の声には返答せず、意識を集中させて空を見る。アイル君直伝、『風読み』の技。


 その真剣な雰囲気に思わず地上のキータとドルチェは黙り込んで息をのんでいた様だ。

 

 しん、と不自然なくらいの静寂。

 空を、大気を読むようにじっと顔を上げていた私は、ぽつりと呟いた。


「嫌な風を感じるのよ」

 そして、アスレチックのてっぺんから飛び降りて、下方に広がるネットで一度バウンドして勢いを殺し、キータとドルチェの元へ戻る。


「予定変更よ。今日は帰りましょ」

「何かあったっすか?」

「嫌な感じがしたの。今日は風向きが良くないのよ」

「そっかー。お姉ちゃんのそういう勘はよく当たるからね。残念だけど今日の所はここまでにするんだよ」

「わかったっす。それじゃあ早く帰った方が良いっすね。帰り道は競争でもするです!」

 そう言ってドルチェは真っ先に帰り道へと駆けだして。


「お先に失礼するですよ!」

 森の出口を目指して駆け出――そうとしたその時。


「うわぁっ!?」

「きゃっ!?」

 突如空から真っ黒な球体が飛来して、私とキータくんにぶつかった。


「へ?」

 突然背後から聞こえてきた友達の悲鳴に驚いて、ドルチェが振り向く。

 そうしている間にも真っ黒な魔力が私たちの前身を包み、心を蝕んで行くのが判る。


「キータ君、ハルカさん!?」

 ドルチェは思わずこちらに近寄ろうとした。

 しかし、


「駄目! 逃げるのよ、ドルチェ!!」「駄目だよ! 逃げるんだ、ドルチェ!!」

 私たちは同時に叫んだ。


 何か、良くないモノが私たちを染め上げようとしている。心の奥底に眠る感情。

 脳裏に真っ暗でじっとり湿り、息苦しくい洞窟の光景がノイズのように走る。

 

 ――私はその光景を知っている……間違い無い。私の、〝思い出〟?

 

 自我がドンドン薄れていく。自分がどうにかなっていまいそうだ。そうなる前に、ドルチェには逃げて欲しかった。


 けれど、ドルチェは明らかに尋常では無い様子の私たちを置いていくような性格じゃない。


「そ、そんな! 逃げるって言われてもお二人はどうするっすか!?」

「ぐ、早くっ……!」「もう、むり、だよ……っ」

 真っ黒な魔力は私たちの身体を完全に包み込んでしまった。


「ふ、二人とも、どうしちゃったんすか!?」

 状況が理解できず、ドルチェはわたわたしながら私たちを交互に見る。


 すると黒い何かに包まれたキータくんがゆらりと身体を動かして。

「キータ君! 無事っすか!?」

 ドルチェが思わず駆けつけようとした、その時。


「お腹、空いた……」

「へ?」

 ぼそり、とそう呟いた直後。

「お腹が、空いたんだよォォ!!」

 キータくんが絶叫し、大口を開けてドルチェに飛びかかる!

「わきゃあっ!!?」

 永久の森に、少女の悲鳴が木霊した。 


 逆に私は。抗いがたい強い眠気に呑まれて、深い深い眠りに落ちていく――  


      ◆  ◆  ◆

 

 この感覚は。

 また、夢を見ているのか? ハルカ達のお陰でもうあの悪夢は見なくなった筈なのに。

 頭に浮かぶ映像。景色は暗い。

 上も横も下も、壁――いや、岩?

 息苦しい……。ここは、洞窟?


 言葉が、聞こえてくる。

『おねぇ……ちゃ……ん』

 今にも途絶えそうなか細い声。弱々しい声。聞いてるだけで胸が苦しくなる。

 そして――この声には覚えがあった。


『お腹……空い……た……』

 気配、感触。声の主は、眼下に居る。土と埃にまみれたドロドロでボロボロな姿。髪の毛は艶が無くボサボサで皮膚には傷が無数に見える。


 頬は痩せこけ、ぼろ切れのような衣服からはあばら骨が覗く。

 見たことも無い程に痛ましい姿の少年にけれど、ああ。思い当たる。面影があるから。


 ――キー……タ?

 信じられない、というよりは。信じたくない。

 脳が、理解することを。特定することを拒もうとする。


 ――なんなんだ、この夢は……。

『おねぇ……ちゃん……?』

 キータと思わしき衰弱した少年はゆさゆさと俺の身体を揺すった。


 違う。俺の身体じゃ無い。俺は今、誰かの身体を借りている?

 たまにそういう夢を見る。自分が自分じゃ無い誰かになる夢。


 つまり、キータにお姉ちゃんと呼ばれ揺さぶられているこの身体の主は。


 ――ハルカ?

 身体を動かす事はできない。夢の中なのに、意識が今にも途切れそうな程に眠い。


 なんとか視線だけは動かせた。自分の――いや、ハルカの身体が見える。キータと同じく泥と埃にまみれボロボロで、骨がどこもかしこも浮き出て痩せこけて。


『起きて……おねえ、ちゃん。起き……て……』

 キータは弱々しくも懸命にこの身体を揺する。しかしその力も次第に衰えてゆき。


 視界が真っ暗になった。

 意識が闇に沈んでゆく……。


      ◇  ◇  ◇


「っ!!」

 ガバッと。俺は勢いよく上半身を起こした。そして強かに頭を打つ。

「ごあっ!?」

 二段ベッドの下段で寝ているのにこんな起き方したら当然そうなるだろう。


 しかし、今は自分の事なんてどうでもよかった。頭を擦りながらも先ほど見た夢の事を考える。

「なんなんだ今の夢。ハルカとキータだよな? なんであんなボロボロの姿で?」

 胸がざわざわする。嫌な汗が噴き出してくる。

 俺はいても立ってもいられなくなって、寮の部屋を飛び出した。


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