71話 私は遂に〝選ばれた〟のだ!!
『霧の結界』が破られ、景色は学園上空に戻っていた。
暗紫色の球体は風の魔力にズタズタに切り裂かれ、霧散する。
その内部にカイの姿はない。
「何っ!?」
身構えた時には既に遅かった。オレの後頭部が鷲掴みにされる。
「ぐッ」
暗紫色の魔力が四肢に絡みつき、身動きを封じた。
「余波だけで『霧の結界』を破壊し、低密度だったとは言えこの〝拒絶の闇〟ですら撃ち払う大魔導。流石は我が友、セレナの襲名魔法なだけはある」
「いつの間にッ」
拘束を振り払おうとするが、手足がビクとも動かない。
力が入っている感覚はある。しかし纏わり付いた暗紫色の魔力が、鉄の塊の様にその力を阻んでいた。
「しかし、残念だよ」
わざわざオレに見えるように、ゆったりと彼の前まで移動した上でカイは肩をすくめる。
「テラが跡継ぎに選んだ魔道士が、よもやこの程度の人間だったとは」
侮蔑か、哀れみか。失望を強く表す視線がオレの胸に突き刺さる。
「んだとォ……!」
思わずギリ、と奥歯を噛みこんだ。
「最も。始めから期待はしていなかったがね」
そう言って一歩詰め寄ってきて。その顎を下から持ち上げ。
「テラやセレナの猿真似なら誰だって出来るのだよ。所詮は彼らも凡人に過ぎないのだから。それで賢者などと持て囃され、その気になっているのだから愚かな事だ」
オレは、コイツについて何にも知らねー。
ただ、学園の生徒を襲撃した危険人物として相対していた。そこに特別な感情は無く、〝対処するべき敵〟としてだけ認識していた。
でも。でもなぁ!!
今、目の前で。自分のみならず師であるティル爺まで侮辱されて黙って居られるほどお利口さんじゃーねぇんだよ!!
「昔のダチだか何だか知らねーが――爺さんを侮辱するんじゃねぇッ!!」
拳を握りしめ、強く睨み付け。更に強くもがく。けれど暗紫色の魔力による拘束は振りほどけない。
「侮辱などしているつもりは無い。ただ事実を述べているのだよ」
カイは何処か憂いげに目を伏せた。
「余裕ぶるな、と君は言ったがね。驕りもしよう。〝原初の魔力〟も宿さぬ凡人など物の数では無いのだから」
そして突然ぎょろりと目を剥いてオレの瞳を覗き込む。
「君とて本当は理解している筈だろう?」
その迫力に、思わず息を呑み冷や汗を流した。
「特別な才能、力を持つ者に。我々凡人は逆立ちしても勝つ事はできない。例え何処まで努力と研鑽を重ねてもそれだけでは〝選ばれし者〟には届かないッ!!」
「何言ってんだテメェ」
オレは最早怒りの感情よりも、突然始まった演説に戸惑いを隠しきれない。
「我々はずっと苦悩してきた。どうすれば優れたる人間達に。〝天才〟達に並べるのかと。そしてテラ達はその苦悶の果てに禁忌を犯し、あと一歩で〝究極魔導〟に手が届く境地にまで至った」
オレはティル爺の弟子だ。様々な教えを受けてきた。
でもティル爺から〝究極魔導〟なんてもの事は一切聞いていない。カイが何の話をしているのか全く理解できなかった。
「だが、それまでだった。一見〝究極魔導〟へ至ったかに思えたソレは。淡くも潰え消え去った。テラ達の前に立ちはだかったのは、世界に選ばれた才能ある人間だった」
カイは頭を抱え、俯く。まるで自分自身が失敗を犯したように、悲しみ、嘆く。
「私はその事実をこの世界で知り、絶望した!! 我々の行ってきた事など初めから無意味だったのだと。無価値だったのだと! 夢の世界に至って尚、非情な現実を突きつけられたのだ!!」
空中で地団駄を踏み頭を掻き毟る中年男性の姿には最早恐怖しか感じない。
「失意の底にあった私に、世界は応えてくれた」
カイは手のひらを持ち上げる。その上で、暗紫色の魔力が球状に蠢いていて。
「私は遂に〝世界から選ばれた〟のだ!! そして、理解した。産まれた時から特別である必要など無かったのだ。どのような形であれ〝特別な力〟を手に入れさえすれば良いのだと!」
蠢いていた暗紫色の魔力を、握りつぶす。
「ここは〝願いが叶う〟世界。善悪問わず、強い思いが意味をなす世界。その全てを利用して、私は今一度〝究極魔導〟を目指す!! そして世界にこの名を刻み込むのだ!!」
息を荒げ、汗を振りまき、カイは力強く宣言する。狂気的な熱気を前に、対してオレの方はすっかり冷め切っていた。
「お前さんが何を言いたいのか、何がしたいのか、これっぽちもわかんねー。ただ一つ言えるのは、アンタは狂ってる。人として大事な何かを見失ってる。放置はできねーって事だけだ」
すぅっと深呼吸し、
「『求めるは第三の叡智、督するは光、瞬け閃光、闇を切り裂く白銀の裁き』」
詠唱を唱え、光の魔法を自分に向けて放つ。
「『第三閃光魔法』」
白銀の光の筋がオレを包み込む。
同時にオレの四肢に纏わり付く暗紫色の魔力が光に照らされ震えて霞む。
「流石にこれだけじゃあ消えねーか。だが――」
今一度、身体に力を込めた。大きな抵抗感を、それでも押しのけて、霞んだ闇の魔力が振り払われた。
カイを睨み、斧を構える。
「今度はこうはいかねーぞ」
拘束を打ち破ったオレを見て、カイは何か確信したように続ける。
「君が今してみせた様に。ただ〝特別な力〟を持っているだけでは足りないのだよ」
「ああん?」
「いかに〝原初の魔力〟と言えど、物量や小手先の技術で覆される。凡人の努力は、怠惰な天才を凌駕しうる」
カイはオレを指さした。すると暗紫色の魔力が波の様な形を持って襲いかかる。
「『エンチャント・光』!」
斧に白く輝く光の魔力を乗せて、迫り来る闇の魔力を迎え撃つ。簡単には消えないが、何度も刃を打ち付ける事でどうにか被害を受けること無く闇の魔力を消し去った。
しかしその隙に三度カイが姿を消す。
「何処行ったーッ!?」
「つい、熱く語りすぎた。招かれざる客が来てしまった様だ」
周囲を見渡すとカイは遠く離れオレに背を向け、その場を立ち去ろうとしていた。
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