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【第二部完結】俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~  作者: 岩重八八十(いわじゅう はやと)
第2部 最弱の八天導師

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68話 嫌われ者のエクレール

エクレア視点

 日も落ち時刻は夕食時。アイル先輩は三度キッチンに乱入して仲間達へ夕食を作る。

 

 この一日彼を取材して判った事がある。

 彼は一日のタイムスケジュールの殆どを、孤児院の仲間達の為に費やしているのだ。


 三食の食事の用意に加えておやつまで手がけたり、料理の為の食材を永久の森で自動栽培していたり、幼い子供達用に遊具を整備したり。


 夕食は団欒の時。大勢の仲間達に囲まれて楽しそうに食事をする。そしてその中でその日の出来事や明日の予定を聞き出して。まさに、みんなの保護者と言っても良い。


 彼の仲間達は、そんな愛情を素直に受け止めて。

 アイル先輩は、孤児院の仲間達を愛しているが。その愛情は決して一方通行では無い。子供達もまた、アイル先輩を愛し、受け入れ、別の形で愛情を返す。


 昼間に出会ったピンク髪と金髪の姉弟はケーキのお礼と言って夕食後の後片付けを手伝って。リーゼは一日の活動で解れてしまったアイル先輩の上着を繕っていた。


 みんなで、幸せそうに笑っている。暖かい家族が、そこにある。


 ――……羨ましい。


 胸が、苦しくなった。

 判ってる。

 あの幸せは、私とは無縁な物だ。

 私には、手の届かない物だ。


「どうだいエクレアー? 記事のネタは溜まったかー?」

 彼は決して、孤児院の仲間だけを愛する訳じゃ無い。この学園の生徒の事も大切に想っているのが判る。こうやって、私の事だって気にかけてくれる。


「もっちろん! へっへっへ、ルンルン先輩の人気、更に爆上げな記事にしますねっ!」

「俺の人気は別にいーけど。役に立てたんなら光栄だなー」


 どうしたらそんなに愛されるの? どうしたらそんなに受け入れて貰えるの?

 人気者の秘密が知りたかった。


 私はメモ帳をそっと閉じた。

 求めた答えは、朧気ながらも掴めた気がする。


 でも……だから何だっていうんだろうか。私、何やってるんだろうな。こんな事やったって、彼になれる訳でも無いのに。

 私は何処まで行っても私のままだ。


「この後は寝るまで研究データを纏めたり、爺さんから回された書類を片付けたりするんだがつまらないと思うけど付き合うかー?」

「あ、お気遣いありがとうございますっ! ならここでお開きにしますねっ!」

「僕の仕事も終わりか。結構楽しかったよ」

 ドライズ君が伸びをした。今日もまた付き合わせてしまった。


「さんきゅードラリン! 色々助かったぜ!」

「どういたしまして。でも出来れば今度からは連れ回すにしてもせめて事前に連絡してからにしてよね」

「はっはっは! 前向きに検討しとく」

「全く信用できない台詞じゃん……それじゃ、お疲れ様」

 ドライズ君は優しいな。あんなに振り回したのに怒りもしないで。

 私はもやもやした気持ちを抱えたまま部屋に戻った。


     ◇  ◇  ◇


「……ただいま」

「おかえりなさい」

 同室のアーシェが迎えてくれる。


「一日、お疲れ様でしたぁ。どうでした?」

「…………」


 私は答えずに、そのままベッドの方へ進んでゆき。正面から倒れ込むようにベッドに飛び込んだ。

「エクレア?」


 アーシェが心配そうにベッドの上で私の横に座る。

 私はうつ伏せでベッドに埋もれたまま、重い口を開いた。


「正直凹んだ」

「あら、どうして?」

 アーシェはそっと私の頭に手を当てて、ゆっくりと撫で始める。


「私には無理だなぁ、って」

 アイルさんの行動を見れば見るほど。自分の矮小さが浮き彫りになるようでイライラした。


「博愛精神っていうの? いっつも、ずっと、誰かの為にってさ」

 私には考えられない。私は自分を優先してしまう。


「受け入れられる人には、受け入れられる理由がある。それが判ったのは良かったよ。でも、それって結局、私にはそれが無いって事を証明してるだけで」

 今日一日彼がしていた事。そのどれ一つとして私には真似できないだろう。だからきっと、私が彼の様に受け入れて貰えるなんて事はない。


「結局私は、ひとりぼっちなんだろうなーって」

 ずるい言葉だ。私は期待して言った。アーシェならきっと否定してくれるって。


「今は、私が居るじゃないですか」

 アーシェはそう言ってなで続けてくれる。私の側に居てくれる。


 出会った時から、ずっと、ずっと。


 でも。


「……〝今は〟ね」

 

 アーシェは誓ってくれない。これからもずっと一緒だと。

「未来なんて誰にも判りませんから。いつか別れが来たとしてもおかしくはありません」


 アーシェはいつもそう言って、その後抱きしめてくれる。

「でもその時までは。私は貴女の味方ですよ、エクレール」


 今日も、ベッドに埋もれる私を上から包みこんで。

 ぎゅうっと強く抱きしめて、頭は優しくなで続けて。

 切なくなって、アーシェの手の平に自分の手の平を重ねた。


「私を受け入れてくれるのはアーシェだけ……」

 私にはアーシェしか居ない。


 アーシェと離ればなれになるなんて考えたくも無い。

 でも。アーシェは昔からずっと、そんな未来を仄めかす。

 判ってる。事故、病気、色んな理由で別れが突然訪れるだろう事は。


「……私は」

 けれど、例え未来が不確かな物であるとしても。

 その言葉が気休めの口約束に過ぎないとしても。


「私は何があっても、アーシェの味方だよ。アーシェとずっと一緒に居るよ」

 言葉にして欲しかった。自分が言って欲しい言葉だから、自分の口で言った。

 アーシェはきっと判ってる筈。私の気持ち。


 それでもやっぱり、言ってはくれない。


「ありがとう、エクレール。貴女に会えて、本当に良かったと思ってます」

 その言葉に確かな愛情は感じるけれど、やはり未来は約束してくれない。

「……ひとりぼっちは、もう嫌」


 涙が滲んでくる。


「なのに私は変われない……。嫌われ者のエクレールのまま。本当は判ってる。エクレアだって受け入れて貰えない。私は、私じゃダメなのに、私でしかない……」

 私を抱きしめたまま撫で続けながら。アーシェは突然こんな事を言った。


「貴女も恋をしたら、変わるかも知れませんね」

「何よ急に」


「良くも悪くも、恋は人間の心を動かすものだと。今まで沢山見てきましたから」

「……恋、かぁ。正直よくわかんない」

 私は身体を転がして天井を見上げた。


「命とは果てしなく長いモノ。大丈夫、時間はまだまだたっぷりあります。探り探りでもいいのです。色々な事を試してみましょう。後悔だけはしないように」

 そう言って。アーシェは私の頬にそっとキスをしてくれた。

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