67話 アイルは強くなったのね
ドライズ視点
ファルマ達と別れ、時間は午後。アイルさんは箒に跨がり学園の上空をのんびり飛行していた。僕達も借りた箒で併走する。
「これは何の時間ですか?」
「学園の見回りさー。最近物騒だからなー」
眼下に目を配りながらアイルさんは答えてくれた。
たまに下から見上げる生徒達が黄色い声を上げて手を振る。
アイルさんはそれに気づくとにこっと笑顔を向けて手を振り替えした。
「さっすが学園人気No.1! その人気の秘訣は一体!?」
エクレアがメモ帳片手に箒から身を乗り出してアイルさんに詰め寄るが、
「秘訣ってもなー。俺は自由にしてるだけだからよくわかんねー」
照れ隠しや謙遜などではなく本当に判らないのだろう。眉を寄せた表情から嫌味は感じられない。
「成績優秀で、仲間に優しくてユーモアもある人だから人気なんじゃない?」
「ふむふむ」
僕の推察をエクレアは熱心にメモする。
その時。
「っ!?」
アイルさんは突然顔色を変えて急降下していく。
「うわっどうしました!?」
併走していた僕はアイルさんの勢いに押されて少しバランスを崩した。
体勢を立て直し、アイルさんの進行方向の先へ視線を向ける。
そこでは、何やら大荷物を抱えたリーゼがよたよたと歩いていた。小柄な彼女の顔が隠れる程箱が積み重ねられていて、前もろくに見えて無さそうだ。
「危ないっ!!」
不意に聞こえる声。咄嗟に注意を向けると、声のした方向から球技用のボールが飛んできている! その軌跡の先には、えっちらおっちら歩くリーゼの姿が!
「リィィィゼェェェェェ!!」
アイルさんは飛来するボールとリーゼの間に割り込んだ。そして渾身の力で飛んで来たボールを殴り返す。
強い衝撃が走り、空気が破裂する音と共にボールは一瞬形を歪ませて。
もの凄い速さで空の向こうへ飛んでいった。
「きらーん、って。すごい。あのボール星になっちゃったぜい」
一部始終をしっかり撮影していたエクレアが、呆れ気味に空の向こうを見つめていた。
「相変わらずリーゼには過保護だなぁ……」
僕はゆっくりと箒の高度を下げて着陸し、リーゼの元へ歩み寄った。
「今アイルの声がした気がするのだけど、何があったの?」
視界が塞がっていたリーゼには状況が掴めて居ないらしい。
「無事かぁぁ!! リィィィゼェェェ!!」
アイルさんは涙を浮かべながらリーゼに抱きつく。その衝撃でリーゼが抱えている荷物がぐらぐらと揺れたので僕は慌てて支えに入った。
「あら? もう、アイルったらまた何かやっちゃったのね?」
「リーゼに飛んで来たボールがぶつかりそうだったんだけどそれを殴り返したんだよ」
状況を掴んできたリーゼに僕が説明すると、
「そしてボールはお星様になったとさ、めでたしめでたし」
エクレアが冗談めかして付け足した。
「なるほど。よいしょっと」
概ね理解したリーゼは荷物を横に置いて。
「心配してくれるのは嬉しいけれど、他人の物を無くしちゃったらダメでしょ、アイル」
片手を腰に当ててもう片方の手は人差し指を立ててアイルさんを叱るリーゼ。
「へへへ、わりーわりー。でもリーゼが無事でほっとしたぜー」
「全く貴方って子はいつもそうなんだから。あんまり他の人たちを困らせちゃダメよ?」
アイルさんの方が年上の筈なのに、アイルさんを優しく嗜めるリーゼの姿はさながらお姉さんかお母さんの様だ。
「それより、すげー荷物だなー。手伝うぜー?」
アイルさんがそう言ってパチンと指を鳴らすとリーゼが横に置いた箱の山がふわりと宙に浮かびだす。
「あ、こら! ストップ!」
それ見た慌ててリーゼが箱の下に移動して。
その数秒後には、宙に浮かび上がった箱がフッと浮力を失って落下した。
「ありゃー?」
箱の一つはリーゼがキャッチしたが残りは地面に落下して中身がぶちまけられてしまった。地面に、赤い鱗や魔石、木炭などが散らばる。
「やっちゃったわね……」
リーゼは額に手を当てて首を横に振った。
「風のエンチャントで浮かせられるなら自分でやってるわ」
「あー火属性の備品だったのかー」
散らばった道具を拾い集めながらアイルさんは頭を下げる。火属性の魔力は風属性の魔力に有利な属性だ。同じ量の魔力同士がぶつかった場合風属性の魔力の大半が消滅してしまう。
「こっち集め終わったよ」
僕は改めて備品を入れ直した箱をリーゼに差し出す。
「ありがとうドライズ、重ねておいてちょうだい」
「しっかしこんなに重い物をあんなに重ねて持てるなんてリンリン意外に力持ちじゃん」
「まぁね」
確かに、一箱でも結構な重量だった。いくつも重ねると僕だったら持ち上げる自信が無い。
「つっても無理する事ねーさー」
アイルさんはにかっと笑った。
「そうれ、リベンジ!」
そしてもう一度、パチンと指を鳴らす。
「え、アイルさん!?」
再び箱達が宙に浮かび上がって、そのまま落下する事を想像してしまい僕は思わず目を閉じた。
……が、暫くしてもそんな気配は感じられず、恐る恐る目を開ける。
すると驚いた事に、箱は変わらず浮力を保って宙を漂っていた。
「へへっこれでも爺さんの弟子だかんなー。属性相性の不利くらいどうにかなるもんさー」
アイルさんは自慢げに語りながら指先をくるくる弄ぶ。その動きに合わせて箱も空中でぐるぐるゆっくり動き回った。
「おぉー! ものすっごい力業っすね!!」
同じ量の魔力をぶつけて打ち負けるのならば、圧倒的な物量差で挑めば良い。と言わんばかりに膨大な風の魔力が箱にエンチャントされている。
「どーだ、リーゼ。見直したかー?」
アイルさんは目をキラキラさせてリーゼに視線を向けた。
リーゼはやれやれと肩をすくめた後、優しく微笑んで。
「えらいえらい。アイルは強くなったのね」
と、つま先立ちをしながらアイルさんの頭に手を伸ばしてあやすように撫でる。
「おうよ。もう絶対、みんなを不自由にはさせねー! 俺が、守ってやるからなー!」
アイルさんは幼子のように屈託の無い笑顔を浮かべている。
「ふふ、仲良いねぇ」
僕まで釣られて思わず顔が綻んでいた。
パシャリ、とシャッターが切られる音が聞こえる。
写真とか新聞には詳しくないけど、これは僕が見ても良い画だと思うからエクレアは興奮してるかもしれないな。
そう思って横を向くと。
何故かエクレアは、今まで見た事無いような冷たい――いや、寂しそうな表情でぼうっとしていて。
「エクレア?」
咄嗟に声をかけてみると、ハッとした様子でいつもの小生意気な表情を作った。
「なになに、どしたのドラリン?」
「いや、なんか元気無かったみたいだから」
「えー? そんな事ナイナイ。エクレアちゃんはいつだって元気バリバリだぜー!」
彼女にはそう誤魔化されてしまった。
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