66話 ちび共が世話になってるみてーだから
シジアン視点
ボク達はレジャーシートの上に並んで座ってその光景を見ていた。
「見えて居ますか?」
隣に座るアリシアさんに警告するように伝える。
「あれが熟年の技です」
「む、むぐぐ……」
アリシアさんは羨ましそうな視線を先輩とドライズ先輩に向けつつ頬を膨らませてうなる。
「お互いがお互いを思いやり、すれ違いつつもその気持ちに気づき心を交わす……相変わらずですかね、先輩とドライズ先輩は」
僕は一服、持参した先輩の好きなお茶を啜った。賑やかで和やかなお昼に相応しい優しい味わいが心を満たす。
「ねぇ部長さん。本当にあの二人付き合ってないの?」
アリシアさんは頬を膨らませたまま問いかけてきた。
「昔から噂は絶えませんが。少なくとも先輩自身は男性に興味は無いとおっしゃっています」
「でも仲良さ過ぎだよね……友達っていうレベルじゃなくないかな?」
「そうですね。先輩にとってドライズ先輩は普通の友人以上の存在である事は間違い無いでしょう」
初めて出会った時から、先輩とドライズ先輩はああいう感じだった。互いが互いに依存しているというか、意識していると言うか。
「手強いライバルだねぇ、はぁ」
アリシアさんは膨らませた頬を引っ込めてため息を吐いた。
「何の話してたんだ?」
頭を掻きながら先輩が戻ってくる。
「ハル君ともぉーっと仲良くなりたいかなって話!」
アリシアさんはここぞとばかりに、戻ってきた先輩に抱きついた。
「わ、ちょ、アリス!? みんな見てるって!!」
先輩は顔を真っ赤にして慌てる。
「いいもん、見せつけてるんだもん」
「誰に何の為に!?」
「ハル君は知らなくていいのっ!!」
そう言ってアリシアさんはより一層ぎゅうっと抱きしめる力を強くしたようだ。先輩は頬を染めたまま目をぐるぐる巻きにしてわたわたと力ない抵抗を繰り返していた。
「いや、あの、色々当たって、急にどうしたんだよアリスぅっ!!」
二人のスキンシップを横目にしながら、ボクは数日前にアリシアさんと交わした会話を思い出していた。
◇ ◇ ◇
『先輩は今、アリシアさんから好意を向けられる事に苦しんでいます』
『私の気持ちは、ハル君が歪めてしまったモノだと思ってるからだね』
『その点をどうするか、ですね』
先輩はいつも言っていた。自分は弱い人間だと。
だからこそ、自分を支えてくれる人たちを大切にしたいと。その言葉の裏側には、『誰かに支えていて欲しい』という願いが見え隠れする。
ボクは先輩に幸せになって欲しい。先輩の事を想い、常に傍らで支えてくれる人こそが先輩を幸せに導いていくれるのだと考えている。
『好きって伝えれば傷つけちゃう。でも何も言わなければ私の気持ちは伝わらない……。イーヴィルだった頃なんて関係無い。今の私はちゃんと私の気持ちで大好きなんだよって』
そう思い悩む彼女に僕は一つの案を与える。
『もし試してみるならば。押してダメなら――もっと押す事です』
『へ?』
『先輩は存外チョロい性格をしていらっしゃいます。アリシアさんに好意を向けられる事に罪悪感を感じていてもそれと同時に好意への嬉しさも感じている筈です』
例え痛みを伴うのだとしても。伝える事を辞めてしまっては何も届かない。
今は、積み重ねの時だ。ここで重なっていく想いを、今の先輩は正しく受け止められなくても。それを無かった事になんてできはしない。きちんと思い出として心に刻まれる。
そうすればいつか、先輩の罪悪感が薄れてゆき、アリシアさんの本当の想いが伝わった時。蓄積された想いが一挙に先輩の心を染め上げる筈だ。
『部長さん、なかなかしたたかだね』
『これも全て、先輩の幸せの為ですから』
◇ ◇ ◇
「おーおーいちゃつくのは結構なこったがーちび共の前だ。公許良俗に反しない程度になー」
ふと、大きなお皿に乗ったホールケーキを両手に乗せたアイル先輩がレジャーシートに入ってくる。
「いちゃついてませんよ!!」
先輩は顔を真っ赤にしたまま否定するが、
「嘘っ!? ハル君この程度じゃいちゃいちゃだと思ってくれないのかな!?」
アリシアさんは慌てた様に更に強く先輩を引き寄せ抱きしめた。
もうアリシアさんの胸に先輩の顔が埋もれている。
「んー!! んー!!」
先輩は苦しそうにもがいているが、まぁああいうのは男の夢だと言うし大丈夫だろう。
「見てるこっちが恥ずかしくなるなー」
「アイル先輩。気にせずご用件をどうぞ」
「そーだった。おらーちび共。おやつの差し入れだぜー」
アイル先輩は両手に一つずつ持ったホールケーキをそれぞれハルカさんとキータさんの前に並べた。
「わぁい! ありがとうだよ、アイルくん!」「わぁい。ありがとうなのよ、アイルくん」
二人は嬉しそうにケーキを食べ始める。
「一人1ホールってマジかよ……」
なんとかアリシアさんから離れた先輩は息を切らせながらツッコんだ。
「お前さんにもあるぜー?」
そんな先輩の目の前に茶色いホールケーキが差し出された。
「なんで!?」
「ちび共が世話になってるみてーだからなー。礼だよ、礼ー」
先輩はチョコレートケーキがお好きなので好みに合ったチョイスだ。ドライズ先輩がアイル先輩に教えたのだろう。
「いやお世話になってるのは俺の方なんで、そんな礼だなんて」
「一緒に遊んでくれてるだろー? あいつら位の歳じゃあ、そーゆーのが大事なもんさー」
アイル先輩はぐいっと顔を先輩の耳元に近づける。そしてハルカさんやキータ君に聞こえない様に耳打ちした。
「アレであいつらも昔は不自由したんだー。笑顔で自由に走り回れる、それだけでも俺は幸せなのに、良くしてくれる友達が出来たってんじゃー礼の一つや二つしとかないと気がすまねーのさ。ここは一つ俺の顔を立てると思って、なー?」
アイル先輩のいつにない真面目な言葉を先輩は真摯に受け止めて。
「じゃあ、一口だけ貰っときますよ。食い切れないんで」
といってケーキを口に運んだ。
「アイルくんも一緒に遊ぼうよ」「アイルくん! 肩車して欲しいんだよ!」
あっという間にケーキを食べ終えたハルカさんとキータ君がアイル先輩に纏わり付いてじゃれる。ハルカさんはぶら下がるように腕を引き、キータ君はその背中をよじ登っていた。
「おーおー。良いぜ良いぜー」
アイル先輩は二人を連れてレジャーシートから離れていく。
「不自由、か。あんなに眩しい笑顔からは想像できないな」
先輩はフォークを咥えたまま、アイル先輩と戯れるハルカさんとキータ君を見守っていた。
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